3人グループで仲間外れにされた
3人グループで仲間外れにされた。ある出来事をきっかけに、私は空気のような扱いを受けることになる。
高校生活、楽しみにしていたのに。朝起きるのが、こんなに憂鬱になるなんて思っていなかった。
◇
私の友達、莉央と蜜柑は仲が良い。お互い中学が同じで、男性アイドルが好きという共通点もある。
地元から一人、知り合いもいない今の高校に入学した私は、友達作りに悩んでいた。出席番号が近かった莉央と蜜柑に「今日、寒いね」「次の授業なんだっけ?」と頻繁に声をかけた。今思えば焦っていたのだろう。
次第に莉央と蜜柑に受け入れられるようになり、気づいたら3人グループで行動するのが当たり前になっていた。
莉央はボブヘアーで、明るい性格をしている。トレンドや流行り物をしっかり押さえていて、今話題のものを、よく私たちに教えてくれる。
蜜柑は一言でいえば、ふわふわとした印象がある子だった。かと言えば、授業中に「そうなんだ」「ここ、わかんない」と独り言のようなことを言い、先生と目配せして、授業を円滑に進めるような隅におけない子だった。
莉央と蜜柑とは、お昼ご飯も机を合わせて一緒に食べている。会話の内容は、主に学校行事、ネットで話題になっているものや、趣味の話などだ。
特に、趣味の話では、莉央と蜜柑は好きなアイドルを話すことが多い。『CC』という男性5人組グループがいて、莉央はリーダーの「ハヤテ」、蜜柑はダンスが得意な「ヨシキ」を推している。
しかし、私は『CC』のファンではなかった。かと言って、他に推しているアイドルがいるわけでもない。
ここだけの話、二次元の方に興味があった。具体的に言えば、アニメ『感電』に登場する凛人くんにハマっていた。見た目は普通の男子高校生なのに、年齢が1億歳という、とんでもない設定のキャラクターだ。凛人くんが登場するアニメの回は何度も繰り返し見ている。好きすぎるあまり、スマホのペイントアプリで、こっそりファンアートを描いているほどだ。
だからこそ、2人だけがわかる『CC』の話をする時間は、疎外感を感じざるを得なかった。莉央と蜜柑が「ハヤテってリアコすぎるよね」「生まれ変わったらヨシキくんのまぶたになりたい」と楽しそうに話している時は、いつも愛想笑いを浮かべている。
2人の話題についていきたくて、夜通し『CC』の動画を漁ったこともある。しかし、無理にハマろうとするほど、嫌悪感が湧いた。
そんな時は、決まって絵を描くようにしている。一枚の絵を丁寧に描くのは時間がかかるけど、描いている時は何にも変えがたい、充実感に満たされている。莉央と蜜柑とは、好きなものが同じではないけど、今のところ大きな支障はないので、それで良いと思っていた。
ある日、3人で放課後、駅前で遊ぶことになった。雑貨屋に『CC』の期間限定ポップアップストアができているようだった。莉央と蜜柑は、推しの写真を撮ったりグッズを買ったりしたいようだった。
私も『CC』はそこまでハマってはいないけど、メンバーの性格や曲などは知っている。2人は気を遣って、私も誘ってくれたのだろう。
莉央と蜜柑は互いにキャーキャー言いながら、目の前の『CC』のハヤテとヨシキの頭身大パネルに夢中になっていた。
「ハヤテのパネル、なんか半目じゃない? かわいすぎるって」
「ヨシキくん推せる! かっこいい!」
「ってか、場所もハヤテとヨシキ隣じゃん。私たちみたいに仲良し(笑)」
「本当だ! いつもは間にマサトンがいるのにね(笑)」
「ね(笑)今、人いないから写真撮り放題じゃん!」
2人が熱狂的に語るほど、私はこの世に一人ぼっちになったような気分になった。誰も悪くないのに。私の居場所がなくなったような感覚を覚えて、気持ちが冷えていく。
私は2人から離れて、近くの文房具売り場を見ていた。シャーペンやボールペン、ペンケースやノートなどが置いてある。この距離からは2人が見えるけど、誰も私の方を振り返らない。やっぱり来ない方が良かったのかな。だけど、せっかく誘ってくれたし、仲間外れになるのは嫌だ。
頭の中で、いろんなことを考えながら、文房具売り場をうろついていたら、ある物が目に入った。アニメ『感電』のシールだ。そこには、私の推しキャラの凛人くんもいた。
えっ、知らなかった! シールも発売していたんだ。
私は、おもむろに手を伸ばしてシールに触れようとした。
そしたら、弾みでカバンが近くにあった修正テープの突っ張りに当たった。商品が数十個ほど床に落ちて、バラバラと決して小さくない音を立てた。近くにいたお客さんが何事かと私を見た。
ドジをしたことに恥ずかしくなった。咄嗟に莉央と蜜柑の2人を見たら、サッと背中を向けた残像が見えた。あれっ。今、こっち見てたよね。嫌な予感がした。
とりあえず、落とした商品を片付けようと、しゃがんだら「大丈夫?」と思いがけず声をかけられた。
顔を上げるとブレザーを着た男子高校生が眉を下げて私を見ていた。目鼻立ちがくっきりしていて、かっこいい人だった。インフルエンサーとして活動してそうと感じる垢抜けた印象があった。
「あっ、だ、大丈夫です!」
まさか声をかけてくれる人がいるなんて思わなかった。
きっと、心が荒んでいないから、困っている人にも、素直に声をかけられるんだろうなと思った。
「僕も手伝います」
男子高校生は、私の返事を聞く前に、床に落ちた修正テープを一緒に拾って棚に戻してくれた。
私は突然のことで動揺して「ありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えるので精一杯だった。
男子高校生も「いえ」と、短く返事をした後、そのまま去っていった。立つ鳥跡を濁さず。立ち振る舞いまでもがイケメンだった。
私も困っている人を見かけたら、迷わず声をかけられる人になりたいなと思った。
再び、顔を上げると莉央と蜜柑が今度ははっきりこっちを見ていた。
今の男子高校生とのやり取りを2人は見ただろう。しかし、目が怖かった。
私は何も悪いことはしていないのに、妙な罪悪感が残った。2人に歩み寄ろうとしたところで、これ見よがしにヒソヒソ話を始めた。
莉央が何か言った後、蜜柑が苦笑いをした。嫌な気分になり、背中が熱くなる。一歩ずつ2人に向かっているのに、地に足つかない浮遊感があった。
「今の見てた?」
「……えっ?」
「あー、なんかかっこいい人に話しかけられてたね」
「……」
「もしかして、ナンパでもされた?」
「ちょっと、莉央〜」
「えっ、でもさー、私たちが推しを愛でている間、葵だけ抜け駆けしてイケメンと良い感じなのはちょっとムカつくかも(笑)」
「まあ、それはあるかもだけど(笑)」
2人は嫌な笑顔を浮かべて、顔を見合わせている。第三者が見たらなんてことのない、かわいい笑顔だと思うだろう。しかし、毎日2人の顔を見ている私は、毒気のようなものが含まれているのがよくわかる。
その日は、カフェなどに行くこともなく、そのまま2人と雑貨屋で解散した。とはいえ、莉央と蜜柑はそのまま2人で行動していたと思う。私の勘だけど……。
次の日。学校で莉央と蜜柑と顔を合わせたら、案の定ぎこちない空気が流れた。
会話の話題も露骨に『CC』が多かったり、さらに私の知らないマイナーな俳優の名前を出したりして2人でキャーキャー言い合っている。2人の世界に入っている莉央と蜜柑は楽しそうだった。まるで私を使い、絆を確かめている儀式に夢中とも受け取れた。
私が何をしたって言うんだろう。もしかしたら、"何もしていない"からこそ、2人の中でモヤついた気持ちの発散方法がわからないのかもしれない。私は居心地の悪い気分を味わい続けた。
授業と授業の合間の休憩時間に、あまり話したことのない、派手なクラスメイトの矢本さんから「葵ちゃんって、もしかして莉央ちゃんと蜜柑ちゃんと喧嘩した?」と声をかけられたほどだ。側から見ても、謎の歪な空気感が出ているのかもしれない。
それからというものの、私は3人でいる時間が苦痛になった。恋バナをする時も、2人が顔を見合わせてから「葵はモテるからね〜」「ね〜」と、粘っこい口調で言ってきたりした。授業で2人組を作ってくださいと言われた時も、莉央と蜜柑は私をいないものと見て2人で組む。
次第に私は不満が溜まっていった。SNSで気持ちを吐き出す用のアカウントを作ったほどだ。しかし「学校が辛い」「本当の友達ってどうやったらできるのかな」と抽象的な内容しか呟いていない。学校名を載せたり、私物を撮って写真に載せたりはしていないので、おそらく特定されることはないだろう。
また、愚痴をつらつらと吐き出した後は、自分のしたいことが明確にわかった。私の場合は、絵を描くことだった。それも『感電』の凛人くんを描くことだ。
家で、学校の嫌なことを思い出すと決まってスマホを触り、絵を描いた。ペンの代わりに、指を使って描いている。たまに手がつるけど幸せだ。
どうしても気分が乗らない時は、凛人くんのキャラソンや、アニソンを聞いたりしながら絵を描いた。出来がよいと自分の中で思えた作品はSNSにアップしてみた。最初は10いいねがつけば良い方だったけど、タグを使ったり、技術を磨いていったりしたら、1,000いいねがつくまでになった。
学校では莉央と蜜柑に空気扱いされている私だけど、ネットでは「凛人くんの絵、描いてくれてありがとう!」と喜んでくれる人がいることに勇気づけられた。
6月18日は凛人くんの誕生日だ。その日を目指して、一筆入魂した、バースデーイラストを描きしたためた。
日付が変わるちょうどにイラストを投稿してから眠りについた。朝起きたら4,000いいねがついていて、今までで一番のいいね数で心が躍った。みんなから貰った感想を一つひとつ噛み締めながら見る。
そしたら、見覚えのあるアイコンが目に入った。それは、『CC』のリーダー、莉央が推している「ハヤテ」だった。
私の絵に引用コメントを残していた。
『「感電」の凛人くんじゃん! 妹の影響で好きなんだよな〜。うま!』
見た瞬間、眠気が覚めた。
えっ! アイドルが私の投稿を見てくれている。ジャンルこそ違うのに、こんなことってあるんだ。嬉しい。
……莉央は、私の絵を見ただろうか。
前に、「ハヤテがSNSに投稿した内容は全部見ている」と言ったから、この絵もきっと見ただろうな。
幸い、莉央と蜜柑には、私の絵を見せたことはなかった。だから、「知らない人が描いた、知らないキャラクターを褒めている」くらいにしか思わないかも。
今日も私は学校へ向かう。教室のドアを開けると、莉央と蜜柑が既にいて、2人で話をしていた。
私が来たのを確認した途端、いつも以上に大きな声で楽しそうに話す。
「そういえば、ハヤテの投稿見た?」
「あっ、見た見た」
「感電ってアニメの……凛人? ってキャラが好きなんだね」
「ねっ、知らなかったぁ」
「この『UMI』さんって人、めっちゃ絵上手いね。ハヤテも推してるし、フォローしようかな」
「あっ、私もー」
耳を大きくして、2人の会話を聞いていた。私のことを褒めている。
「UMI」は私がSNSで使っているハンドルネームだ。私だと正体を知ったら、2人は褒めるのをきっとやめるだろう。だから教えてあげない。
気持ちがスカッとした。今日一日は、心穏やかな気持ちでいられるだろう。口角が少しだけ上がる。
もしも今、UMIのアカウントで「莉央、蜜柑、褒めてくれてありがとう」とつぶやいたら驚くだろうな。絶対そんなことはしないけど!
よし、こうなったら、今まで以上に凛人くんをかっこよく描けるように頑張ろう。
何かに夢中になっている時は小さなことは気にならない。突き進んだ先には、思いもよらぬ未来が待っている。わずかな希望を抱き、さっそく次に描く絵のアイデアを頭の中で練った。