表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/33

8. アンソニー君の場合

 領主との会談の後、割とすぐに開拓村の許可は出た。とりあえず隔離場所だけは作って置いて、それ以外の事はおいおいと変えていくという方針らしい。

 そうして、ヴィオラの住む家から始まった開拓村は、しばらくの時間を経てそれなりの賑いを見せていた。



 例として、新たにこの村を訪れたアンソニー君(30)の様子を追ってみてみよう。


 呪いの鎧を脱がすことが出来るという村の情報を聞いたアンソニー君は、とある子爵領の辺鄙な森を切り開いたにしては活気のある村を訪れます。腐臭を放つ彼に気付いた門番が、気さくに彼に話しかけてきました。


 「よぉ、くっせぇなあ。何年物だ? あぁ、悪い悪い、おめでとう! ここがお前の探していた奇跡の村だ。そいつを脱ぐための受付はあっちの家だ。今度は素顔で挨拶しようぜ!」


 やけに気さくな門番に示された大きな建物へ入るアンソニー君。中に入ると、警備員と思わしき者が数名と、自身と同じ様な境遇の鎧姿が数名。それぞれ机に座って係の人間と話をしているのが伺えます。彼もまた促され、机に向かいます。対面には、ガタイのいいおっさんが座りました。


 「よく来たな。ここじゃ呪いの鎧を脱ぐ前に、色々と説明をさせてもらってる。早くソイツを脱ぎた気持ちはわかるが、いいか、よく聞け。大事なことだ。まず、有料だ。高い金を払ってもらう。ギルドの預金の半分だ。ここはギルドと提携してる。お前が頷いたら、ギルド員がお前の預金を村の金庫に移して、それで終わりだ。簡単だろう?」


 提示された条件は、人生の重りを外す鍵の代金を思えばあまりにも安く、一も二もなく頷くアンソニー君を宥め、説明はまだまだ続きます。


 「次に、有料サービスの話だ。風呂と、着替えがつく。新しい人生の門出だ。さっぱりするのもいいだろう。1万Gだ。高い? これからの人生を着飾る最初の服だ。ちょっとばかりいい服を着た所でバチは当たらんだろう? それに服がなけりゃ素っ裸で森を帰る事になるぞ」


 にわかに正体を表してきた係員に少し警戒心が湧きますが、鎧を脱いだ後の着替えの事を失念していたのは確かです。素っ裸は嫌だし、祝い事だと、支払いを了承します。


 「それじゃ最後に、今後の事だ。風呂に入りながらでいい。今後どうするかを考えな。そんで、思いつかなかったらまたここの2階へ来ると良い。それじゃあな。この木札を持って、向こうの扉へ行くんだ。良い人生を!」


 話は終わったと、背中を押され、向かった扉の先はまた部屋になっていて、反対側には扉と二人の男が座るテーブルがありました。今度は何だと無警戒に進んだアンソニー君の足元が急に蠢いて、全身をナニかが一気に包み込みます。


 処置が終わり、中に居た男達は、気を失った全裸のアンソニー君を、入ってきた側と反対の扉から部屋の外へと連れ出して行きました。


 しばらく時間が経って、目を覚ましたアンソニー君は、同じように目を覚ました人達とひとしきり喜びを分かち合います。


 「おめでとう。いつまでも素っ裸じゃなんだろう。風呂はこっちだ」


 折を見て入ってきた係員の誘導に従って案内された風呂は、数十人も入れそうなほど広く、温かいお湯が満ちていました。浮かれた気持ちのまま、人生初の心地よい風呂に浸かったアンソニー君の頭には、冒頭で受けたオッサンの忠告はもうありませんでした。


 そうしてさっぱりとした後で、意外と種類のある服の中から着替えを選び、見送られて風呂を後にしたアンソニー君は、村の中で途方にくれました。ようやく地に足がついたのです。

 少し歩き、村の様子を見て回り、そしてようやく、受付のオッサンの言葉を思い出します。


 「大丈夫さ。ここに来た奴の半分はあんたみたいになる」


 戻ってきたアンソニー君を、オッサンは笑って受け入れてくれました。2階に通され、テーブルに付きます。


 「それじゃあ、これからの話をしようか。まず、こいつを見てくれ。ウチの村で今人数が足りない仕事だ」


 そう言って出された木札には、主にそれなりにキツイ力仕事が列挙されています。


 「こいつをやってくれるっていうのなら、お互いハッピーだ。当面の衣食住の手当もしよう」


 流石にいきなりこのラインナップはアンソニー君も難色を示します。


 「あぁ了解。それなら希望を聞かせてくれ……あぁ、パン屋か。ふむ……いや、そうなると援助は出せないな。住む場所の指示はさせて貰うが、そこからは自分で全部用意してもらう事になる。もちろん店から全部だ」


 いきなり悪くなる扱いに驚くも、理由を聞いて納得します。


 「そりゃ、きつい仕事はこの村からの依頼でもある。待遇の良さは報酬の前渡しってことだな。それにウチの村にはもうパン屋があるからな。新しく参入するんなら、自分の力で販路を切り開くもんだろう」


 少しゴネて、譲歩を引き出せないかと試みるアンソニー君だが、オッサンは態度を変えず、いつの間にか禍々しい鎧を着た人が傍に寄って来ていました。


 「そうだ、この村で商売をする予定なら、村民権と商売権を買う必要があるからな。払ってもらえないと違反でしょっ引かないといけなくなる。気を付けてくれ」



 湯上がりに感じていた開放感もすっかりと消え、なんだか始めから躓いた気もするけれど、アンソニー君の新しい生活が始まるのでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ