その十二
いつもの自信なさそうな口調ではない。
「混ぜるとはこれでいいのか?」
そこから彼女はカードを十字に数枚並べて、隣へ縦に四枚並べた。
「先に私が悩みを打ち明けなくていいのか?」
「大丈夫です。もう視えています。殿下の現状、その障害、近い未来、そして将来の姿」
別の一面を見た気がした。
いつもおどおどと人の目を気にして、気遣いに疲れた様子のミレーユとは別人だった。
きっと彼女は誰よりも占い魔法と向き合い、築き上げた確かな自信があるのだ。
なんだか置いて行かれた気がして、悩んで進めない自分に涙が出そうになった。
「大丈夫ですよ」
見上げると愛らしく微笑む彼女の姿があった。
「殿下おひとりではありません。国王陛下であるお父様もそのお父様も同じ悩みに苦しみました」
「父上も? お爺様も?」
「治政者は孤独を感じるものです。自身の決定は他人の人生に影響し、幸も不幸もすべての責任をひとりで背負うのだと。殿下はご自分にその資格があるのかと悩んでいらっしゃる」
「どうしてそれを」
「ご自分の役割に悲観し、国王になる将来を望んでおられない」
「……そ、そうだ」
心を読んだ?
いや違う。
ミレーユは表になったすべてのカードを見て言葉を選んでいる。
占い魔法の結果だ。
「ですが、おひとりではありません。殿下の周りには支えてくださる人たちがいらっしゃいます」
「確かに家臣たちは頼りになる。だが結局国王は孤独の身だ」
ミレーユがゆっくりと首を横に振った。
それは否定ではなく、安心できるように諭しているかに見えた。
「信頼できるのは家臣だけではありません。ご家族もまた殿下の味方です」
「家族」
「ご両親、ご兄妹はもちろんですが、最愛の女性が妻として殿下を支えるでしょう」
最愛の女性?
いま愛する人はいない。
気になる人はいるが。
ミレーユをじっと見たが、それ以上彼女は何も言わなかった。
パーティ会場へ戻っても、彼女の言葉がずっと頭から離れない。
最愛の女性か。
隣国のベネディクト王女との縁談は断った。
弟のヘムンズではなく彼女が戴冠したのだから仕方がないこと。
やはり政略ではなく、好きな女性を妻にすべきということか。
短く感じた宴席がお開きとなり、先にミレーユが退室する。
ところがヴァイアント卿が彼女をエスコートせずに神妙な顔で近寄ってきた。
「王子殿下。国王陛下へはすでにお伝えしましたが、我が国が軍を起こして貴国へご迷惑をかける未来が視えました」
「それは戦争ということか」
「現在、我が国にその兆しは一切ありません。これはあくまで私の未来視の話です」
「ヴァイアント卿の未来視は必中と聞く。だが、分かっていれば事前に避けられるはず」
「実は一年後、我が国の若き女王が悪魔に憑依されます」
「何⁉ ベネディクト王女が、いや女王が悪魔に憑依されるのか⁉」
「それがどこの悪魔なのか特定できず防げません。個人主義の悪魔が、なぜか軍を率いて侵略戦争を起こすのです」
「悪魔に憑依されては説得できないか。で、卿は何を望まれる? 戦争になればこちらも負けてはやれぬぞ」
ヴァイアント卿が首を横に振る。
「悪魔に軍を率いた戦争などできません。敗戦は確実。貴国の損害は軽微と視えています。ただ敗戦後に敗戦責任の主犯として、私は処刑されます。妻は修道院。娘は塔に幽閉されて死ぬでしょう」
「なんだと! 卿が死ぬのか。だがそれは運勢の上昇などで回避できるだろう」
「それが最大まで家族運を上げてやっと、妻と娘が処刑にならずにすむのです」
「戦勝国として卿の助命やご家族の開放を望めば」
「悪魔は私たち家族の開放を承知しません。たとえ多額の賠償を要求しても」
「私にできることはないか?」
「どうか、敗戦で塔に幽閉される娘のミレーユを救出していただけませんか。我が国の南にある『物見の塔』でひとり死ぬ前に」
ヴァイアント卿は自らの命よりも娘の助けを請うた。
自らの死は避けられぬと話すヴァイアント卿の目には覚悟が見える。
「分かった。卿に万が一のときは必ずミレーユを助ける」
「殿下も悪魔と戦いになります。これが御身を救うでしょう」
そう言って青い石の付いたネックレスを渡された。
◇
夜風を感じながら、あのときのことを思い出す。
先ほどミレーユに渡したネックレス。
あの特別な青い石が喧嘩の多かったスピアとの間に強い絆を育んだと思っている。
あれのお陰で飛竜になった私が竜属の里で受け入れてもらえた。
もし里に入れなければ、瀕死の深手を癒す場所もなく野垂れ死んでいただろう。
夜の空を隣町の方向へしばらく飛んで、ついに怪しい馬車を見つけた。
「スピア、あれだ。飛び降りて子供を救出してくれ」
「おっしゃ、分かった。お前、ブレスは俺たちが離れてからにしろよな」
スピアはそう言って長い槍を手に背中から飛び降りた。