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星渦のエンコーダー《スターメイズ・エンコーダー》  作者: 山森むむむ
1章 ■壊されたヒーロー:ep.001〜030
35/37

ep.35 クリスと玲緒奈のショッピング 清宮兄妹は似ていない

 未来ノ島の脈打つ中心地、『ネオ・プラザ』。


 光に満ちたショッピングモールでは最新技術がファッションと融合し、若者たちの心を捉えて離さない。クリスが柳にネオトラバース選手としてスタートすることを伝え、助力を求めた数日前。玲緒奈とクリスはここで、待ち合わせをしていた。


 未来ノ島の朝は、光が海面を照らし出すように、商業の血流をも輝かせる。

 本州との架け橋となるハイパーループ物流システムは、まるで未来からの使者のように静謐な速さで物資を運ぶ。このシステムは摩擦と空気抵抗を抑え込み、時と共に流れる貨物の息吹を島まで運び込むものだった。


 海は、島のもう1つの道。

 水上ドローンが縫うように配送を行い、軌跡はまるで星の川のように、島の各所へ生活の糧を届ける。それは海が紡ぎだす物語の一部であり、島の人々にとっては新たな日常の風景となった。

 港は、未来ノ島が世界と繋がる窓口である。

 スマート港湾システムによりAIが荷役を制御し、自動運搬車が無駄なく貨物を運ぶ。この港から、島は世界の多様性を受け入れ、自らも世界へとその息吹を送り出す。

 しかし、この全てはサイバーセキュリティの厚い壁に守られて初めて成立するもの。

 データは暗号化され、侵入者はAIによって見抜かれる。物流の心臓が不正な手によって汚されることはない。島の安全と秩序は、見えない盾によって守られているのだ。


 未来ノ島の物流は、ただ物を運ぶだけのシステムではない。

 島が外界とどう向き合い、どう生きるかを示す、生命線である。ハイパーループ、水上ドローン、スマート港湾といった、地球上の大多数の国ではまだ夢のまた夢とも言える技術がここでは現実のものとなり、未来への一歩を踏み出している。

 未来ノ島の日々は、この革新的な物流によって支えられ、島の明日への希望を紡ぎ出している。



 玲緒奈は、よく管理されて少しの汚れもないネオ・プラザ入り口エントランスに足を踏み入れた。

「おはよ、クリスちゃん!」

「おはよー、れおちゃん。あ! そのショートパンツかわいい!」

「へへへ、いいでしょ? クリスちゃんそういうの似合っていいなあ」

 早速今日の目的の1つ、心を映すアクセサリーを探し求め、人気の店へと足を運ぶ。老若男女の買い物客とスタッフ、ドローンが行き交う屋内通路は、歩いているだけで彼女らの目を楽しませてくれた。


 クリスは、スレンダーな体型を生かしたスタイリングを心がけている。

 この日はボタニカル柄の膝上タイトスカートを選んでいた。柄は夏の訪れを感じさせるような爽やかさを演出し、軽やかな素材が活動的な一面を強調している。肌の露出度が最近少し高めではあるものの、そのスタイリングは抜群のスタイルと相まって、どこか洗練された印象を与えていた。

「オトナ〜。かっこいいなあ、背も高くて……」

「もー、いいってそういうのは。れおちゃんは十分かわいいんだよぅ〜」

「やぁ〜っ、くすぐらないでぇ!」

 クリスのトップスにはシンプルながらも細部にこだわりのあるデザインの白ブラウス。首元の細くさりげないアクセサリーが、女性らしさをさりげなくアピールしている。これなら重ね付けしても違和感がないだろう。

 シックな黒のレザートートバッグが上品なアクセントを加え、シンプルながらも高級感ある印象を仕上げている。


 一方玲緒奈は、カジュアルでありながらも女の子らしさを前面に出した服装を好む。

「れおちゃんはトランジスタグラマーってやつだよ。ワンピ1枚でカッコつくもん」

「胸押さえたいの、わかるでしょ」

「持たざるものにはわからないな〜」

「クリスちゃんだって結構大きいじゃない……まあ、どんなボリュームでも悩みは尽きないよね」

「同意します……」

 玲緒奈がこの日選んだのは、ペールトーンのカラーが特徴のフリルつきパフスリーブシャツ。フリルは巧みに配置されており、気にしているバストやヒップのボリュームを目立たなくさせ、全体的にバランスの取れたシルエットを作り出す。

 ボトムにはゆったりとしたデニムのショートパンツを合わせており、元気な雰囲気を醸し出せる。

 足元は白のスニーカー。キャンバス地のショルダーバッグは一見するとカジュアルながらも、その細部にこだわりを感じさせ、フロントに小さなフリルがあしらわれている。


 目的のアクセサリーショップ内では、心拍数や感情の波に応じて色が変わる機能性アクセサリーが買い物客を魅了していた。

「ねえ、ほんとにかわいいね、これ!」

「モチーフが色々ある。これ、モチーフ違いのを買って交換しない?」

「わあ、楽しみ〜! そうしよう!」

 クリスの眼はシンプルでありながら深い美しさを湛えたデザインに留まり、玲緒奈は目を引く華やかなものに心惹かれる。

 二人は紫色に光るタイプを選び、これを友情の証と決めた。そのペンダントは、落ち着いた時は淡い紫で、活動的な気分の際は鮮やかなピンク色へと変わるものだ。

「……んふふ、れおちゃんは、これ!」

「私も、クリスちゃんにぴったりのを選べたよ!」

 クリスは月と星を模したペンダントを玲緒奈へ、玲緒奈は太陽をかたどったペンダントをクリスへと贈った。


「れおちゃん、部活どう?」

 クリスが尋ねると、玲緒奈は肩を落として答えた。

「初心者が多いの。それに先輩が卒業してから部内の空気もなんかギャップ感じてて。全体的にダレてトレーニングにならないから、お兄ちゃんと家でしてる。すっかり幽霊部員だよ。一番やってるのに」

「そっかあ。中学だとルール違うし、顧問の先生も今はネオトラバースわかる人じゃないもんね」

「そうなの。なんか窮屈で」

 ぽつりと漏らす。柳が卒業して部を抜けると同時に、顧問の教師は本土の学校に転任になってしまったのだ。それ以来彼らの抜けた穴を埋める存在はなく、玲緒菜は情熱をもてあましていた。


 スポーツクラブとかに入ったほうがいいのかなあ、などとぼやいていると、フードコートで兄の姿が目に入る。

「お兄ちゃん!?」

「お、れお。あれ、クリスじゃん。なんだ、出かけるって言ってたのここだったのか」

 兄の言葉に、ふたりで顔を見合わせて笑みを浮かべた。クリスは流磨に向かって尋ねる。

「あんたは何しに来たの?」

「靴がボロくなってたから、新しいのをブラブラ探しにな」

 確かに兄のシューズは踵を中心に靴底が摩耗し、衝撃吸収機構も劣化が始まっている様子だ。しかし、靴意外の流磨がこの日選んだ私服は普段のジャージ姿とは一線を画し、意外な一面を見せていた。


 クリスは最近あまり兄の私服をみたことがないようだったが、上から下までをまじまじと見て、そういうの着られるんだね、などと言っていた。

 今日は柔らかい色合いのグレーのVネックTシャツ。シンプルながらも肌触りの良い素材は、筋肉質な体型をさりげなく際立たせている。

 程よく体にフィットしており、スポーツマンらしい健康的な印象だ。その上にはネイビーブルーの薄手のカーディガンを羽織り、季節の変わり目に適したレイヤードスタイルをだった。

 肩に掛けて着用しており、ボトムには少しテーパードされた濃い色のデニムを選んでいる。それが流磨の足を長く、スマートに見せてくれる。

「流磨、あんたそういうの着るのね」

「あまりこだわりがない」

 そう言いながらも、選んだアイテム一つ一つが彼の自然体なセンスの良さを引き出していた。カーディガンは着るのが面倒で肩に掛けているのだと言うものだから、クリスは声を上げて笑っていた。

「なあに、それ!」

「似合ってるっていうんだろ? 結果オーライじゃねーか」


 玲緒奈は提案する。

「お兄ちゃん、お昼何食べるの? 一緒に食べよう!」

「クリスと2人で遊びに来たんだろ? 俺はいい」

 一旦優しく断った流磨だったが、意外にもクリスからの提案が重ねてあった。流磨と玲緒奈の両方に話があるらしい。

「流磨とれおちゃん、この後ちょっと聞いてもいい? 柳のことで……」とクリスは切り出す。

 すると流磨の表情が一瞬で真剣なものに変わった。

「どうしたんだ? シノが非行? 何かしたのか? ……なわけねーか」

 彼のジョークにクリスはまた少し笑い、玲緒奈は兄の優しさに心を温めた。



 ウメダ珈琲の落ち着いた雰囲気の中、クリスは流磨ら兄妹と向かい合って座っていた。周りにはほのかにコーヒーの香りが漂い、心を和ませる。


 コーヒーに浮かんだクリームをつつきながら一瞬躊躇した後、クリスは勇気を出して口を開いた。

「実は……ふたりに相談があるの」

 玲緒奈と流磨はクリスの真剣な表情に気づき、瞬時に話に耳を傾けてくれる。クリスの声には、決意と少しの不安が混じってしまった。

「私、ネオトラバースをはじめてみようと思うんだ」

「えっ?」

 玲緒奈が驚きの声を上げた。

「クリスがか?」

 流磨も同じく驚いた様子で繰り返す。クリスは少し照れてしまい、笑顔を浮かべながら続けた。

「う、うん。自分でも唐突かもと思ったけど……でも、今の状況が長く続いて、競技への情熱を柳が失っちゃうのが、私心配で」

「なるほど……」

 流磨は深く頷き、クリスの懸念を理解した様子を見せた。

「クリスちゃんなら、運動も得意だから大丈夫だと思うけど」

 玲緒奈も明るく励ましを送ってくれる。大きめのグラスに入ったあんこ入りのドリンクが楽しいらしく、その微笑みを深めていた。クリスは真剣に話を続ける。

「でも競技のことは知識も中途半端だし、柳みたいに一人じゃ無理。だからこその、サポート要員としての相談なの」

「シノはプロだし、色々なスキルを持ってる。だからサポートとしても十分に協力してくれると俺は思うぜ」

 日々トレーニングを一緒に行っていると聞いている彼が言うならと、クリスはその言葉に励まされる。流磨は自信を持って発言していた。

「クリスちゃんが頼めば、シノくんは絶対受けてくれると思うな」

「ほんと? 柳ってネオトラバースに関してはひたすら我が道を行く戦士、みたいな感じがあるから、競技に対するスタンスを変えるように言われるってことでしょ、今回って……だから心配だったの。流磨、どう思う?」

「いや、あいつは確かに競技への熱はすげーけど、自分の美学に酔って可能性を狭めるようなことはしない。貪欲になんでもやってみようとするから、いろんなカスタムとか戦略立案ができるんじゃねーか?」

 確かに、競技についてよく知らないクリスが柳に何か不用意な発言をしたとしても、彼がそれに対して怒る場面は想像ができない。

 柳はいつも相手の事情を踏まえて反応する人間だった。クリスに関しては更にそうだ。玲緒菜は横で聞きながら、兄の発言に首をこくこくと振った。


 基本的なルールや選手の条件について話し合ううち、清宮兄妹は真反対なようで似ている顔を見合わせて笑っていた。

 クリスは安堵を感じ、柳へのサポートもきっと上手くいくだろうという希望が、心を明るく照らした。

「ありがとね、ふたりとも。今日はおごるよ」

「いいよ、メシも食ったんだし。じゃあ、お前の気がすむならドリンク分だけな」

「やったー、ご飯お兄ちゃんのおごり〜」

「今日は奢らない」

「へへ……ダメか!」

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