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2. 第一の犠牲者

 その道には後悔しかなく、だから執念だけが足を進めさせた。

 かつて抱いた悲痛で高尚な決意がもたらした素晴らしき結果を、けれども自身が感受することはなかった。

 呪いの鎧。

 その素晴らしき防御性能と引き換えに、一度身につけたが最後、外れることはなく、己を閉じ込める檻となる。その体が腐り果てるその時まで。



 「ありがとうございます。急な来訪に応えてもらって」


 掠れて聞きづらいであろう声に問い返されることもなく、返事をしてもらえるのがありがたかった。

 一応、この場へ来る前に川で水を浴びてきたが、長い年月でこびり付いた腐臭が消えるわけでもない。だからこそ、眼の前に立つ貴人が、立ち会えない妻の不義理を詫びる姿に不満の在りようもない。かつて一度命を助けたとはいえ、その恩にしがみついているのは自分の方なのだから。

 そんなどうしようもない己の浅ましさを表すような短さで話し合いは終わる。問いかける話題は一つしかなく、返答もまた「進展は無い」の一つだ。


 「力が及ばずに、済まない」

 「いえ、こちらこそ手間をかけさせてしまい済みません」


 謝罪はするが、関係性の終わりを口にはしない。この呪いの鎧を脱ぐための情報を集めるには、どうしてもこの男性の、領主としての立場の情報網が必要だと思うから。

 たまに思う。己もまた、この男性の人生に纏わりつく呪いなのだと。



 いつからだろう。街道を歩むことに拒否感を覚えたのは。もとより、呪いの鎧を身につける事で得た戦闘能力……特に頑丈さにかけては随一だ。山を超えるといったものでなければ、最短距離を突っ切ったほうが移動にかかる時間は減る。モンスターや野生動物に出くわす事と、道行く人全員に嫌悪感を向けられる事を天秤にかけた時、足は自然に街道を外れていった。人で居たいから、人でないと拒絶されることが何より堪えたのだ。そうして、僅かな知り合いと、同じ境遇の者達の連絡網だけを縁に腐臭を撒き散らしながら彷徨い続けるのが今の自分だった。

 そうして今日もいつもと同じように無造作に森の中を歩く。思考はほぼ無い。なにか考えた所で、世界に対する悲嘆と呪詛しか出てこないのだ。ならば、何も考えないほうがいい。どうせ呪いの鎧の影響で、敵意や害意には必要以上に敏感なのだ。襲いかかってくるモノにはそれこそ無意識で剣を叩きつけられる。そんな反応の一撃を行える上に、外部からの影響を殆ど受けない、防具としては破格の性能を持つのだ。その代わり中身は、汗もや着ズレが悪化しできた傷がグズグズと化膿し、更には排泄物を垂れ流す事になる。あぁまったく、反吐が出る。出した所で鎧の中にこびり付く汚れが増えるだけなので、行動には移さないが。


 そうして、油断や驕りの中進んだ森で、樹上から降ってきたモノを切り払った直後に、己のミスを知った。捉えたはずの刃はすり抜け、そのままヘルムから湿った音が響く。同時に、視界を濁った何かが覆う。引き剥がそうにもグローブは鎧を引っ掻き藻掻くだけだ。あれだけ頑強さを発揮していたはずの鎧は視界を確保する隙間から、いとも容易く侵入を許し、何かが全身を這いずり回り包んでいく。久しく訪れのなかった感情に引きつった喉が震えるが、けれども掠れた声すらソレは飲み込み──


 「うっぇ、まっず」


 そんな言葉が最後に聞こえた気がして、私は為す術も無く意識を失った。






sideスライム


 生前を含めても、味わった事のない臭さを味わって満足した俺の眼の前に残されたのは、言わば食残しの、意識を失って横たわる全裸の人間だった。意識は失っているものの、その体に被害は無いだろう。だって俺、服だけ溶かすスライムだし。

 襲いかかった事もあり、すぐさまその場を離れるのが普通のスライムとして正しい選択だとは思うが、こうして、この場に残って観察しているのには理由がある。

 なぜなら、眼の前に倒れている人間が美人の女性だったからだ。なんだったらメリハリの効いたスタイルもよかった。元エッチな人類で現服だけ溶かすスライムとしては、反応するものは無くてもとりあえず見れる分には見ておこうという、なんとなくもったいない精神がある訳で。いやいや美人は宝だという言葉もある。これは彼女が二次被害に遭わないよう護衛をしているのだ……

 そうしてつぶさに観察していると、そう時間が経つ事もなく女性が目を覚ました……が、様子がおかしい。いや、一スライムに襲われた女性の何がわかるって話だよと思うが。

 普通、襲われた後に目を覚ましたら、何はともあれ状況の確認、周囲の確認を行うだろう。だが眼の前の女性は過剰なまでに自分の体の状況を確かめている。不意に、前世で読んだ二次創作を思い出した。そうか、彼女は体の感覚を失った未来からやってきたタイムリーパーなのだ。俺は全てを悟った。彼女の辛く苦しい戦いを想像し、過去に跳躍することで自らの体を取り戻したのだ。きっとこれから悲劇の未来を改変するための戦いが始まるのだろう。けれども今は彼女の新しい門出を祝福しようじゃないか。ハッピーバースデー! 俺は感動した。


 そんな妄想を繰り広げてたら、女性がこっちを見ていた。じゃあ、そういうことで。未来改変頑張って。俺は一スライムとしてクールに去る事にした。


 「待ってっ!」


 呼び止められたので待ったら、言葉が通じた事に驚いたのか戸惑っている。いや、確かに言葉が通じてるな。きっと神様のおかげだろう。ありがとう神様。そうして神様に感謝の祈りを捧げていると、女性側から再度声を掛けられた。


 「鎧を壊したのはお前か?」


 プルプル。僕は悪いスライムだよ。俺は肯定した。形で円を描く事が肯定のサインで良いのか疑問はあったが、それでも通じたみたいで女性は喜びの表情を見せた。俺の行いで全裸の美女が笑っていると俺も嬉しくなる。幸せスパイラルが生まれていた。


 「美味しくなかっただろ? 不味いって言ってた」


 その言葉に今度は俺が戸惑った。俺の言葉が通じていた。確かに俺は不味いと言った。彼女それを聞いていた。その時の状況……あーもしかして、骨伝導とかしたのかな? 適当な知識で当たりをつけてゆっくりと体を広げていく。粘体の体は想像以上に自由が効いて、全裸の女性を覆っていく。最初は驚き戸惑っていた女性も、襲われている訳ではないとわかり、落ち着いたようだ。こんにちわ。言葉通じてる?


 「! こんにちわ?! やっぱり話せるのか?!」


 目論見通り、言葉が通じたらしい。どうでもいいけど森の中でいつまでも裸はよろしく無いよ。幸い俺は服の代わりにもなれるから良かったけど。合法的に全裸の女性に纏わりつくポジションに収まった俺は、そんな事をおくびにも出さずに紳士な振りをした。


 「話せたり、服の代わりになったり器用なんだな……お前は一体何なんだ。その……鎧も食べたんだよな?」


 え、あ、うん。ごめんね。俺、本当は服だけ溶かすスライムだから……。正直にゲロった俺の言葉に、女性はなぜか知らないが大喜びではしゃぎだした。凄い、信じられないと何度も言っている。異世界すげぇな。男の夢(という名の妄想)の産物で大はしゃぎしてる……。まぁ、そんなに感心されると俺もつられて嬉しくなるので、俺達はお互いにハッピーだった。

 そうして暫くの間二人で凄いって言い合っていたが、やがて女性も落ち着きを取り戻し、色々と事情を話始めた。



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