9. アンソニー君の場合2
アンソニー君が移住してから、また暫くの時間が経ちました。
その間に、住居兼店舗を建て、生活環境を整え、無事パン屋を開店させたアンソニー君は、残念ながら破産してしまいました。
別に、特別な理由があった訳ではありません。呪いの鎧の被害者という、同じ境遇にあった他の村人は普通に親切でしたし、先に店を開いていたパン屋に嫌がらせを受けた訳でもありません。何なら、基本パンのレシピや、仕入れ先の情報など、親身に教えてくれた先輩パン屋が、一番親切までありました。ただ、特別な才能も無く、特に目玉商品もない普通のパン屋が生きていけるほど、村の需要は多くなく、なるべくしてなったという感じでした。
そうして、お店の経営が出来なくなったアンソニー君に、村の人達は優しく役場へ行くように促しました。役場とは、この村に来た時に最初に入った建物のことです。途方にくれたアンソニー君は言われるままに、役場へ向かいました。役場では、いつかのオッサンが待っていました。
「よぉ、アンソニー。今日はどうしたんだ? 不景気なツラして……ふむ。金が無い。そうか……それは大変だったな」
オッサンは同情的でした。
「心配するなよアンソニー。借金なんてのは無理だが、ここなら仕事を紹介してやれる。当座をそれで凌いで、また次から頑張ればいい」
そう言ってオッサンが笑います。今後の見通しが立ちそうでアンソニー君も笑顔を浮かべました。オッサンが差し出した木札を見ると、少し遠くの地方名と、結構な強さのモンスターの名前、しばらくは暮らせそうな金額が書いています。それはまるで討伐依頼のようで、懐かしさを覚えました。
「こいつがオススメだな。え? 普通の力仕事? あれだって他の奴の仕事だ。ホイホイ振れる分はねぇよ。大丈夫だ。心配するな。装備は支給してやるから。ちょっとばかり出稼ぎに出て戻って来るだけさ。問題は無いだろ?」
話している間に、鎧姿のアシスタントがテーブルの上に並べていく装備には、どこか懐かしい禍々しさが感じられます。
「道すがらに追加で稼いで来るのもアリさ。稼ぐのに飽きたら戻って来てゆっくり風呂に浸かると良い。安心しろよ。今度は預金の半分を寄越せなんて言わないからよ」
始めは抵抗がありましたが、考えてみれば確かに割のいい仕事ではあります。良くない思い出ではありましたが、慣れ親しんだ鎧なら、指名されたモンスターを簡単に倒せるでしょう。それに、今度はキチンと脱げる保証がある。何よりそれが決め手となり、アンソニー君は出稼ぎに出ることを承諾しました。
「そうだ、出かける前に、装備を試す事を忘れないようにな。性能が合わないようなら、言ってくれれば新しいのを支給してやれるからよ」
親切なオッサンに礼を言って、アンソニー君は出かける準備をするために、自宅へと向かいました。
この様な事は、アンソニー君に限らず村ではよくあることでした。
結局のところ、半生を放浪者として生きてきた者が、急に村に溶け込んで全てうまくやるなんて事は出来ず、大半の者が村の生活の合間に出稼ぎを行うという暮らしを受け入れていました。それは、無為な放浪とは違い、各地を渡り歩く旅という娯楽の側面も持ち、そこで見聞きした事を村に持ち帰り共有し合うといった有為な効果もあり、文化として根付いていきました。
まぁ、馴染めない人は出ていってもらうし、素行が悪ければ、怖い鎧を着た自警団の人達のお世話になるんだけどね。
そんな風にして、若干のディストピア味を秘めた村は順調に発展している。といっても、最初に口を出したぐらいで、俺は運営に殆ど関わっていない。日々、ヴィオラや初期の村民が調整し、ドーレス子爵に伺いを立てながらうまくやっているのだ。そういう意味では、大なり小なりの便宜を図ってもらえるドーレス子爵には感謝しかない。お返しに一年の内に何度か王都の方に向かう事になっているので、出稼ぎに出るのは人もスライムも変わらなかったりする。まぁ、俺からしてみれば、スイーツ堪能の旅みたいなものだ。
こうして、異世界にスライムとして生まれ変わった俺は、小さな村に定着する事に成功した。暫くは、村のまとめ役のヴィオラと共に、静かに暮らしていくだろう。
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まぁ、そんな未来は、エッチなお姉さんが出てきてお預けになるんだけどね。