その十三
ハンナにはこの塔の屋上でアンの救出を待ってもらうことにした。
無事に救出できても彼女の家を彼らは知らないし、アンは六才なので夜間に上空からでは自分の家がどこか分からないと思われた。
だから、アンを救出したら塔へ連れて来てもらうことにしている。
屋上で南西の森を気にして待つ間、ハンナとたくさん話ができた。
「ミレーユ様、いままで申し訳ありませんでした」
彼女は目に涙を溜めて、これまでの一年間を謝罪してきた。
ハンナは戦争で夫を亡くし、幼いアンを抱えて苦労したそうだ。
やっと見つけたいまの仕事も賃金が少なくて、ふたりで暮らしていくのがやっとらしい。
もしいまの仕事を失えば暮らしていけない。
だから、周りの目を気にしてミレーユとの距離を置いていたと告白された。
会話がなかったのは寂しかった。
けど彼女にも守るものがあったのだ。
アンの救出が気になって、ファラシュの飛び立った方角をじっと見つめる。
南西には森が広がっていて、月明かりがあっても吸い込まれるように暗い。
「無事に馬車を見つけられればいいのですけど」
そうつぶやいたとき、暗闇が広がる遠方で赤い光りの柱が現れた。
見間違いではない。
空中の少し低い位置から、地上へ向けて斜めに光の柱が伸びたのだ。
そして地上の何かが大きく燃え上がった。
「あ、あれはきっと戦闘です。スピア様とファラシュが戦っているのかもしれません!」
「ああ、アン。どうか無事で」
ふたりで祈るように眺めていると、しばらくしてから暗い空を飛翔して近づいてくる白銀の影が見えた。
「ほ、ほら、あれ! ファラシュじゃありませんか⁉」
「ア、アンは⁉ アンは乗っているかしら⁉」
姿が見え始めてから数十秒でファラシュが塔の屋上に帰ってきた。
スピアが可愛らしい子を抱えてファラシュから降りる。
「お母さん!」
「アン! よかった!」
ハンナが駆け寄るとふたりでしっかり抱きあった。
ホッとした様子のアンの横顔がとても可愛い。
月明りに照らされた髪はキラキラ光るオレンジ色で、ハンナと同じボブカットの毛先はサラサラ。
人攫いに目をつけられたのは、この人目を惹く容姿が理由かもしれない。
スピアが抱き合うハンナとアンを眺めて頷いている。
ミレーユは彼に駆け寄って頭を下げた。
「スピア様、あ、ありがとうございました」
「どういたしまして」
スピアが助けてくれた。
だけどファラシュが飛んでくれて、遠くへ逃げる人攫いの馬車に追いつけたからアンを救えた。
スピアにしたように、ファラシュにも丁寧に頭を下げて感謝を伝える。
「ファラシュ、あ、あの、ありがとうございます」
「なぜ飛竜の私にまで礼を言うのか」
「ま、待っている間に占いました。それで飛竜が助けると出たのです。それより何よりあなたは頼りになります。は、話していて安心できますし」
「そうか」
ファラシュは短く答えて少し沈黙したが――。
「……実はミレーユに相談がある。今日はもう夜明けが近くて時間がないが、またここに来たとき、君の占い魔法で相談にのって欲しい」
「ええ。わかりました」
彼にはアンを助けてもらったし、干し肉やおしぼりももらった。
占い魔法が役に立つなら可能な限り期待に応えたい。
「やべえ、空が白んで夜が明ける。話し中にごめん!」
スピアがファラシュに飛び乗る。
夜が明けて飛ぶ姿が目立つのは困るらしく、すぐに夜空へ戻って行った。
もう少しお話がしたかったけど仕方ありません。
塔の屋上に飛竜がいると騒ぎになって女王陛下に伝わっては困りますもの。
徐々に空が白んで夜が明け始めた。