その二
占い魔法を使うには魔法陣が必要だ。
ミレーユが占うときは、魔法陣が書かれた紙を使っていた。
でも、この塔には魔法陣の紙どころかペンやチョークなど筆記具の類は何もない。
「大丈夫。魔法陣は小石を並べても作れるので」
父親の血筋から受け継いだ占い魔法は普通の魔法とは違う。
人は誰でも自分の思念を体にまとっている。
祓占術は、その目に見えない思念に触れて情報を読み取り、運勢や未来の情報に変えて視ることができるのだ。
引きこもりだったミレーユは、毎日のように先祖から受け継いだ祓占術の魔導書を読み漁っていた。
関連する祓い魔法と占い魔法の蔵書をすべて読破。
祓い魔法は試す機会がなかったが、大好きな占い魔法なら父親にも負けない自信がある。
特に先祖の伝記は興味深く、過去にどこかの塔へ思念体の悪魔を封印したという記録まであった。
思念に干渉できる祓占術なら可能だ。
「早速、未来視で確認してしまいましょう」
未来視は、未来を映像として視ることができる。
一年間で一度しか発動できない特別な占い魔法だ。
まさにいまがそれを使うとき。
丸く太った体型でかがむのに苦労しながら、一階の暗い床に落ちている小石を集めた。
それを魔法陣になるよう床に並べてから真ん中に立つ。
大量の魔力を消費して未来視の占い魔法を発動した。
薄暗い塔の床に青く魔法陣が浮き上がる。
いっきに魔力が枯渇してふらふらしながらも、ゆっくり目をつむった。
瞼の裏に映る未来の自分を確認してみると……。
視えた未来の映像に思わず息が止まった。
瞼の裏に映ったのは、床に寝ている髪も服も汚れた浮浪者。
がりがりで他人にしか見えない女性は、確かに自分だった。
痩せて綺麗になるなら嬉しいが、とてもそんなレベルではない。
いまの太った体とは似ても似つかない骨と皮だけの姿。
しかも息をしていない。
「うそ」
死んでいた。
死は死でも餓死。
これ以下がない本当に最低の死に方で、最悪の結末を示していた。
餓死という死に方は占い魔法で運勢を確認するまでもなく、現状のあらゆる運勢が最低であることを示している。
あまりに酷い未来視の結果に目の前が真っ暗になり、冷たい床にへたり込む。
そのまま虚空を見つめた。
絶望を通り越して頭の中が白くなる。
幽閉を甘くみていた。
もともとは引きこもりの外出嫌い。
幽閉されたら魔導書でも読んで、大好きな占い魔法に明け暮れようと能天気に考えていた。
貴族の娘として生まれ、何不自由なく生活し、衣食住に困ったことなどなかった。
侍女に生活の世話をしてもらい、食べたいだけ食べて過ごしていた。
それが……がりがりに痩せて餓死する。
誰もいない、何もない空間で、空腹でやせ細り、ひとり冷たい石の床に倒れて死ぬ。
そんな未来を想像したら絶望が押し寄せ、目をつむると涙が頬を伝った。
塔に閉じ込められてすぐに流した甘えた涙とは違う。
自身の死の未来を目の当たりにした絶望からの涙だった。
しばらく目をつむっていると、ふと、父親と最後に交わした会話が頭に浮かぶ。
彼女の父親は死刑台へ上る直前で、間近にいたミレーユに語りかけてくれた。
『占い魔法は魔力を消費して神の目を借りる。だから、間違った結果が出ることはありえない。結果を疑うのではなく出た結果を外す努力をしなさい』
『出た結果を外す、ですか?』
『どんなに悪い結果も運勢を上げれば回避できる。私もこれまでずっと家庭運を上げ続けてきた。だから、暴君から家族の命を守ることができたんだ』
『知りませんでした。わたくしとお母様が助かったのってお父様のお陰なのですね⁉』
彼女が能天気に屋敷で過ごす間、父親は家族の運命を変えるために自分のことも顧みずにいたのだ。
父親はいいんだと首を振る。
『知っての通り運勢には上限がある。普通の人の運勢上限は『大幸運』まで。しかし我が一族の血筋はその上限が違う』
『まさか。運勢の上限が人とは違うだなんて』
『私の場合、家庭運の上限が神の領域になる』
ミレーユには意味が理解できなかった。
そんな事例はヴァイアント一族の魔導書でも読んだ覚えがないから。
『そしてお前の場合は、それが恋愛運なんだ』
『れ、恋愛運⁉』
まったく予想していない運勢にミレーユの声が上ずる。
娘の反応を見た彼は逡巡するように目をつむった。
『父親として娘の恋愛に言及するのが嫌でずっと黙っていた。だが死ぬ前に伝えておく。ミレーユよ、お前の恋愛運は神の領域まで上げられる』
『上限が神の領域? わたくしの恋愛運がですか? 信じられません。だって恋愛なんてこれまでの人生で一番縁がないのですよ?』
話し込んだせいで兵士が苛立って、早く死刑台に上れと槍で父親を急き立てる。
『ミレーユ、何があっても諦めるな。恋愛運で必ず道は開けるから』
父親が処刑される直前に彼女へ送った言葉だ。
あのときは最後に「愛してる」と言って欲しかった。
太っていて男性に相手をされた経験などなく、恋愛なんて期待もしていない。
そもそも恋愛運を上げて死ぬ運命を回避するなんて聞いたことがない。
でも、いまになって父親の言葉の意味が分かった。
顔を上げて塔の内部を見回す。
「塔に幽閉されるこの状況を、お父様は占い魔法で視ていたのですね」
だから「愛してる」という言葉より、恋愛運のことを優先したのだろう。
そう考えると、いまは『恋愛運で必ず道は開ける』という言葉にすがるしかないように思えた。
「……分かりました、お父様。餓死する未来視の結果、恋愛運で変えてみせます!」
頬を伝う涙を手でぬぐって生き延びる決意をした。
※占い魔法で素敵な恋愛をしますので、期待を込めてブクマしていただけますと嬉しいです。