その十九
急いで食べたら、はしたないと自分に言い聞かせるが、どうにも我慢ができずに大きな口でサンドイッチを頬張ってしまう。
長いパンはいつもの硬い小さな丸パンとは違って中がふわっと柔らかく、小麦のいい香りが鼻を抜けた。
ハムは軽く炙ってあって表面が香ばしい。
咀嚼すると脂と一緒に肉の旨味が口いっぱいに広がった。
チーズには濃厚なコクがあってハムとの相性が抜群。
サンドイッチの美味しさを二段も三段も引き上げている。
そこにしゃきしゃきとみずみずしいレタスが加わって歯ごたえが心地いい。
しかもハムとチーズにあるはずのわずかなクセをさっぱり打ち消す。
最後に薄く切ったトマトの風味が全体にいきわたる。
熟れたトマトの甘みと酸味がサンドイッチという料理の完成度を極限にまで高めていた。
「お、お、お、美味しいです!」
サンドイッチとはこんなにも美味しいものだったのだ。
自然と食べるスピードが早まってしまう。
はしたないと分かっていても口いっぱいに頬張ってしまった。
「む、むぐぐ」
「ミレーユ様、お水です」
パンがのどに詰まってむせると、ハンナが水筒の水をコップに入れて渡してくれた。
急いで水を飲んでことなきを得たら、それを見たアンディが楽しそうに笑う。
星空の下で仲良くサンドイッチを食べた。
みんなで食べる食事とは、こんなにも美味しくて楽しいのだ。
本当に美味しくて楽しくて、突然訪れた幸運に自然と頬が緩む。
そんな中、スピアは食べもせずにじっとサンドイッチを見ていた。
「俺、野菜嫌いなんだよなあ」
それを呆れた様子のファラシュがたしなめる。
「いい加減、サンドイッチくらい食べられないと人として生きるのに苦労するぞ」
「いや、俺は肉だけでいいや」
発言とは違ってサンドイッチを丸ごとミレーユに渡してくる。
「なあ、ミレーユ。ハムだけ俺にくれる?」
「ハム? ハ、ハムを抜き取ればいいのですか?」
そんな簡単なことを何でわざわざ頼んでくるのだろう。
「俺さ、手先が超不器用で細かいことができないんだ」
「あの、ハムだけでよろしいのですか? パ、パンもチーズも野菜も美味しいですよ」
「俺は肉だけが好きなの。野菜を食べるとじんましんが出るんだよ」
彼は渡してきたサンドイッチの野菜を横目でにらんでいる。
まるで嫌いな食べ物を残す子供のようだ。
野菜アレルギーなのかしら。
でもそれなら仕方ないですよね。
手で引っ張り出せと言うのでハムだけを抜き取ると、なんとスピアがミレーユの前に首を突き出して口を開けた。
「あーん」
「あ、えーと? た、食べさせて欲しい……のですか?」
ハムを要求しているようなので手ずから口に入れてあげた。
「うん、美味い。ありがとう。いやあミレーユって優しいな」
「そ、そうですか?」
「人攫いのときだって、犯人の無事まで気にしてたし」
「その、だ、誰かが傷つくのは苦手で」
「俺さ、優しい女性が好みなんだよね」
彼は意味深なことを言うと、じっと見つめてくる。
それを見たファラシュが唸った。
「おい、スピア! 調子にのりすぎだ」
続けてハンナがたしなめる。
「ちょっと、スピア様! 女性に食べさせてもらうなんて。子供の前ですよ」
当のスピアはふたりの言葉を気にした様子もない。
「悪いけど残りのそれ、食べといて」
「え? ええ⁉ もういらないのですか?」
思いがけず、スピアのサンドイッチが手に残ってしまった。
嬉しい!
もうひとつサンドイッチが食べられるなんて!
ハムはなくてもミレーユにはご馳走だ。
知らずに笑顔になっていたのだろう。
ファラシュとハンナが彼女の顔を見て、スピアへ注意するのをやめてしまった。
気を遣われました?
そんなに嬉しそうな顔だったのかしら。やだ恥ずかしい。
さすがにもらった分を全部ひとりで食べるのは気が引ける。
それに少ない食事で胃が小さくなっているのか、量的にも全部食べられそうにない。
「ね、ねえアンディ。ス、スピア様からいただいたパンを半分こにしません?」
「やったあ、ありがとう」
彼ももうお腹いっぱいの様子だったけど、笑顔で半分を受け取ってくれる。
「お姉ちゃん、美味しいね」
「ええ。……とても……とても美味しいですね」
みんなとの食事があまりに楽しくて幸せを実感する。
ずっとひとりだったミレーユには感激が大きすぎて、もらったサンドイッチを食べながらたくさん泣いてしまった。
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