その二十八
朝になり、小鳥のさえずりとともに扉がノックされる。
「お姉ちゃーん」
呼ばれて扉を開けると笑顔のアンディが塔に飛び込んできた。
「お姉ちゃん、今日もよろしく」
「おはようございます、ミレーユ様」
アンディが元気に、ハンナは丁寧に挨拶してくれる。
「ア、アンディもハンナもおはようございます」
ハンナはいつもの小さな丸パンとスープの朝食とともに、着替えの古着を持って来てくれた。
感謝でいっぱいになったけど、彼女は申し訳なさそうにする。
「本当ならもう少し栄養のあるおかずを追加できたらいいのですが、食べ物は制限されているので増やすことができません」
どうやらこの質素な食事はベネディクト女王が決めた献立らしく、勝手に追加したり変更したら罪に問われるらしい。
時間をかけて餓死させようというのが女王の目論見なのだろう。
アンディが「でもね」とつけ加える。
「女王陛下の命令って食べ物の制限以外だと『要望に一切答えるな』だけなんだって。だからお姉ちゃんが要望しなければ、逆に食べ物以外は持って来れちゃうんだ」
要望以外の物を塔に持ち込むのは命令違反にならない、という解釈らしい。
そう言われれば塔へ連れてこられてすぐにパジャマを要求したけど、ハンナに断られてしまった。
あれって要望に応えると命令違反になるから?
なるほど、そういうことですね。
昨日受け取った布は人ひとり分の大きな端切れでパジャマではない。
要求したのはパジャマだから命令違反ではないのだ。
塔への幽閉は議会の決定だけど、女王が望んだ処刑の変更でもある。
女王が関与しているのに違いないから、幽閉された人に物を渡すなんて誰もしない。
そう考えて女王もあえて言わなかったのだろう。
実際、ハンナも一年間ミレーユとの会話を絶ってきた。
だいたいのルールが分かってきたが、万が一にも彼女たちに迷惑をかけたくない。
「ではわたくしは、あ、あれこれ言わないほうがいいのですね?」
「はい。私たちが勝手をする分には通報される案件ではありません。もしダメと言われたら、すぐにやめればいきなり解雇はされないと思います」
それだけ女王の命令が絶対なのだ。
命令への忠実さが求められ、違反は厳罰。
ゆえに命令とそうでないことで明確に線引きがされている。
そこにつけ入る隙がある訳だ。
命令の穴とはいえるけど、彼女がぎりぎりの無理をしてくれているのは違いない。
それが分かって胸が震えた。
「いくら命令違反ではなくとも、か、覚悟がいりますよね。それに古着や桶だってお金がかかりますし。お、お願いです。どうか無理はしないでください」
「いえ、もう決めたんです。アンの恩人であるミレーユ様に誠心誠意つくそうと」
「お姉ちゃんが大好きでしてるんだ。だから気にしないで」
ハンナもアンディも笑顔を返してくれる。
このままだと彼女たちは無理を続けてしまいそうだ。
侯爵令嬢だったころなら、受けた恩に対して謝礼金を渡したり好条件で雇用したりで報いることができた。
でもいまは何も返せない。
それどころか逆に与えられてばかりいる。
どうにかして受けた恩を返したい。
「アン。ミレーユ様に尽くして、いい子で待っているのですよ」
「お母さんいってらっしゃい。お仕事頑張ってね」
塔の前でアンディに見送られるハンナの顔が明るく見えた。
これまで家に子供を残して行くのが心配だったのだろう。
人攫いが出るような街外れに住んでいればなおさらだ。
その心配ごとが減らせるなら嬉しい。
せっかくアンディを預かったのだから、楽しく過ごしてもらいたい。
読み書きなどを教えてあげたいですけど……。
塔にはペンや紙どころか机もない。
要望しないで上手く伝えられれば持って来てもらえるかもしれないけど、どれもお金がかかる。
「ね、ねえアンディ」
「なに? お姉ちゃん」
「物を手に入れるにしても、ま、まずはお金が欲しいですね」
「お金? ……ごめん。うちにはお金がないよ」
アンディが落ち込んでうなだれた。
「あ、違うの。アンディ、ごめんなさい。そういう意味じゃなくて」
謝ってから慌てて訂正する。
「な、何かを持って来てもらうにしても、わたくしがお礼にできることってお金を稼ぐことかなと、思ったのです」
「でもお姉ちゃんは塔から出られないよね。それじゃ仕事には行けないよ」
アンディが無理無理と首を横に振る。
お金は外で働いてもらってくるもの、普通はそうだけど実は違う手に入れ方もある。
「うふふ。わたくしに考えがあります」
「え、何? なんなの? 外に出る方法?」
「占いの塔です」
「占いの塔?」
「アンディも協力してくれます?」
「いいけど何をしたらいいの?」
「そうですね。えと、まず手伝って欲しいのは――」
頬に手を当てて要望を言おうとすると、彼が大慌てでミレーユの口に手を当てる。
「あ、お姉ちゃん、だめだよ! 要望しないで上手く伝えなきゃ」
アンディが難しい顔をして無茶なことを言った。




