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星渦のエンコーダー《スターメイズ・エンコーダー》  作者: 山森むむむ
1章 ■壊されたヒーロー:ep.001〜030
36/37

ep.36 研鑽の時間

 学園の喧騒が一段落した頃、清宮流磨と東雲柳は共にトレーニングジムへ向かう。

「よ! おつかれ」

「お疲れ様。今日どうする?」

 高専と高校エリアの境目に位置する階段を降る。

「いつも通りでいい。お前は?」

「僕は少し軽めにするかな。あれ以来疲労感が凄いんだ。でもトレーニングは続けたくて」

 流磨はスポーツバッグを肩に掛け直して言った。

「無理はやめろよな、わかってるだろうけど」

「うん、ありがとう。あれ、今日の髪すごいね」

 軽く礼を言い、柳は話しを逸した。心配無用だ、計画は組み立ててある。流磨は思った通りに自らの髪を摘んだ。2つに別れた毛流れであるが、いくつかの毛束はそれに逆らってしまう。今日はいつもよりもダイナミックだった。

「なんか湿気でな。どこに流れるかわかんねー髪、どうやって整えろっていうんだ」

「へえ、いつものでもだめだったんだ」

「お前のストレートが羨ましいよ」

 そう言って流磨は柳のサイドにおりた髪を掬う。髪の話をするとだいたいこの流れになった。昔からこうだ。


「高校はもう学園祭の話ばっかだよ。お前のとこはどうなんだ」

 流磨は情熱的なほうだが、妙に女子たちが色めきだつイベントとして面倒事を避けたいらしく、学園祭にあまり積極的でない様子だった。

 中学の頃からだったが、流磨はなぜだか女子からのアプローチを数度に渡って受ける過程で、男女の仲を巡る揉め事に巻き込まれていた。数人の女子と交際したことはあるようだ。しかし何れも別れている。

「高専は……まあ合同だし、学園祭は高校のほうが主導だから、多少の温度差はあるかも」

「……高専は専門分野でのお祭りみたいなものが多いし、その分高校の学園祭に乗っかれるような形っていうのも…………楽かな?」

「おい、高専生ってそういうこと思ってたのかよ」

「冗談だよ。まあ、そう思う人もいるかもしれないけど」

「構わねえよ。確かにそうだ」

「何か協力できるようなことがあったら連絡して」

「あー、頼む」


 流磨の存在は、彼の本来持つ明るい性格と、生命力に満ちた逞しい身体から感じられる。

 真っ黒な瞳は、前向きな性格と情熱を映し出す。分けられた黒髪は清潔感を漂わせ、涼やかな目元と相まって、強固な意志の持ち主であることを示す。

 身長はさして変わらないにも関わらず身体は柳よりも1回り大きく見え、その逞しさは生命力の強さを象徴していた。

「クリスから話あったのか」

「……ああ、なるほど。一緒に聞いてたの?」

「なんのことだ?」

「ああ、れおちゃんと一緒にってこと」

「偶然ネオプラザで会ってな。3人でメシ食ったときに」


 周囲は人通りが少なく、遠くの部活動の声や、自然の音だけが聞こえる。2人だけで歩くこのときばかりは柳も少し壁を下ろし、隠している本当の自分を覗かせる。

「ネオトラバース始めたいって話……」

「うん、承諾した。僕も病気療養入ってからなんか宙ぶらりんで、これからやることができて嬉しいくらいだよ」



 トレーニングジムに到着し、装備を整え身体をほぐし集中を高める様子は、それぞれがスポーツに対する姿勢を如実に表す。

「ボトルこっちに纏めておいていいか?」

「うん、頼むよ」


 流磨は自分の荷物を整えながら柳の準備を黙って見守り、彼が示す集中と努力に内心で敬意を払う。抱える苦悩を全て理解できなくても、そばにいて支えることの大切さを信じていた。


 柳がトレーニングの準備をする姿は、常に計画的で目的意識が明確である。

 新しい戦術を試みたり、基本的な体力強化に励んだりする姿勢はスポーツへの真剣な取り組みを物語っており、その一挙手一投足からは内に秘めた情熱が垣間見える。柳のルーティーンはネオトラバースの選手としての戦略とスピードを支えるために計算されたものであり、動きは計算されつつも流れるように自然だ。

「じゃ、続きから記録して」

「わかった。比較分析プロトコル走らせとく」

「うん」

 反射神経を鍛える練習から始まる。素早く動くターゲットを追跡し、その動きに合わせて反応することに集中するトレーニングは、戦略的思考と迅速な判断力を養うためのものである。

 また、自身のスピードを活かすため、軽量で動きやすいトレーニングウェアを身に着けている。繰り返し疾走することもセッションの1つだ。一通りの動きを繰り返した後で、記録の分析結果を眺める。

「すげーな、全然落ちてない」

「復帰に備えて、ここのラインは守りたいね」


 一方流磨のトレーニングは、身体を鍛えることでメンタルの強化にも繋がるという信念から来ている。流磨は自らのメンタルを鍛えるため、そして妹のメンタルコーチとしての役割を果たすために、自己強化に励んでいた。

 筋肉はその証明のように日々の鍛錬で鍛え上げているものであり、柳の細身だが俊敏な体型とは方向性が異なる。鍛えれば鍛えるほどに大きく強くなるので、モチベーションにも事欠かない。

 ダンベルを使った筋力トレーニングから始まる。選ぶ重量は一般生徒には決して真似できないレベルだ。自己の限界を超えることで精神的なタフネスも高めることができると考える。メンタルの鍛錬にも役立つ運動、集中力を高めるためのバランスボールを使用したエクササイズや、精神的な集中を要するターゲットへの精密な投擲訓練など、流磨自身が選び抜いた。

「うわ、重……」

「ああ、やめとけやめとけ。筋肉の種類が違う」


 2人のトレーニングは異なる目的で行われてはいるが、励む姿は互いに刺激となり、それぞれの目標達成に向けてのモチベーションを高めている。

 流磨のトレーニングセッションが一段落つくと、柳に向かって声をかける。

「シノ、一緒に腕立て伏せでもどうだ?」

 柳もこれに応え、2人で息を合わせながら追加のトレーニングを始めた。


 この日々のトレーニングを通じて、柳と流磨は肉体だけでなく精神的にも互いを支え合っている。流磨の筋肉は、どれほど自己を鍛え上げているかを結果として証明してくれ、柳の精緻な動きは、その研ぎ澄まされた技術の高さを証明している。

 ジムでの時間は自己向上の場であり、そして互いの絆を深める貴重な瞬間でもあった。

「じゃ、帰ったら詳しく送るわ」

「うん、わかった。じゃあまた明日」

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