その十
ハンナはミレーユが占い魔法を使えると知っている。
魔法陣の横で寝る魔力切れのミレーユをよく目撃しているから。
「えと、な、何を占えばいいですか?」
「アンが、私の子が行方不明なのです」
「迷子ですか?」
するとハンナは首を横に振る。
「あの子は六才です。家の周りで迷子にはなりません。きっと攫われたのです」
「さ、攫われたのですか⁉」
最近、子供が行方不明になる事件が相次いでいるらしい。
彼女はアンとふたりで街外れに住んでおり、人目が少ない地域なのでずっと不安だったそうだ。
今日もいつものように仕事へ行き、帰ったら留守番のアンがいなかったという。
「ミレーユ様! アンの居場所を占い魔法で教えていただけないでしょうか」
「わ、分かりました。い、急いで居場所を占ってみましょう」
「どうかお願いします!」
「ですが、わたくしはえと、地理が分からなくて。その、ス、スピア様、ファラシュも力を貸してくださいますか?」
ミレーユは引きこもりだったので外を出歩いたことなどほぼない。
自分の住んでいる街がよく分からないのだ。
地図があればなんとかなるが、当然この塔に地図などない。
占い魔法でアンの居場所が魔法陣に示されても、街のどの場所を指しているのか見当もつかない。
頭をフル回転させる。
得意の占い魔法が役立つならと自然にスイッチが入った。
「これから探索の占い魔法を使ってアンを探します。魔法陣に示された方角と距離をお伝えしますのでハンナとスピア様は現実の地形に照らし合わせてください。飛竜のファラシュも空から街を見ているのできっと頼りになりますから周辺の情報を教えてください」
占い魔法ですべきこと、頼みたいことをみんなへ一息に伝える。
言い終わったらみんなにいくつか聞き返された。
どうも知らずに早口になっていたらしい。
ファラシュにも占い結果を見てもらえるように、塔の中ではなく屋上の床に小石を並べて魔法陣を形作る。
ハンナに小石で作った魔法陣の前へ座ってもらい、さっきファラシュから貰ったペンダントのひもを持たせてぶら下げさせた。
探索の占い魔法は、探し人でも失せ物でも探すことができる。
魔法陣を土地に見立てて、ぶら下げたペンダントの揺れる動きで探索対象の位置を特定する。
ペンダントのひもを持つハンナの手にそっと手を重ねて魔力を込めた。
ひもの先にある友情の石、ブルーレースアゲードに魔力が集まり青く光る。
「アンのことを思えばいいのですか?」
ハンナが不安そうに見上げるので微笑みながら頷く。
彼女が目をつむると、すぐに指から下げたペンダントの青い石が揺れだした。
青白く光る魔法陣のあちこちに彼女の手を誘導し、ペンダントの揺れが一番大きくなる場所を探していく。
「ここですね」
中心から大きくそれた場所でペンダントが揺れて強く光った。
「ここにアンがいるのですか!」
「魔法陣の中心がこの塔です。示された場所は、南西へ五キロほどの位置ですね」
立ち上がって塔の外側に広がる南西の暗闇を指さす。
「そっちは森だぞ。なあファラシュ」
「ああ。街道があるだけだ。いまその位置だと、馬車でさらに進めば半日で隣町に着く」
スピアもファラシュも首をかしげた。
でも神の目を借りる占い魔法に間違いはない。
「反応がゆっくり離れています。馬車に乗せられているかもしれません」
ファラシュの言う通りだと、夜明け前には隣町へ連れ去られてしまう。
ハンナが立ち上がる。
「すぐ助けに行きます!」
「待ってください!」
もうかなり離れた場所にいる。
攫われた少女が馬車で連れ去られたなら、ハンナがいまから走っていっても馬車が隣町へ着くまでに追いつけない。
ミレーユはスピアとファラシュの方へ向き直って頭を下げた。
「あの、どうか、アンを助けてもらえないでしょうか」
「まあ、俺らならひとっ飛びだけどよ」
スピアは鼻の頭をかきながら、ファラシュの顔色をうかがった。
するとファラシュはスピアではなくミレーユへ問いかける。
「その侍女は長い間、ミレーユに冷たく接したのではないのか?」
先ほどファラシュに侍女との関係を話したので、助けを望むミレーユの態度が疑問なのだろう。
「いいんです。わたくしのことは。それよりアンに助かって欲しいのです」
ミレーユが再び頭を下げると、ファラシュが唸るようにグルルと喉を鳴らした。
「君は貴族の出だろう。なぜそこまでする」
「幼い子の命が大切ですから」
彼らへのお礼は何もできない。
それは恐らくふたりとも分かっているだろう。
食事も満足にもらえず、柔らかな寝具で寝ることもできず、身なりの汚れたミレーユにはただ頭を下げることしかできない。
「お願いです。どうかお願いします」
再度、頭を下げるとファラシュが小さく頷く。
「……分かった。スピア、行くぞ」
彼が了承してから長い首をクイと振る。
「お、早く乗れってか? よし、行こう。必ず見つけて連れてくるから待っててくれ」
「わ、私も連れてってください!」
ハンナが願い出たが、ファラシュが長い首を横に振る。
「相手は武装しているだろう。私たちふたりの方がいい」
そう言って彼は翼を広げた。
もし邪魔になったら救出が失敗に終わりかねない。
ここはふたりを信頼して任せたほうがいい。
ミレーユとハンナが出発する彼らへ丁寧に頭を下げる。
「おふたりとも、ど、どうぞよろしくお願いします」
「子供をどうかお願いします」
彼らはアンを救うために塔から飛び立つと、そのまま南西の夜空へ吸い込まれていった。




