その二十
サンドイッチを食べ終えると、ハンナとアンディが帰宅のために立ち上がった。
「お休みなさい、ミレーユ様」
「お姉ちゃん、また明日ね」
「ハンナ、アンディ。今日は、その、ありがとうございました。ま、また明日」
それに合わせてスピアも立ち上がる。
「暗いから俺がそこまで送ってくよ」
なんとも頼もしい人だ。
槍を持った騎士様が一緒にいれば、襲われることなんてないだろう。
ざっくばらんなスピア様は、ひょうひょうとした感じで凄く気さくな方。
それでいて優しさもありますし。貴族の子息が騎士として王国に仕えているのでしょうけど、貴族然としたところがまるでありません。
飛竜のファラシュの方がよほど貴族っぽいかしら。
ミレーユも一緒に石階段を下りて塔の扉まで見送った。
三人の姿が見えなくなったところで、もう一度屋上へ戻る。
屋上ではファラシュが大人しく座って待っていた。
白い飛竜が体を小さくして座っている姿がなんだか可愛い。
彼は座ったまま顔をこちらへ向ける。
「ミレーユ、昨日の話だが」
「そ、相談があるのでしたね。何でしょうか」
ファラシュがまっすぐにミレーユを見つめる。
飛竜の微妙な表情など分からないが、彼がいまから重要な告白するのだと理解した。
「実は……」
「はい」
「……私は飛竜ではない」
「え?」
何を言っているのか理解できず聞き返してしまった。
月明りに照らされた彼の姿はどう見ても立派な白銀の飛竜だ。
飛竜に見えるけど違う種類の竜なのでしょうか。
もしそうだとして、なぜそれを相談するのかしら?
困惑するミレーユに考える間も与えず、彼はいきなり核心を告げた。
「元は人間なんだ」
「人間? 誰がです? え、ファラシュが? あの一体何を言って……」
ぽかんと彼を見つめた。
元は人間?
ということは、この飛竜の姿は本来の姿ではないのかしら。
人間だったけど飛竜になってしまったと言うことでしょうか。
突拍子もない話で驚きはしたけど、案外すんなりと聞くことができた。
それはファラシュがこれまで見せた、飛竜らしからぬ振る舞いのせいだ。
落ち着いた語り口調、優しく思慮深い性格、醸し出す雰囲気は彼が人間であるという告白を受け入れるのに十分なもの。
しかしさらに、驚きのひとことを告げる。
「以前に人間の姿で君と会ったことがある」
「お、お会いしたのですか? わたくしと? い、以前に?」
まったく心当たりがない。引きこもり生活だったし、まして知り合いなんていないはずだと混乱する。
「見てもらった方が早い」
突然、彼の首に下がる透明の玉がまばゆい光を放った。
目もくらむ明るさに驚いてとっさに視界を手で遮る。
光が収まってからゆっくり目を開けると飛竜はそこにおらず、なんと人間の男性が立っていた。
男性は銀髪で金の瞳。長身で肩幅が広い。
あっ!
あのときの銀髪の男性!
ここから助けると言ってくれたあの人!
飛竜の姿のときは、白銀の変わった胸当てを着けていると思っていたが、人間の体に合う立派な鎧になっている。
足が長くてスラリとした立ち姿で、美しいシルエットに思わず息をのむ。
端正な顔立ちで隣国の王子ランスロットにそっくり。
会いたくて何度も思い浮かべた魅力的な金の瞳がいま目の前にあった。
「飛竜の正体があなただったなんて!」
驚いて声をあげると、彼は何かを思い出すようにじっとこちらを見た。
「久しぶりだ。二年ぶりか?」
どういうことだろう。
聞き方からして、どこかで会っているのだろうか。
こ、困りました。
もしかしたら有名な貴族家の人なのかもしれませんけど……。
いまは人と会えるだけで嬉しくて会話だって楽しい。
だけど、塔に閉じ込められる前は人見知りで、社交から逃げて引きこもっていた。
知り合いなんてほとんどいない。
「えーと、ごめんなさい、見覚えが、その……ありません」
「私は君の見た目が変わっても気づいたぞ」
そんなこと言われても、よく似ているランスロット殿下とは髪色が違うし。
殿下は綺麗な金髪でした。
でもこの男性は銀髪。
見た目が変わっても気づいたと言われても。
ふと自分の肩にかかる銀髪が見えた。
この銀髪は生まれつきではない。
呪いで金髪から変わったもの。
「あの、もしかして以前は金髪だったりします?」
恐る恐る聞いてみる。
「そうだ。覚えていてくれたか」
「で、でも名前が違っていて。そ、それにこんな塔へいらっしゃる方じゃないのです」
違ったら失礼なので小声で答えると、ファラシュは何やら納得した様子だ。
「ファラシュというのは身分を隠すための偽名だ」
「ぎ、偽名?」
「最初は飛竜になったことを君に隠そうと思った」
「で、ではランスロット殿下なのですね! ご、ご、ご無沙汰しております」
「覚えていてくれて嬉しい。実は私も驚いた。愛らしかった君がこんなに美しい人に変わっていて」
「う、美しい?」
美しいと言われるなど初めてで、何を言われたのかピンとこなかった。
「あ、えと、何が美しいのです?」
「君だ」
「……わ、わわわ、わたくしがですか⁉」
気が動転して裏声で聞き返して、じっと彼の目を見つめてしまった。
するとランスロット王子は顔を赤くして頷く。
彼の反応から「美しい」のはやはり自分のことだと理解して、猛烈に顔が熱くなった。
ずっと会いたかった銀髪の男性はやはりランスロット王子だった。
しかもその王子に美しいと言われた。
たぶん社交辞令なのだけど、経験がなさすぎて胸が高鳴ってしまう。
どぎまぎするミレーユに対して、彼は何事もなかったように胸へ手を当てる。
「我が名はランスロット・ハーレイ。ミレーユ、君を助けに来た」
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