22. 神憑る者
俺達を部屋へと案内したあかねは、報告のために師匠へ会いに行った。
案内された部屋は、暫くの間誰も使っていなかった事もあってホコリまみれだった。そんな場所に客を放りだしていくあかねはやっぱり残念なやつだ。そう考えながらスライム式掃除を実行する。全身を大きく広げ、部屋全体を覆い、粘体ボディを使ってホコリを引っ剥がしていく。そうして纏めたホコリを庭に放りだせば、さっぱりした部屋の出来上がりだ。
「ありがとうスライムさん」
この程度お安い御用さ。それじゃ俺はちょっと見回ってくるね。ヴィオラはイザという時に備えて注意だけは怠らないようにね。
ヴィオラにそう言い残して、俺は粘体ボディを利用し、なるべく目立たないように行動を開始した。
といっても、使用人の一人もいない屋敷だ。弟子が多くいた為だろうか広さだけはあるが、人気はまったくないため、殆どフリーパスで見学出来る。粘体ボディが活躍するのは、むしろ閉まっている扉を隙間を利用して通り抜ける時だ。
警備らしい警備も無くたどり着いたのは、乱雑に放り置かれた呪いの武器の山だ。
呪いの武器の生まれる経緯を考えれば、ここは屍山血河の成れの果てだ。けれども、武侠者がそうであるという事、ソレをなした事はむしろ誉であるのだろう。この世界は多分、そういう世界だ。故にそいつは頂きの名で呼ばれているのだ。
それはソレとして積まれている武器山から適当に頂戴してヴィオラの元に帰る……そうしようと思っていたら、存外早く事は起きたみたいだ。
大きな物音がしたので、そちらの方へ向かっていくと、同じ様にしたであろうヴィオラが居た。
対面には、聖剣を持ったオッサン。凶器となった聖剣からは血が落ちている。堪え性のない奴らしい。まったくどいつもコイツも剣狂いだ。
「変な気配があると思ったら、紛れ込んでいたのはお前か。……おいおい、ソイツは聖剣か? どういうことだ?」
嬉しさを隠さない顔でオッサンが笑う。弘法筆を選ばずなんていうのは、余裕が無い奴のセリフだ。選べるなら良い物を選ぶ。誰だってそうする。だけれども、全ての物は消耗品だ。王様にだってソレは変わらない絶対のルールだ。故に、鍛え抜いた己の技量に耐えうる剣を無くした男は、その技量を振るう術を失った。今この瞬間までは。
眼の前に出された聖剣こそが、剣の頂きが、そうである為の最後のピース。あかねがそうであるように、おっさんも躊躇わなかった。そういうことなんだろう。
まぁ実際がなんであれどうでもいいけど。
「おいアンタ、ソイツはなんだ? その聖剣はどこから出てきたんだ?」
「その前に、その剣が貴方の手にある理由を聞かせてもらえないか? あかねはどこにいるんだ?」
おっさんはヴィオラに理由を求め、ヴィオラはオッサンに確認する。
その間に持っていた武器を適当に放り捨て、堂々とオッサンの横をすり抜ける。
「おいおい勿体ねぇな。もっと大切に扱えよ」
聖剣の扱いに怒ったオッサンが、注意と一緒に剣を突き出してくる。俺を縫い止めようとしているみたいだが、無駄だ。天衣無縫たる粘体は傷一つ負うこと無く突き刺さった聖剣をすり抜ける。
その手応えに奇妙な声を上げるオッサンに構わず進んだ俺が目にしたのは、血を流し倒れているあかねの姿だった。
呆れるほどに想像通りだ。
あかねも、他の弟子も、おっさんにとっては呪いの武器の解呪の手段を探す駒でしかない。解呪を成した暁には成果を奪われ用済みとなる。
そんな扱いの道具に手の込んだ教育をする気もなかったのだろう。敵を斬る手段を教えられただけの弟子。そりゃああかねに常識がないわけだ。
そんな利用されるだけの可哀想なあかねには悪いが、俺にも利用されてもらおう。なんせ俺は、悪い服だけ溶かすスライムだからな。
切り裂かれたあかねの傷が癒える。意識が戻る。おい、いつまでも寝ぼけてんじゃねーぞ。そういって、一本だけ離さなかった剣を持たせる。
呆れた事に、事実を認識する前にあかねは剣を握り締めた。全てはその後に回された。
袴の代わりに俺を纏い、剣の某と対峙する。そうする意味も、勝ち目の有無も、剣を握る事より優先するものは無いらしい。相変わらず剣馬鹿だな。
「剣バカは酷いでござるよ」
うるせーよ。それでどうするんだ。起きて、立ち上がったあかねに問いかける。
「師匠を、斬ります」
「あぁ? 誰を斬るって? まぁいい。よくわからんが、そいつも寄越せ。お前にはもったいない物だ」
もう一人の剣馬鹿は聖剣に夢中だそうだ。あんだけあってもまだ欲しがるとは、欲望にはキリが無いね。
「お断りします。そして免許皆伝、頂けぬのであれば、頂戴します」
対峙する二人。獲物は同じ聖剣。後は持ち手の優劣が勝敗を分かつだろう。
当然、素のままではあかねの負けだろう。世界に認められた剣の頂きの実力は、呪いの武器の山を築いた実績が証明している。
だが、今だけはその差が覆る。天衣無縫を纏う意味、『神』の衣を纏う意味を知らしめよう。こんなもん消化試合って事だ。
俺は、別にあのおっさんが神の名を背負って悪いことをしているのが気に入らないんじゃないんだ。
俺は、生まれる前に神様に会った。そして、その存在を知ったのだ。
それは、もっと問答無用だ。
例えば、神様がそう振るうから、それは神剣となり、それは斬撃となるのだ。
事象の起源を司るモノ。それが神様だ。
振る棒の良し悪しを選んでる程度の奴がその名を背負うのは、畏れが足りないってもんだろう。
オッサンが振った剣が、何度かあかねの体を打つ。斬れないのは神衣たる俺のお陰だ。打たれた衝撃も無いだろう。もっと俺を敬っていいぞ。
そして、あかねが反撃に振るう剣は、児戯の様に払われる。何処で知ったのか、ビームの奇襲も織り込み済みらしい。
だけれども、それも数度の切合で終わる。
変わるのはあかねの動きだ。俺には何処が変わったのかはわからない。だが確かに、戦いの中でその動きは修正され、洗練され、進化する。
打ち込まれていた剣が、届かなくなる。払われていた剣が、肉を斬る。
「なんだお前、その動きはっ!」
有利と不利が入れ替わり、防戦一方となったおっさんが叫ぶ。そんな事はあかねが聞きたいだろう。あかねこそが『あかねの頂き』まで押し上げられている側なのだから。
天衣無縫。完全な様。それは人を完成に導く。
それでは完成とは? 俺が決める。剣狂に相応しいその在り方を。
剣を振るに相応しい肉体に。剣を振る理を宿す精神に。
それは神衣が導く神憑りだ。ひれ伏せオッサン。今この一瞬だけは、あかねが剣の頂点だ。
まぁでも、その程度の事は剣狂には二の次らしい。とりあえず眼の前の男を斬ることを優先したあかねは、いとも容易くそれを成した。
「おさらばに御座います」