その十七
ミレーユはハンナとアンディのお陰で身を清めることができた。
「お、お陰様で汚れが落ちました。アンディ、ありがとうございます」
髪と体を石鹸で念入りに三回も洗ってようやく綺麗になった。
用意してくれた服に着替える間、アンディは後ろを向いていてくれた。
骨と皮ばかりの体が恥ずかしくて、急いでハンナが用意してくれたベージュの古着に袖を通す。
靴は茶色い革靴だ。
着替え終わって声をかけると振り向いた彼の顔がとても赤い。
「ミ、ミレーユ様の銀色の髪って、その、綺麗だと思う」
「え? ふふ。ありがとうございます。でも、元は金色だったのですよ。その、いろいろあって変わってしまいました」
腰よりも伸びた銀髪を彼がタオルで拭いてくれた。
「体が細いね」
髪を拭くアンディの目が潤んでいる。
がりがりに痩せた細い腕や脚に衝撃を受けたのだろう。
ごてごてとしたドレスからシンプルな服に着替えたので、体の線が目立つのだ。
いまのミレーユの体は六才の子が哀れむほどに酷い。
不自由なく暮らしていたころはぶくぶくと樽のように太って、恥ずかしくて人前に出られないほどだった。
だけどいまは真逆。
貧相過ぎて哀れに思われるので、素肌を人に見せたくない。
「綺麗な服はとても気持ちがいいです」
生地の薄い七分袖のシャツに単色のスカート。
装飾がないので動きやすい。
着替えた姿を見たアンディが嬉しそうだ。
「色が白くて綺麗だね」
「え、ホント? お、お世辞でも嬉しいですね」
言われて腕を見ると確かに異常なほど白い。
日差しに当たるのは朝日と夕日だけ。
あとは塔にこもる暮らしなので日焼けとは無縁。
だけど、この白さは栄養不足による血色の悪さもあるだろう。
ふと床に脱いだピンクのドレスとヒールが目に入った。
桶があるので洗おうとしたがすぐ諦める。
ドレスは装飾や生地の合わせ目が複雑で、洗濯の経験がない自分では洗える気がしなかった。
本当はもうお役御免にしてあげたいけど……。
水浴びに使った大きな桶を持って南側の壁際へ向かう。
南側の壁際は恋愛運を上昇させる方角。
ピンクの傘に白水玉模様のキノコ、毒ピンクを置き続けている場所だ。
その床に水浴びに使った桶をひっくり返して置いた。
この上に置けば床の水たまりで濡れないだろう。
「これまでありがとうございました」
一年間お世話になったピンクのドレスを丁寧に畳んで、ヒールと一緒に桶の上へのせた。
ピンクの物をここに置けば恋愛運がアップするはずだ。
恋愛運はもうすでにカンストしているけど、運は低下することもあるので常に上昇させることを意識したい。
やっと着替えられたので、石階段の一段目で休憩中のアンディの隣へ行く。
彼の隣に座って昨日ファラシュからもらった袋を開ける。
袋にはおしぼりのほかに薄切りされた干し肉がたくさん入っていた。
何日にも分けて食べられそうな量でつい頬が緩む。
早速いま食べようと彼にも渡した。
「アンディ。こ、この干し肉って、えと、どうやって食べるのでしょう? か、硬そうですし。口に入らない大きさですよね」
いい匂いがして美味しそうだけど、ナイフがないので小さく切れなくて悩む。
「まずこうやって端を噛むでしょ。反対側を手で持ってから顔を横に向けて引きちぎるの」
アンディがやって見せてくれた。
ワイルドで獣のような食べ方に驚いたが、食欲に後押しされて干し肉を噛みちぎってみる。
「お、お、美味しい!」
引きちぎった干し肉のかけらは、噛むほどに肉の脂と旨味が滲み出る。
不足した動物性の栄養素が体に浸み込んでいくのを感じた。
いつものスープには具なんて入っていない。
肉なんてこの前女王に意地悪されたときのソーセージ一回だけ。
干し肉は乾燥していて嚙み切るのが大変だけど、この硬い肉は大層なごちそうになった。
じっくり噛んで干し肉を飲み込んでからアンディに聞いてみる。
「水を汲むの、大変でしたよね。どうして、その、わたくしに良くしてくれますの?」
「お母さんが教えてくれたんだ。あのまま攫われてたら、もう誰とも会えずに奴隷として悲惨な一生になったって。だから、お姉ちゃんは僕の命の恩人だよ」
「え? お姉ちゃん?」
「あっごめん。ミレーユ様が優しくて綺麗だから、ついそうだったらいいなって」
アンディが頬を赤くしてこちらを見る。
美少年のその仕草があまりに可愛らし過ぎて、見られているこちらまで顔が熱くなった。
アンディは幼いころに父親を亡くしてずっとハンナとふたり。
母親はいつも仕事で昼間は寂しかっただろう。
もし姉弟でもいれば頼れたはずだし、人攫いに遭わなかったかもしれない。
「わ、わたくしがお姉ちゃんですか。……お姉ちゃん。う、うん、いいですね! これからもわたくしのこと、お姉ちゃんって呼んでくれますか?」
すると彼は、はにかみながら頷いてくれた。