10. とあるサキュバスの訪問
それは、呪いの鎧を食べる予定もなく、ヴィオラに着てもらった服を食べただけの日に訪れた出会いだった。
専用に宛てがわれている部屋でやることもなくゴロゴロしていると、突然リスポーンするように彼女は現れていた。ファンタジー世界だとは思っていたけど、理解の及ばない事態は初めてだ。いや、自分の存在が一番ファンタジーなのは知っているけども。
現れた女性は、痴女と形容する他なかった。申し訳程度に隠された豊満な体に、興味深そうに辺りを見回す瞳は、無駄に色気のある流し目になっていた。なんだったら髪の毛の色がピンク色なのも淫乱の記号にしか見えない。淫乱ピンク。淫ピである。
そんな隠しもしないエロさに驚いて気づくのが遅れたが、なにやら1対の巻き角があるのが見える。なるほど。このエッチさ、サキュバスだな。俺は理解した。
「最近、妙な事をしている村があるって聞いてきたけれど、ここでいいのかしら?」
俺の寝床以外に何かあるでもない部屋だ。難なく発見され、むにょんと捕まり、顔の高さまで持ち上げられた俺と、暫定サキュバスの目が合う。
それじゃあいただきます。俺は、躊躇なくその身を広げて捕食した。体液と性臭が、呪いの鎧とは違う臭さを演出する。恥じらいとは対極の味は初めてだ。星3つ。
そうして、エッチなサキュバスこと、ニーフェアの服となり、その豊満な肉体を謎の光で隠さなくても済むように包んだ俺は、この村については包み隠さず話した。親切に振る舞うことで、エッチなお姉さんとお近づきになりたかったのだ。といっても、俺の知っているこの村の事はあまりない。別に隔離されているわけでは無いが、村の外の人間も居ないわけでははない。スライムになってからは待つことも苦痛では無くなった為、狭い行動範囲で生きていたのだ。話題と言えば、俺の仕事である呪いの鎧破壊の事が中心だ。
「そんな事をしてたんだ。変わったスライムなのね、貴方」
服だけ溶かすスライムが珍しいのか、俺の体を遠慮なく撫でたり突いたりするニーフェア。どうやらサキュバス界隈でも服だけ溶かすスライムは他にいないらしい。
少しだけ考える仕草をみせたニーフェアは、責任者に会いたいわ、と言って部屋を出ようとした。俺は焦った。この村の責任者はヴィオラだ。彼女と、俺を着たニーフェアが会うのはなんとなくキマリが悪かった。まるで浮気している事を晒すような気まずい気持ちになったのだ。とりあえず、先方の予定もあるからと日を改めるように説得するも、そんな言葉には耳を借す事もなく、家を出てズンドコと村を進むニーフェア。
見覚えのない角の生えた色気のある美女に村がにわかに騒がしくなる頃、俺の望まぬ対面は起きてしまった。
「魔族が村に入ったという連絡は聞いていないんだがな」
騒ぎを聞きつけたヴィオラがニーフェアを見てため息をつく。そんな様子を見る限り、見敵必殺の怨敵といった事はなさそうだが、歓迎している様子もない。まぁ秘密の多い村だから、よそ者というか、異種族、異国の者に関しては厳しい目を向けざるを得ないのだろう。
「急にお邪魔したことは謝るわ。この子に聞いて、お願いをしようと思って責任者を探していたのよ」
「……スライムさん?」
ヴィオラに疑惑の眼差しを向けられて、俺は焦った。いや、これは違うんだ。決して色香に迷った訳ではなくて、情報を開示することで痛くもない腹を探られる事ををなくすという高度な情報戦なんだ。そもそも開示したのは俺の個人情報だから、個人の、そう俺の自由裁量の範囲内だろうマジでごめんなさい。言い訳を並べてみたが、最終的に申し訳ない気持ちが勝ったので俺は謝った。ただ、ヴィオラに体をくっつけていなかったので、謝罪が届くことはなく、ただプルプルしてニーフェアの豊かな胸を揺らすだけに終わった。
「仕方ないな……こっちで話そう」
なにやら諦めたのか、ヴィオラは客として扱う事に決めたようだ。ニーフェアも大人しくその後についていく。客人をストリーキングさせる訳にもいかず、俺もついていくことになった。
ヴィオラの仕事部屋に案内されたニーフェア。新しい服も用意され、俺も定位置になるヴィオラの頭の上へと移動する。
ごめんよヴィオラ。急にエッチなお姉さんが部屋に転移してきたから思わず食べちゃっただけで、これはもう、服だけ溶かす悪いスライムの本能として仕方ない事だと思うんだよ。っていうか、転移ってすごくない? ニーフェアに聞いたけど、サキュバス族の夢渡の応用なんだって。本当、いきなり現れるって、防ぎようがないよね。偉い人は結界とかしてるのかな。
俺が全力で話題を逸らす間に、クソダサシャツに着替えさせられたニーフェアは、自分のお肌がツルツルモチモチになっている事に驚いていた。王都のやんごとないマダム達にも大人気の、スライム式エステは魔族にも通じるらしい。
あるいは天衣無縫たる神の眷属として、魔族特攻的な能力があるのかもしれなかったが、そんな事は微塵も感じさせないニーフェアの態度からするに、神的には魔族とは因縁みたいなのは無いのかも知れない。
「それで、今回の急な訪問はどういった御用で?」
ヴィオラの問いかけに、ニーフェアが答える。
「最近、呪いの武具が消滅しているっていう話を聞いて、すこーし調べていたのよ。あの系統って、生まれるのは結構簡単だけど、失くすのは大変じゃない? だから、新しい技術でも人族で生まれたのかなーって」
そうしたら、変わったスライムちゃんがいるじゃない。と言ってニッコリ笑うニーフェア。
「もうスライムちゃんの方にお姉さん興味津々でー、そうなると独り占めはズルいなぁって」
熱烈な勧誘の姿勢に、ヴィオラもたじたじで受け答えをしている。なんというか、ニーフェアには、ヴィオラにないオーラというか貫禄がある。なりたての責任者では太刀打ち出来ないやつだ。多分サキュバス族の責任ある立場なんだろう。ドーレス子爵や、その上の伯爵が会った時に伍する事が出来るだろうか? 余裕の有りそうな態度からはこれっぽっちも想像もできない。
まぁ、俺の蒔いた種である。しっかり刈り取らねばなるまい。