26. 買い物へ行こう2
サキュバス族の転移というが、詳しい原理は正直よくわからない。多分、前世でよく聞いた、集合的無意識な要素を経由して、目的の場所へ飛ぶといった感じなのだろう。つまり、この世界の住人の根幹精神にはエッチな種族が住み着いているということだ。この世界で一番ファンタジーを感じた瞬間かも知れない。そう、エロスを求めるのが私達のsagaだから──!
そんな想いを無意識に叫んで、やってきたのは隣国海沿いの港街だ。
食材を求める買い出しも3回目となると、付き添いのエレバス君他お付きの3人も慣れた物だ。諜報の人達は集合時間と場所を確認し、それぞれの役目を果たすべく、さっさと別れて人混みに消えていく。
「流石に隣国へ来たのは初めてだな……あれがロンシャン海か」
転移の都合上、旅の風情は味わえないが、それでも初異国となると感慨深いものがあるのだろう。エレバス君はきらめく水面を眩しそうに眺めている。
「暖かければ波遊びも良かったのに、残念ねぇ」
「それなら、暖かくなったらウチの国の海へ招待しますよ」
普段着が水着とほぼ変わらない二ーフェアに、エレバス君が言葉を返す。
海遊びねぇ。サーフィンも簡単そうに見えて板の形で色々ありそうだし、試してみないとわからないだろうなぁ。動力があれば、水上スキーなんかは簡単に実現出来そうだけどね。主に手漕ぎと風力がメインの動力っぽそうな船を遠目にそんな事を考えながら、二人のやり取りを見守る。エレバス君も頑張ってるけど、やっぱり経験の差で二ーフェアに良く転がされている感じだ。まぁ、そういうのもいいのだろう。エレバス君に変に拗れる様子はなさそうなので、放って置こう。
そうして、もっぱら料理人の兄ちゃんと売り物について話ながらぶらぶらと街を歩いていく。
この料理人のモブ君は、エレバス君と年が近く、まだまだ伸び盛りといった風で、それ故好奇心がとても強くて助かる。
気になるものについては店員にガンガン質問をして、食材の特徴や現地での使い方を聞き出してくれるので俺も判断がしやすいのだ。
さらに、前2日の経験を元に、俺の考えを把握して動いてくれるので、現地では食材として捉えられていない、薬や虫・獣除けなどそういった用途の物についても抜かり無く聞き出してくれる。ドーレス伯爵は良い人材を紹介してくれたものである。
そうして、本来の用事を済ませている間に裏ではエレバス君が二ーフェアに現地の様相に付いて講義を受けていた。
街を歩いていれば10人中30人が振り返るエッチな姉ちゃんのニーフェアだが、サキュバスの女王として相応しいだけの教養はあるのだ。エッチな女教師の帝王学を学ぶなんて、世の王族にも無い経験だろう。この機会を人族代表として大事に享受してほしい。
そうして、程よく疲れが溜まった頃合いに宿を取り、その日の収穫を確認する。
といっても下準備をモブ君に任せて、俺は二ーフェアのお風呂シーンを演出する為の舞台装置として一時を過ごす事になる。
そう、適当な浴槽を運び込めば、中身を俺が満たすことでそこはもう異世界スパだ。本日は波打ち際の満点星空混浴風呂である。
そうして他のサキュバス嬢の乱入もあったりして、海辺の港町にヌーディスト・ビーチな都市伝説が生まれた所で風呂を切り上げ宿に戻れば、擦ったり揉んだりで粉状になった食材が用意されていた。
さて、味見である。
服だけ溶かす悪いスライムである俺ではあるが、味を見る方法が無いわけでもない。
そう、俺は服の味はわかるのだ。ならば、服に染み込ませればよいのである。
現代のお母さん達が日々格闘する食べ物汚れが、今の俺の味方である。
ちょっと辛い。苦め。臭い。あ、ピリッとする。酸味。酸味。酸っぱい。苦い。臭い。苦い。エグみ。
擦り付けたり染み込ませた服を消化して、目星を付けていく。
メインとなる肉やこの街ではポピュラーな魚。あるいは他の副菜に。どう使うかのアイディアをモブ君に伝え、ソレが料理になるかどうかをモブ君が検証していく。しばらくするとサキュバス国の料理人も参加し、活発な議論が行われていく。食い合わせの問題か目を回す事もそれなりにあるが、強引に俺の治癒能力で正気に戻し、食の研究は進んでいく。
求めるのはタレやソースとなる物だ。異世界とはいえ、斬新な調理方法が増える訳では無い。焼くか煮るか蒸すか揚げるか。
食中毒にあたる事が死に直結する異世界では、加熱は妥協できないのだ。故に味を足す事で料理に価値を足していく。
小型ランプを利用した携帯コンロにペレットみたいな金属皿で加熱を加えて味や香りの変化を見たり、少量のオイル焼きをなんかも試してみる。
健康被害を考えなくても良いという絶好の機会に、集った料理人達がこの世界の料理文化を躍進させていく。
俺の小さなプライドを守る為という始まりではあったが、有意義な一時に満足感も溢れていった。
そんな俺達を肴に、ニーフェアとエレバス君は酒を酌み交わし、夜は更けていくのであった。