16. 新しい訪問者
服だけ溶かす職スライムの一日は早い。
朝日が登る前から起床し、娼館の仕事終わりのサキュバス嬢の為に、風呂場の浴槽で粘液風呂として待機するのである。
そうして、浴場に入ってきたサキュバス嬢は、衣服はそのままにサッとお湯で体を流すと次々に粘液風呂に浸かっていく。効能は美肌、若返り、体の不調全般etc……まぁとにかく、衣服と引き換えにサキュバスのクイーンに保証された美容効果が効いていくのである。浸かる時間はそう長くない。嬢の他、転移で訪れるサキュバスもそれなりに居るため、効率を優先せざるを得ないところもある。それはまぁ、仕方のない事だ。
夜の疲れを癒やし、汚れも落ちた全裸のサキュバス達は、未だ朝の訪れぬ村の静けさを守るように、騒ぐこと無く国へ帰っていく。
最後に、職スライムは語る。ここまでの量になるとこの酷い性臭にも慣れてくるな。星3つ。
と、スライムである俺の一日の定められた仕事といえば、朝のサキュバス風呂ぐらいだ。
呪いの鎧の解呪は不定期だし、伯爵領や王都へ行くのは四半期に一度、半年に一度程度である。
なので、基本的に昼間は部屋でポヨポヨするか、村を散策する事になる。気ままに見えるが、村の散策は、ヴィオラの為の情報収集も兼ねているのでそれなりに重要な時間だ。
村の雰囲気は良好だ。そもそもが呪いの鎧の被害者という共通点がある。呪いから開放されても、仲間という連帯感があり、更に言えば、全員それなりに余裕がある。やりたいことをやるだけの資産があり、万が一の時には稼ぐ方法もある。足りなかった女っ気・男っ気もサキュバス達が埋めてくれるようになったといえば、不満が出ようはずもない。まぁオイタする奴は容赦なく怖い鎧の自警団がしょっ引くという自浄作用もあるしね。
そんな感じで、呪いの鎧村は今日も穏やかな日になると思ったのだが……。
珍しく村の入口で揉めている様子だ。他所者の若い女を鎧の自警団が囲っている。荒事部隊が出張っているのは穏やかじゃない。
興味の湧いた俺は、特に警戒もなくポヨポヨと草むらに紛れて近づいていく。
「──だから、ここに呪いを解く方法があるのは判明しているでござる!」
聞こえた言葉に興奮する。すげぇ、なんか侍だ! ぜってぇ侍だよ! 生ござるだよ! それっぽい袴みたいな服着てるしぜってぇ侍だよ!
異世界に突然現れた女ござる侍に驚愕を隠せない俺を置いて、事態は進行していく。
「おいおい、興奮してないで少しは落ち着いてくれ。見ての通りここはただの開拓村だ」
「こんな物々しい鎧で開拓村もクソもないでござるよ!」
確かに。普通はもっと色々と貧相というか限界な感じになるんだろうな。
納得しか無いツッコミに、自警団の方たちもタジタジになっているが、それでも仕事を果たそうと引く気配はない。
「物騒なモン持ってるそっちに言われてもな……やべぇモン持ち込みやがって」
そう言って示す女侍の持つ獲物を見てみれば、確かに禍々しい雰囲気の剣だ。それも抜き身でだ。これはあれか、呪いの鎧ならぬ呪いの魔剣か。こんどはそういう感じなのか。俺はなんとなく察した。
だが、どうだろう。俺が呪いの鎧を解呪しているのは、『服だけ溶かす』能力で呪いの鎧そのものを無くしているだけであって、別に呪いを解呪している訳では無いのではないだろうか。そうだとしたら、呪いの剣に対して俺が特になにか出来る事は無いのだろう。
そんな事を考えていると、村の奥からヴィオラが出てきた。最近は見なかった呪いの鎧姿だ。
「また妙な者が紛れたのか……」
「また呪いの鎧の某でござるか……」
「一応この村の代表者なのだがな。お前は何の用でこの村を訪れた」
ヴィオラの問いかけに侍女は、一応の身なりを整える様を見せる。
「拙者はあかね……この村に、呪いを解く術があると聞いて参った」
その主張は変わらない。まぁ、実際にこの村の事が何処で流出してるかわかったもんじゃないからな。今後もどんな輩が尋ねてくるかわかったもんじゃない。同じことを考えたのか、ヴィオラがため息を付く。
「あいにくと、ここにその剣をどうこうするようなものはない」
「ならば、確かめさせてもらおう」
帰れというヴィオラに、なんとしても村の秘密を探りたいと押すあかね。
正直、試すだけなら別にいんじゃね? とは思うが、村長が否と判断しているのは尊重すべきだろう。実際、サキュバス族の件はなんとかなったから良いものの、一歩間違ったら面倒くさいことになりかねなかったのは否定できない。俺は反省できる悪いスライムなのだ。
そうして睨み合っているうちに、業を煮やしたあかねがついに動いた。
と、いっても俺には結果しか見えない。剣を振り抜いたあかねと、その堅牢さが見る影もなく腕を切り飛ばされたヴィオラの姿。
「村長っ?!」
誰かの悲鳴が村に響く。流石にこれは様子見している場合じゃない。
体を広げて飛ばされた腕をキャッチ。そのままヴィオラに被さり、自慢の治癒能力で強引にくっつける。
「化生かっ?!」
俺を敵と見定めたのかあかねが剣を振るが……その刃は俺を通り抜けども斬れる事はない。いや、ビビるね。万が一の可能性もあった訳だし。
内心ヒヤヒヤする俺と、くっついた腕で剣を取り、あかねをも上回る剣技で取り押さえるヴィオラ。
「なっ……その動きは?!」
バフの乗った動きに、地に抑えつけられたあかねは驚きを露わにする。
「あぁっ、クソ……油断した。魔剣の斬れ味はもっと警戒すべきだった」
伸ばして抑えたあかねの手は、それでも剣を離さない。つまりこれは、装備したら外せませんって事だよな。
にょーんと体を伸ばし、手から剣へと被さる。スライムさん? とヴィオラが問いかけてくるが知らん知らん。試してみるだけならタダみたいなもんだ。
「え、あ、嘘っ」
結果から言って、ニュルンとその手から剣は外れた。そのままニョーンと粘液で捉えて、俺がそのまま回収した。さすが神様。うひょーい魔剣ゲットだぜ。