13. あの時の貴族たち
時間軸は、呪いの鎧の村が出来る前に巻き戻る。
ドーレス夫妻は、降って湧いた案件を処理するために、寄親であるゴート伯爵の元へ赴いていた。ともすれば礼を失する訪問は、持ち込む案件が含む利益と厄の大きさの現れであり、始めは眉を顰めたゴート伯爵も、違う意味で唸る事になった。
「つまり、貴殿の領に出現したスライムが、呪いの鎧を消化したと言うのだな?」
疑念の残る声色には、ドーレスも仕様がないと考える。自身の眼で実際にソレを確認した自分でさえも、傍から聞いていれば正気を疑うような事を話している自覚があったからだ。だが、信じてもらわねばこの話が生む金や、ソレ以上の利益を逃すことになる。そして、それを必要とするのは自分ではなく、眼の前の伯爵、そして我々が戴く王なのだ。忠義のために、ドーレスはここに居るのだ。
「そうです。そして、そのスライムを発見した高位ギルドメンバーが、当家に保護を求めてきました」
スライム自身が自意識と知性を持つなどといった話は、今は置いておく。話を更にややこしくしても仕方がない。
必要なのは、叛意が無いことを示す事だ。故に、彼はただ必要なことを正直に話していく。
「呪いの鎧を纏った物の末路は哀れなものです。汚れ腐り、腐臭に塗れて消えるでしょう。故に、解呪の方法があると知れば、彼らは情報がどんなにあやふやであろうとも、必ず真偽を確かめます」
それはヴィオラを傍で見続けた事で知り得た事実だ。
「そして、統制する間もなく情報は広がってしまいました……いえ、こうして対策を行う時間を得られた事が幸運でした」
「……ふむ。それで隠し村を作り、解呪を商売にするか。これは……成り立つのか?」
「わかりません、というのが正直な所です。ただ、何もしなければ我が領は未曾有の混乱に巻き込まれるでしょう」
そう言うドーレスの言葉に、ゴートは想像する。大勢の呪いの鎧を着た者達が集結する有り様を。申し訳ないがゴート領でそれが行われない事を
感謝したいくらいだ。
そう考えれば、全てを隔離するための箱庭を、自分たちの金で行わせるのは理に適っているだろう。そして、何よりその裏にある、呪いの戦士団という魅力は抗いがたいモノがある。モンスター等は時と場合を選ばずに現れる。そこに備えるのは、領地を治める貴族として当然の義務だが、それが煩わしくなる瞬間は確かにあるのだ。それを適切に投げられる場所があるというのは、治める領が広い貴族ほど垂涎となるだろう。ソレを差配出来る、等となればその利用価値は計り知れない。
だからこそ、同時に思う。一件が己の手に余ると素直に申し出たドーレスへの感謝。そして同じように、自分の手に余る一件ではないかと。
政敵、他国、何より教会。発覚した場合、難癖をつけられそうな所は無数にある。少なくとも、我が王、あるいはそれに近しい所に報告は必要だろう。
「……わかった。この一件、上への対応は私が行おう。同時に、呪いの鎧に関しても、声を掛けておく」
方針が決まった事をお互いに確認し、一息つく。
「部屋を用意させよう。今日は泊まっていくと良い」
持て成しの旨を伝えるゴートにドーレスは感謝を述べる。弛緩した雰囲気が流れた応接間に扉を叩く音が響いた。そして返事を待たずに二人の妻達が入ってくる。
ゴートが無作法を咎めるも取り合わずに、妻が言う。
「貴方、ユニスティア様に伝える事があります。大至急」
妻の口から突然出てきた王妃の名前に驚くゴート。
「落ち着きなさい。一体何を報告するというのだい?」
「これです」
確認を取るゴートに、妻は小瓶を差し出す。
「美容液です。今のユニスティア様に必要なものです」
妻の言葉に、ゴートは何を持ち込んだのだとドーレスを見る。
「その……件のスライムの体液、です。長年呪いの鎧を着たものを癒やす薬になります。確かに、使い方によっては美容液にもなるでしょうが」
「なんと……」
「歳月を重ねる事をただ、老いと呼ぶ頭の悪い小娘達に目にものを見せてやらねばなりません」
伯爵家当主たるゴートが、それでも踏み込むのに躊躇う話題に、ドーレスも息を呑んだ。
口を挟む間もなく、夫人の話は進んでいく。その液がいかに優れているかを。王宮で起きている女性の権勢を。
この時誰も想像してはいなかった。呪いの鎧の隠れ村が出来るよりも早く、王都初のエステサロンが出来ることを。