29. なぜ
クローレッド王国は、王権神授をその権威の根拠としている。
創造神より頂いた権威を根拠に、初代から続く王家の血筋を頂点とした貴族による統治は、小さな諸問題はあれど、その権威に陰り無く今日まである。
ゴート伯爵もドーレス子爵も、現王に対し忠誠を誓い、その統治の為に微力ながら日夜尽くしている事は間違いない。
ならば、案内されたその扉の向こうにあるものに、どの様な態度を取ればよいのか。
かの知性を持つスライムが『母』と称し、そして『神様』と呼ぶ存在。
様々な思いが占めていた胸の内は、けれども、全て無駄であった。
「こちらになります」
案内されて、扉が開かれ、そして対面した瞬間、本能ともいえる部分が認知していた。
その思いはただ行動に表れ、跪く。
今、二人の前に、神が座していた。
sideスライム
こんにちわドーレス子爵。それとゴート伯爵もよくいらしてくださいました。
いつもの様に声を掛けるが、二人は跪いたまま動かない。
うんうん、そうなるよね。神の衣の力でめっちゃ神威を閉じ込めてるとはいえ、完璧でもないだろう。漏れ出る神威がこの世界に及ぼす影響がどうなっているかわからない。二ーフェアが言うには、何処にいても謎の存在感で、無性に落ち着かない。特定できる分だけ同じ場所にいたほうがマシ、との事だが。
とはいえ、慣れないうちは、自然と敬意が溢れて跪き動けなくなってしまうだろう。
ヴィオラに協力してもらい、用意したお茶の席へと座って貰う。
改めまして、こちらゴート伯爵とドーレス子爵です。こちらの世界でお世話になってる王国の貴族の方たちです。
俺を着たまま座っている神様へ2人を紹介する。そして、そのまま2人に神様を紹介する。
こちら、俺こと『服だけ溶かすスライム』の産みの母である、神様です。
軽い? いやでもそうとしか言いようが無いし。それに実際に対面した人たちはそれで通じるから問題は無いと思う。
そんな紹介の合間に、神衣たる俺の粘体ボディを、触手として利用してサッとお茶を準備を済ませる神様。
「この子がいつもお世話になっています」
「い、いえ滅相もありません」
2人は出されたお茶を飲んで一息入れた所で少し落ち着いたようだ。
辺りを見回す余裕も生まれたようで、俺の部屋の変わりように驚いている。
そう、寝床ぐらいしか無かった俺の部屋はすっかり様変わりしている。ぶっちゃけると、見た目は前世の俺の住んでいた部屋だ。今朝、神衣たる俺を座標に顕現した神様が、殺風景な部屋を見てパッと整えた結果だ。部屋の大きさが広がっている事から、多分空間をアレコレしてる感があったり、この世界の人たちに合わせるためにお願いしたら、机と椅子も用意してくれたりと至れり尽くせりだ。まぁなんで俺の部屋をモデルにしたかはわからない。わからないといえば、先程お茶を淹れるために使った電子ケトルの電源がなんなのかもわからない。パソコンもあるけど電源が付くのか後でコッソリ試してみよう。
そういった事を説明していると、ドーレス子爵からこっそり質問が来た。
「……それでこの度、御来臨なされたのは……その、どういった理由なのかい?」
うん、そうだよね。当然の疑問だよね。俺もそう思った。
早朝風呂の仕事を終えいつものように部屋でポヨポヨしてたら突然パッと表れたのだ。何事かと思ったわ。
それで、もちろん俺も聞いてみたけど、どうやら神の衣を取り込んだ俺の事が気になっていたらしい。
「なるほど……それで、どうなりそうかね?」
ヴィオラや様子を見に来たニーフェアにも協力してもらい、これまであったことを説明してもらった事もあって、とりあえずはまた様子見という事だ。
「そうか……それはなによりだ」
お互い持ちつ持たれつな仲だ。途中で抜けることにならないで俺もよかったよ。
そうして、落ち着かない感じで一時を過ごした2人は、改まって神様に頭を下げた。
クローレッド王に神様からお言葉を頂戴したいとの事だ。見上げた忠誠心である。
ただ、神様は首を横に振った。
「この世界の生物の在り方に口を出すつもりはありません。私はただ見届けるだけです」
突き放した言い方ではあるが、2人はその言葉に引き下がるしか無かった。
正直なところを言うと、まかり間違って変に伝わると嫌なので、2人には悪いがホッとしたところではある。
「──私にもお聞かせください。なぜっ──なぜ私達はこんな風に生まれたのですか!」
それは、部屋の隅で大人しくしていた二ーフェアの突然の慟哭だった。