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その十八

 日暮れ前にハンナが夕食を持ってきてくれる。


「まあ! お綺麗になられましたね」

「せ、石鹸まで用意してくださり、ありがとうございました。そ、それとアンディが水汲みを頑張ってくれました」


 ハンナが着替えた姿を見て喜んでくれる。


「もっと早く着替えを用意すればよかったです」

「あ、もう謝らないでください」


 彼女がこれまで距離を置いたのはアンディとの生活を守るため。

 ミレーユをこの塔へ閉じ込めているのはベネディクト女王で、その彼女の機嫌を損ねては困ると思うのが普通だから。

 そのハンナはまだ仕事が残っているそうで、夜にアンディを迎えに来ると言って仕事へ戻っていった。


「お姉ちゃん、僕は帰ったらお母さんと食べるから先に食べて」


 アンディに夕食を食べるよう促されるけど、彼の分はないのに自分だけ食べる訳にいかない。

 別にパンもスープも逃げないので、後で食べることにしてふたりで屋上に向かった。

 運勢の低下を防ぐため、いつもの日課である夕日をアンディと一緒に浴びる。


 日が暮れてすぐにファラシュが飛んで来て、バサリバサリと羽ばたきながら屋上に着地した。

 月灯りに照らされた鱗が白く輝いて格好いい。


「着替えたのか。うむ、やはりとても綺麗な人だ」

「え? あ、ありがとう、ファラシュ」


 彼のシルエットに見とれていたら、逆にファラシュから褒められてしまった。

 アンディやハンナも気遣って綺麗だと言ってくれたのに、彼から言われたとたん体が熱くなる。

 何だかドキドキしますし、胸が一杯になるのはなぜかしら。

 白く精練な飛竜のファラシュを見ながら自分の感覚に戸惑った。

 続けてスピア様がファラシュの背中から降りると顔を寄せてくる。


「どれどれ? うん、特に長い髪がいいな!」


 うんうんとうなずく彼に対して、「そうでしょ」とアンディが腰へ手を当てている。

 一方ミレーユはスピアにされた不意打ちの接近と好評価に声が詰まって、ちょっとあとずさってしまった。


 みんなが綺麗だと言ってくれる。

 でもそれは髪がサラサラになって、綺麗な服に着替えたからだ。

 汚れたドレスでなくなって綺麗になったという意味な訳で。

 決して女性として綺麗だとか美人だとかの意味ではないと思う。

 だって毎日湯あみをしていた侯爵令嬢のころは、綺麗だと言われたことなどなかったのだから。


 痩せはしましたけど、あばらが浮き出て貧相ですし。


 物心ついたときから太っていた。

 だから太っていた自分と比較してしまう。

 そうすると、いまはどう考えても痩せ過ぎ。

 桶の水に映った自分の姿はガリガリで、まるで他人のように思えた。


 侯爵家にいた侍女たちと出会っても、誰もミレーユだと分からないだろう。

 何かに映して自分の姿を見たのは塔に来て今日が初めてだった。

 目の下が落ちくぼんで頬がこけているのも、桶の水に顔を映して初めて気づいた。

 そんな酷い姿のミレーユを、ハンナやアンディ、ファラシュやスピアは、綺麗だと言ってくれたのだ。


 みんな見た目の貧相さには触れずに優しくしてくれる。

 本当にいい人たちばかり。

 しばらくして仕事を終えたハンナがアンディを迎えに来た。

 スピアがみんなに渡したいものがあると言うので屋上へ集合する。


「みんな揃ったな」


 スピアがファラシュの首に下げられた袋を開けて、バスケットと水筒とコップを取り出す。

 バスケットから細長いパンが見えた。


「パ、パン⁉」


 食べ物を前にして思わず反応してしまう。

 それに合わせてお腹が小さく鳴った。

 いつもなら僅かな夕食で空腹をごまかしている時間なので体が反応する。

 細長いパンには縦に切り込みがあり、たくさんの具材が挟まれてボリュームが凄い。


「サ、ササササンドイッチ⁉」


 見るからに美味しそうで思わず声に出てしまった。

 サンドイッチにはピンクのハムと黄色のチーズ、緑のレタスに赤いトマトが挟まれていて色あいがとても鮮やか。


 昔はサンドイッチなど好きなときに食べられたのに、いまは目が離せない。

 一年間も小さな丸パンとスープだけで過ごしたせいだ。

 食い入るように見ていると、スピアがサンドイッチを渡してくれた。


「はい、ミレーユ。実はさ、サンドイッチにしようって言ったの、ファラシュなんだ」

「黙って出せって言っただろう。だいたいスピアの希望だとみんなが困る」

「俺は生肉の塊が何より好きなんだよ」


 スピアは人間なのに生肉の塊とかどうかしている。

 けどそれより、飛竜のファラシュがサンドイッチを希望したのが気になった。


「ファラシュは飛竜なのに、えとその、どうしてサンドイッチを要望したのです?」


 サンドイッチを持ったまま質問するとなぜかファラシュは視線をそらす。


「……君が喜ぶと思ったからだ」


 いまのはもしかして照れたのだろうか。

 彼は飛竜なのに優しいし、照れたりしてまるで人間みたいだ。

 スピアがハンナとアンディにもサンドイッチを渡す。


「すみません。いただきます」

「やったー! ありがとう、スピア様!」


 喜ぶアンディを可愛く思いながらも、サンドイッチを食べるのは躊躇する。


「えとあの、わたくしの夕食はその……し、下に置いてあるので」


 それを聞いたスピアが笑った。


「小さなパンとスープじゃ足らないだろ。なあファラシュ、そう思うよな?」

「もちろんだ。さあ、みんなで食べよう」


 ファラシュが大きな鉤爪で器用にサンドイッチを摘まんで上へ放り投げた。

 落下するそれを大きな口でばくりとキャッチする。


 彼が先に食べてくれたので、心置きなくサンドイッチにかぶりついた。



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