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その一

※幽閉なので最初だけ大変です。

 ミレーユは石造りの塔に連れてこられると、女王に塔の中へ突き飛ばされた。


「さあここだ、ミレーユ・ヴァイアント。さっさと中へ入れ」


 太っているせいでとっさに足が前へ出ずにつまずいて転ぶ。

 痛がる間もなく、今度は兵士から槍を突き付けられる。

 鋭く光る槍先が怖くて、お尻を床に突けたまま転がるように塔のフロア中央まで後ずさった。

 黒髪の若き女王ベネディクトが、怯えてかがむミレーユを見下ろす。


「醜いお前にはこの忌まわしい塔がふさわしい」


 言いながら塔の内部を見回して顔をしかめた。


「あ、あの、この塔は忌まわしいのですか?」


 女王はミレーユの問いに答えず、代わりに怪しい呪文を唱えて大きく杖を振った。

 とたん女王の体から黒いもやのようなものが立ち上る。

 立ち上った黒いもやがみるみるドクロの形に変化。

 ミレーユが恐怖で息をするのも忘れていると、なんとその黒いドクロが床へ倒れた彼女を襲ってきた。

 顔を背けて両手で身を守る。

 だけど、黒いドクロはミレーユに衝突して跡形もなく消え去った。


「死の呪いをかけてやった。これでお前はこの塔から離れると死ぬ」

「え⁉ 死の呪い? 塔から離れると……し、死ぬのですか⁉」


 視界に違和感があって自分の肩を見る。

 薄ピンクのドレスにかかる長い髪が見慣れた金髪ではない。

 なんと銀色の髪だった。


「か、か、か、髪が! わたくしの髪が銀色になって……」

「生きるも死ぬもお前の自由だ。孤独が嫌になったら塔から出て死ね」


 黒いドレスをひるがえした女王は、兵士を連れて塔から出ていく。


「お、お待ちください!」


 ミレーユが慌てて塔の扉から出ようとすると、女王が黒髪を揺らして振り返った。


「塔から離れると、死ぬぞ?」

「え⁉ あ、ああ……」


 ようやく言葉の意味を理解し、外へ踏み出した片足をゆっくり戻す。


「塔から出たければ出ていいぞ。だがな、すぐに死んではつまらぬ。もう少し苦悩してからにしたらどうだ?」


 女王はさも愉快そうに笑みを浮かべる。


「議会の決定で処刑できずに不満だったが、わらわと同じ苦痛を味合わせて空腹で朽ち果てさせるのも悪くない」

「そんな」


 おびえるミレーユを尻目に、女王がケラケラ笑いながら去って行った。


「うう。お父親、お母様」


 銀色になった自分の髪を見ながら途方に暮れる。

 たぶん、強力な呪いの影響だろう。

 となると、塔から出たら本当にこの呪いで死ぬのかもしれない。


 侯爵家に生まれたはずが一体どうしてこうなったのか。

 数カ月前、若き女王が他国へ侵略戦争を仕かけた。

 そして必中の祓占ふつせん術士だった彼女の父親は虐殺方法を占うよう命令された。

 しかし占い魔法で人殺しの加担はしないと陛下の命令を拒否。

 結果、王国は侵略に失敗して大敗した。


「お父様、ミレーユはご判断を誇りに思っています」


 王家に仕えるなら準軍属も同然だと扱われて、彼女の父親は軍法会議にかけられた。

 敗戦の原因が占い魔法の使用を拒否した命令違反にあるとされたのだ。

 そしてミレーユの父親は、侵略戦争の敗戦責任を負わされて死刑となった。


「なんて酷い結末。先祖代々、王家に仕えてきたのにこんな仕打ちだなんて」


 女王はさらにミレーユたち家族全員の処刑を主張。

 しかし絶対に思える女王の命令がなぜか通らず、議会の決定でミレーユと母親のふたりは処刑されずにすんだ。


 祓占術士の血族ではないミレーユの母親は修道院行き。

 だが、ミレーユに対する扱いは違った。


 彼女には父親の血を受け継ぐ希少な祓占ふつせん術の素質があった。

 だから人との接触を絶たせるべきだと女王が主張し、修道院ではなく塔への幽閉に決まる。

 ミレーユはひとりが好きでよく屋敷に引きこもっていたが、これで本当にひとりぼっちになってしまった。


 こんな自分でなければ、お父様を死なせずにすんだのかもしれません。

 後悔ばかりがつのる。


「うう。お父様ごめんなさい。わたくしがあの婚約者から好かれてさえいればお助けできたかもしれないのに」


 引きこもりでも侯爵家の令嬢なので婚約者がいた。

 相手はなんとこの国の王子。

 この王子がいろんな意味で酷かった。

 女癖が悪くて侍女には手を出すし、性格がきつくて配下には当たりちらす。

 国を背負う器ではないと生前の王が判断して、姉のベネディクト王女を後継に指名したほど。


 その王子と初めて会ったときは大きくため息を吐かれた。

 それも体を上から下までじっくり見られてから。

 その後は理由をつけて度々会うのを断られたので、きっと太った体にガッカリしたのだろう。


 その王子とミレーユだが、昨日、城で会っていた。

 城に連行されたタイミングで彼が言い放ったのは婚約破棄の言葉。

 一方的だけど、幽閉されるミレーユにはただ受け入れるしかできなかった。


 ほかに知り合いといえば隣国の王子ランスロットしかいない。


「過去数回お会いしただけですけど、あの方は優しくて」


 表敬で会うたびに親切にしてくれて、ふたりでよく会話した。

 最後に会ったのは一年前。

 隣国へ到着後、国王陛下との謁見まで時間があったので、殿下に庭園を案内していただいた。


『で、殿下。わ、わ、わざわざすみません』

『もう、緊張しているのか。いまは周りに侍女しかいない。気を抜いていい』


 形式ばった国王陛下との謁見よりも、実は彼といる方がよほど緊張する。

 綺麗な金髪の美形。

 穏やかで知性的な人で金の瞳が印象的だ。

 背は高くスラッとしているけど武術も嗜むらしい。


『で、でも、お忙しいのに、も、申し訳なくて』

『気にするな。私はミレーユを案内したくてしている』


 こちらを見て微笑まれた。

 顔が熱くなり頭がくらくらする。

 同性との会話もおぼつかない人見知りなのにあまりに刺激が強すぎる。

 こんなに素敵な男性と会話なんて普段まったくないのだから。


 だけどいつまでも緊張して口を閉じている訳にいかない。

 せっかく王子自ら接待してくれているのだから。

 何か話さねばと必死に頭をめぐらす。

 ちらりと彼を見るといつもと違って何か悩んでいるように見えた。

 気になったけど、会って早々『悩んでいますか』などとは聞けない。

 当たり障りがなさそうな武術のことを聞いてみる。


『あ、あの、ぶ、武術もされると伺いました』

『ああ。竜騎士として軍にも所属している。お飾りだがな』

『竜騎士?』


 我が国には竜騎士なんていない。


『馬ではなく飛竜に乗って戦う騎士だ』

『す、凄いです! か、格好いいですね』

『そ、そうか。まあミレーユがそう言うならもう少しだけ続けてもいいか』


 彼はそう言って鼻の頭をかいた。


『もう少しだけって、り、竜騎士を続けたくないのですか?』

『飛竜との相性もあるしな。王子だからと強い飛竜を当てがわれたが、性格が合わずに苦労している』


 人柄のいい彼でも合う合わないがあるらしい。

 馬でも乗り手との相性があると聞くので飛竜との相性もあるのだろう。

 そんな会話しながら三十分ほどの散歩。

 太って歩くのが遅かったけど、彼は合わせてゆっくり歩いてくれた。

 夢のような時間が終わり、気づいたら国王陛下との謁見の時間になる。


『ミレーユ、また後で話をしよう』


 じっと金色の瞳で見つめられて緊張で返事ができなかった。

 息ができずに気を失いそうになったのをいまでも覚えている。


 ランスロット様なら助けに来てくださるかも。


 一瞬考えて無言で首を横に振った。

 彼の人柄がいくらよくたって、貴族の娘として数回会った程度の間柄。

 婚約者でもないのに、他国の王子が助けには来ないだろう。


「お父様、お母様……」


 彼女は一人娘として甘やかされて育った。

 社交をせずに引きこもっても許されていた。

 貴族の娘にとって体型維持など本来義務のようなもの。

 なのにぶくぶく太ってもお咎めがなかったのは、きっと家業の占い魔法に没頭していたからだろう。


「この状況は、好き勝手な生き方に罰が当たった結果なのでしょう」


 しばらく石の床に座っていたが、当然ながら誰も助けに来てはくれない。

 父親を殺され、母親とも引き離され、自分が哀れで涙が止まらなかった。


 何時間も泣き続けて途中で泣きつかれて寝てしまった。

 目が覚めてここはどこと確認するも周りはやっぱり石壁。

 現実なのだと実感してまた泣いた。


 半日以上泣いただろうか。

 たくさん泣いたら次第に仕方ないと諦めがつく。

 塔の石壁には明り取りの隙間があって、月明かりが差し込んでいる。


 ゆっくりと立ち上がって、暗い塔の中を手探りで見て回る。

 ミレーユがいまいる一階フロアの中央には倒れて砕けた石灯篭があった。

 幸いなことに内部にセットする光魔石は無事。

 試しに光魔石へ魔力を送ってみる。


「ちゃんと光りますね」


 しっかり光って塔の内部を照らしてくれる。光魔石は少し魔力を送ればしばらく光ってくれるので、明かりには困らず過ごせそうだ。


「えーと、ほかには、きゃあ、蜘蛛!」


 明かりで塔の内部が照らされて、石壁の上に大きな蜘蛛の巣と住人の大蜘蛛を見つけて鳥肌が立った。

 蜘蛛の巣から離れながらフロアを見て回る。


 しかし、探索はそれで終わってしまった。

 塔の内部には、一階フロアと屋上しかないのだ。

 塔の内壁から石階段が突き出ており、屋上までらせん状に続いている。

 設備と呼べるものはその石階段と、壊れた灯篭の光魔石、あとは昔の見張りが使ったであろうお手洗いがあるだけ。


「……へ、部屋すらないなんて。これではまるで牢屋のよう」


 仕切られた空間はお手洗いしかない。

 あとはただ石壁に囲まれた石畳の床があるだけ。


「わたくしはこの塔から出られない。出れば女王陛下の呪いで死んでしまいます」


 塔から出るのが無理なら、何もないこの塔で生きていくしか道はない。

 まず何をすればいいのか。

 普通の令嬢なら途方に暮れるか、前向きにできる工夫を考えるだろう。

 だが占い魔法オタクを自認しているミレーユは普通の令嬢とは違う。


「まず占いましょうか」


 とりあえず得意な占い魔法で未来を視てみることにした。


※占い魔法で素敵な恋愛をしますので、期待を込めてブクマしていただけますと嬉しいです。

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