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その十四

 玉座の間には、いつものように若き女王の配下たちが並んで待機している。


 一段高い玉座には女王に扮するモリガンが座っていた。

 目の前には、声をかければすぐ動く小間使いの文官が四人。

 壁際には護衛の兵士も並んでいるが、護衛は体裁である。

 本来彼女に護衛など必要ない。

 しかし、体は人間の女なので脆弱さを演じる必要がある。


「つまらん」


 黒いドレスにかかる黒髪を人差し指に巻き付けては解くのを繰り返す。

 国を支配するのがこんなに退屈だとは思わなかった。

 尻をずらしてだらしなく座っている玉座も、目の前でかしずく人間たちも、彼女の欲を満たしたのは数日だけだった。


 悪魔モリガンがわざわざ人として振舞うのは「永遠の美貌を維持する」というベネディクトとの契約のせいではない。

 配下の人間に忠誠心を持たせるなら、上に立つ者も同じ人間である必要があるからだ。

 より巨大で強固な権力をふるうには、異形の能力で恐怖の支配をするよりも、人間を装って忠誠を誓わせた方がよい。

 先の戦争でそれを学んだ。

 国力が回復したら次こそは隣国の王子を抹殺しなければならない。


「つまらんな」


 下に組んでいた右脚が上になるようにゆっくり脚を組みかえる。

 すると正面に並んだ部下たちがいっせいに目を逸らした。

 広間より一段高い玉座でドレスの裾を気にせず脚を見せたためだろう。


 この女も永遠に美貌を維持したくて体を明け渡すとか、馬鹿だな。


 上に組んだ右脚をぶらつかせた。

 ドレスの裾からは細く美しい脚が伸びて黒いヒールが揺れている。

 男性を魅了する女悪魔のモリガンにとって、美貌とはいつまでも不変のもの。

 だから自分の体を明け渡してまで美貌を維持したいベネディクトの考えなど理解できない。


 とはいえ、人間にとっての美しい体型とそうではない体型の区別くらいはつく。

 要はこの体のように痩せていれば評価が高く、太っていれば醜いのだ。

 太った体型といえばと連想して、ふと一年前に幽閉した女を思い出した。


「おい、南の塔の女はどうなった」


 急に問うと、部下どもは何のことか分からないようで慌てだした。

 分からないとも言えずにただ顔を見合わせている。

 無能を晒して叱責されるのが恐ろしいのだろう。

 仕方なしに助け舟をだす。


「封印の塔……いや南にある物見の塔に占いの女を幽閉しただろう」


 そこまで言うと文官のひとりが申し出る。


「すぐに確認してまいります!」

「待て待て、食事を運ばせている侍女がいたはずだ。まずそいつをここへ連れてこい」


「御意!」

「早くしろよ?」


 文官をわざと急かすと転びそうになりながら出て行った。

 それを黙って見送ったあと、配下を見下ろしながら指でひじ掛けをとんとんと叩き続ける。

 あえて木の部分に爪を当てて音を響かせると、みんながこちらの機嫌を勝手に想像して顔を青くする。

 実に面白い。


 しばらくして文官が女を連れて戻ってきた。

 侍女の恰好をした幸薄そうな女が前へ押し出される。

 女は震えたまま固まって動かない。


「久しぶりだな」

「は、はい」


「あの太った女はいつ死んだ?」

「え、太った女ですか? ええと……ああ! あの、死んではいないです」


「なんだと?」


 塔に放り込んだのは一年前。

 指示した食事の量で生き続けられるとは思えない。

 だからといってこの侍女が食事を増やしたり恵んだりしていないのは確かだ。

 侍女にかけた呪いが発動せず、目の前で生きているのだから。


「ついて来い。わらわが自ら確認する」


 侍女に声をかけて歩き出すと、文官や護衛騎士までついて来ようとする。


「お前らは待っていろ」


 冷たく言い放ったが、どいつもこいつもひざまずいて食い下がる。


「し、しかしベネディクト女王陛下」

「お守りするのが我らの役目です」

「塔までの間に何かあっては」


 こんな見た目だからだろうか、いくら強者として振舞っても庇護しようとしてくる。


 馬鹿な奴らめ。

 人間から見て華奢で美しいこの姿が上辺だけとも知らずに。

 真実を知らぬというのは間抜けなことよ。


 具申する愚か者どもを手の甲で追い払う。


「女三人で話すことがある。少しは気を遣え」


 国家権力を掌握するなら家臣からの評判にも気を遣う。

 塔の女の哀れな様子を彼らに見せても、モリガンにとっていいことはない。


 つまらん。

 わらわはいつから人間になった。


 封印の塔を出て自由を得たはずが自由に振舞えていない。

 この状況に不満を抱きながらも、彼女は権力を手放せずにいる。


 女王の体では悪魔本来の力が出せない。

 それは前回の戦いで思い知った。

 隣国の王子を殺して女王の未練を断ち切るためには、忠誠心を高めた強い軍隊がいる。

 だから権力が必要なのだ。

 早くランスロットを殺さねば、本当の意味で自由を得たとは言えない。


 隣国の王子殺害を考えたところで、女王ベネディクトの精神が表へ出てこようとするのを感じた。


「う、うぐ。またか。出てこようとするな。くそ、油断をすればすぐこうなる」

「陛下?」

「女王陛下、いかがされましたか?」


 この体の持ち主、ベネディクト女王の想い人である隣国の王子は邪魔な存在。

 一年前の戦争でランスロットに重傷を負わせたが、おそらく奴は生きている。

 体の持ち主の女王から未練が消えないのが何よりの証拠。

 これではいつ女王と精神が入れ替わるか分からない。

 思考の内側で女王の精神が語り掛けてくる。


『彼と敵対するのはやめてください。私は王子と結婚したいのです』

『結婚でもなんでもすればよかったろうが』


『縁談を申し込んだのですが、破談になりました。私が戴冠したという理由で』

『じゃ仕方ないだろ』


『でもそれはきっと建前です』

『建前?』


『私は彼より八つも年上。絶対に年上だから断られたのです』

『年の差で断られたって? いやいや、女王と隣国の次期国王じゃ無理だからだろ』


『私だけが年を取らず、ずっと若く美しいままでいられたら、いずれ彼より若くなれる。だから永遠の美貌を望んだのです』

『お前は年の差を意識し過ぎだ』

『意識し過ぎですって? あなただって復讐に固執しています』


 悪魔モリガンは目をつむり顔を歪めた。

 かつて自分を封印し、二百年も自由を奪った祓占術士の姿が脳裏をよぎる。


 奴は寿命で死んでもういない。

 だから代わりに祓占術士の子孫をこの世から根絶やしにする。

 その復讐を果たすためには、精神が女王と入れ替わっては困るのだ。


『うるさい! もう出てくるな!』


 心の中で叫んだつもりが声に出たようで、心配していた部下たちがそばを離れた。


「あ、急に悪かった。気にするな。だがそなたらも、わらわを心配し過ぎだ」


 先の敗戦で疲弊した国力が回復していない。

 再び軍を起こすにはもう少し時間がいる。

 なら、塔に閉じ込めた祓占術士の末裔でも苦しめて憂さを晴らすか。

 小声で話すため侍女を手招きする。


「面白いことを思いついたぞ。城門で待っているから塔の女の夕食を持って来い。今回だけ、いつもより品数や量を増やせ。いいな」


 侍女に夕食を持って来るよう命令してから、ドレスを翻して玉座の間を出た。



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