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星渦のエンコーダー《スターメイズ・エンコーダー》  作者: 山森むむむ
1章 ■壊されたヒーロー:ep.001〜030
3/37

ep.003 クラスメイト・バスケ友達・親友

 ――“ネオトラバース”。

 

 この競技に参加するには、(コクーン)と呼ばれる1人用ブースに入り、シートに座り特殊なギアを使用することで、現実の肉体と精神を電脳世界へとダイブさせなければならない。内部に設置されたシートから精神を電脳装置に繋げ、アバターを操作する、といったプロセスを通る必要がある。

 (コクーン)に入った選手は、肉体をセンサーに感知させるためある程度の拘束が施され、精神が電脳世界へ移行することにより、非常に無防備な状態になる。試合には安全管理上、モニタリングスタッフ1名の随伴が必要だ。


 元々、(コクーン)は医療機器として開発されたものであった。

 それが現在、このように血湧き肉躍るスポーツのための特別なマシン、という認識がほとんどの人によってなされている。ネオトラバースだけでなく、健康診断や身体データの測定を全てこれ1台で賄えるため、学校や病院、公共施設に設置されている。高額であるが頑丈で壊れにくく、盗難も困難。設置することのメリットの方が、その費用よりもはるかに高い。まさに夢のコックピット、というわけである。

 エンタメ・ビジネス・このようなスポーツはもちろん、住民票の書き換えや各種書類申請、役所の業務のほとんどもこの機器で可能だ。そのため、旧時代中に存在した電話ボックスと似たような感覚で、この国では街の建物の合間に設置が義務付けられている。手が足りていなかった役所の業務も、簡略化されて久しい。その分の人員は他の公共サービスに割かれている。広い意味で有用なこの機器は、世界人口のほとんどが体に埋め込んでいる生態識別チップと並んで、生きていく上で必要不可欠なものとなった。


「シノくん、勝てるかな?」

「わかんねえぞ、相手の選手ってすげー速さで飛んでいくもん」

東雲(しののめ)の装備に転移っていうのがあったろ? だったら楽に勝て……あれ?」

「馬鹿、試合中は使用禁止に決まってんだろ! あくまで象徴(アバター)個性(オプション)だよ。転移じゃなく、東雲は外套(マント)を目眩しに使ってんだ」


 校庭の大型モニターに映し出されたネオトラバースの試合は、生徒たちの注目の的となっている。

 昼休み、長岡はクラスメイトたちと共に、息を呑むような試合の展開に目を奪われていた。彼らの焦点は、1人の選手、東雲柳の姿に集中している。柳はその冷静さと集中力で、今日も試合に挑んでいた。


 ―― ネオトラバースの舞台となる電脳(サイバー)現実(レアリティ)領域(フィールド)は、ポリゴン処理されたグラフィックで構築された壮大なフィールドを有している。

 この空間は、現実(リアル)世界(ワールド)の物理法則を超えた動きが可能だ。プレイヤーたちはその自由度の高さを活かし、息をのむようなパフォーマンスを展開する。

 選手たちは試合前に告知されたステージのギミック・仮想物理法則の数値に応じ、電脳世界内で電子的にまとう肉体である象徴(アバター)のカスタマイズが許されている。自由な体で仮想の物理干渉を操り、試合を有利に進めようと尽力する。


 主に1対1で試合は行われる。

 ネオトラバース選手らは、各々に指定された座標に展開されるスタートラインに降り立つ。独特のブザーと共に飛び出し、生身の人間には不可能な程の彼方にあるゴールゲートを目指して、走り、または飛び、跳ぶ。

 勝利条件は、ゲートを先に潜ること。または、相手が試合続行不能になること。

「じゃあ死神ってんなら、でっけー鎌とかでさ……」

「だからよ、直接的攻撃は禁止なの! あと鎌とか無いし!」

 しかし、このスポーツでは相手への『直接的攻撃』が禁じられている。拳や銃、打撃のように、相手アバターへの物理的ダメージを加えるような武器を、直接に使用することはできない。よって相手が試合続行不能に陥る要素は、選手の現実世界上の肉体に生じた体調不良、またはアバターの不具合のみ、と言ってしまって良い。


「途中にある地面とか障害物を抉ったり、シールドで壁作ったりな……あとできるのは、目眩しくらいなんだよ」

「あー、そこが間接的な干渉ってことになるわけ?」

 現実では実現不可能のスピード、数々のフェイクや仮想空間への干渉による妨害行為。派手なエフェクトによる目眩しも、定められた各数値に至る程度は認められている。さまざまなスタイルで繰り広げられる、選手たちの駆け引き。目に見えるエフェクトで楽しませるものもあれば、試合前のプログラミングによって成される、見えない戦略もあるだろう。

 能力で妨害し、自分が走り切るまで押し切るもよし。スピードを活かし、ゴールに辿りつくことだけを考えて勝利するもよし。予測不可能と思える戦略の展開も、この競技の大きな魅力の1つだ。


 象徴(アバター)は現実で不可能な動きや飛行能力、ビジュアル面での特別な処理などがなされる特別性なスポーツ用ボディだ。それらは全て現実世界での肉体をベースに、ネオトラバースを司るシステムが自動生成した、個別の体である。このような電脳スポーツの分野は、近年飛躍的に発展した。

 選手自ら、またはサポートスタッフや所属企業によるカスタマイズは可能であるが、そもそもの自動生成アバターがはじき出したその電子的肉体は、()()()()()()()()()()()()()()()。独自に手を加えたところで、技量次第で逆に選手への負担となってしまうことが多い。独自カスタムはそのため、敬遠されている。


 電脳(サイバー)現実(レアリティ)領域(フィールド)はただの舞台ではなく、選手たちの技術と魂を最大限に引き出すための共鳴体である。

 ゴールに向かう過程でのすさまじいスピード・領域上の電子的なエフェクト・そして個性あふれるアバターの肉体が繰り出す技の数々で、このスポーツは新時代の娯楽としての地位を確立している。

 柳の対戦相手は猛烈なパワーを誇る選手だ。両拳の巨大なグローブ型装備から繰り出される、重い打撃が特徴である。

 その一撃は競技フィールドの空気を震わせ、平面モニター越しにもその圧力を感じさせるほどだった。直接的攻撃禁止のルールをこちらが忘れてしまうほどの、大きな脅威。

 観客席からもその圧迫感が伝わってきて、見守る生徒たちの緊張は一層高まる。

「やべ、おにぎりこぼした」

 長岡の隣にいたバスケ友達が、おにぎりから米粒を幾つか落としてしまった。幸い地面にまでは落ちずに胸元についたため、その米粒を摘んで、彼は口に入れた。

「お前、飯食いながらみるつもりだったのかよ。無理だろこれは」

 確かに観戦中に食事や軽食は取れる。現に現実世界に設置された観戦用アリーナではフードやドリンクが提供されるが、学校の校庭。観戦に集中して見上げていれば手元が危うくなり、おにぎりを食べる暇もない。それほどの試合展開だった。

 また進路を塞がれ、ギャラリーがどよめく。長岡は柳が気になり、またモニターに向き直った。途端、立て続けに打撃音が響いた。

「頑張れ、東雲……!」

 激しい攻防が続く。柳は相手の執拗な進路妨害を巧みにかわし続けた。

 長岡の心臓は柳が危機的な状況に陥るたび高鳴り、息遣いまでもが試合に同調するようだった。重い一撃から新たに生まれたクレーターに足を取られそうになる度、思わず手に汗握った。

 柳は幻影を使って打撃の地点をずらす戦法をとっている。確かにそれは有利に働いているように見えたが、相手も経験豊富である。

 いわゆる〝経験による勘〟という攻略不能の嗅覚で勝利しようと、手数を増やしていた。


「シノー! 負けんなー!」

「シノくん! 頑張って!」

 観戦スペースは柳を応援する声でいっぱいになった。生徒に加え教師も、後方から声援を送る。東雲柳はこの島のアイコン。皆の友人、憧れの先輩、可愛い後輩、優秀な生徒、自慢の同級生であった。長岡も彼に精一杯の声援を送る。

「勝てーッ!」

 柳はその卓越した反射神経と俊敏な動きで、相手の進路妨害を回避した。一時、相手の打撃が当たりそうになる一幕もあったが、最終的には先にゴールゲートを潜った。


「東雲! やったー!」

 その瞬間、長岡とクラスメイトたちは歓喜の声を上げ、柳の名前を叫びながら勝利を祝った。柳への尊敬と友人としての誇りが、彼らの心を満たしていた。

 長岡は友人たちと共にその喜びを分かち合い、歓声と共にハイタッチを交わす。

「よっしゃあ!」

 歓声は校庭に響き渡る。

 柳への複雑な感情、時には嫉妬を感じながらも、その底に流れるのは変わらぬ友情と尊敬だと、長岡は改めて感じ取ることができたのだった。


 空中に浮かんだ名だたる企業のロゴが、このスポーツがただのゲームではなく、世界中に広まる人気スポーツであることを物語っている。

 これらのロゴはスポンサー企業の象徴であり、ネオトラバースが経済活動に与える影響の大きさを示唆する。プレイヤーたちが着用する装備や領域(フィールド)上での演出に至るまで、これらの企業が積極的に関与していた。

『……東雲選手、デビュー間もないにもかかわらず、連戦連勝! 世間はあなたの話題で持ちきりです。今回も勝利しましたが、その秘訣とは?』

『ありがとうございます。でも、僕は目の前の試合に真剣に取り組むだけで……』

 ネオトラバースの試合は、単なるスポーツの競技を超えた新時代のエンターテイメントである。その背後には電脳技術の進歩と経済活動が密接に絡み合っており、多大な経済的利益を生み出している。プレイヤーたちは、自らの身体能力とバーチャル空間でのテクノロジーを駆使し、名誉を手に入れるため、またはただ勝利と純粋な楽しみのため、日夜努力を重ねているのである。


 ここ未来ノ島(みくのしま)学園附属高等専門学校は、博士号・純博士号を取ることを目的とした生徒を中心に、ネオトラバースに象徴される新技術、IT、AI、グラフィック、情報技術を習得する名門校だ。




「……流磨?」

 柳は部活オリエンテーションの合間に届いた親友からの通知に、驚きを隠せずに内ポケットから手帳型デバイスを取り出して応答した。彼の個人エンブレムがディスプレイに現れると、柳は少し安堵の息をつく。

 会話の要求。

 彼からの通信は常にそっけなく、よく知らぬ者からは冷たいと思われるようなものだが、こんな時の彼の言葉は決まっていた。珍しく顔を表示しての会話の要求。間違いない。

 柳は咳払いを一つすると、AR通話モードに切り替える。

 すると目の前に、色違いのブレザーを着用した黒髪の少年が、胸部までのAR半立体で現れた。


『よぉ。おつかれさん。シノ』

 流磨は歯を見せて笑って見せる。その表情は日常的には見せない温かみを含んでおり、柳はそれに心からの笑顔で応じた。

「ああ、ありがとう。流磨」

 無愛想だと彼を評するものは少なくないが、柳は自分とクリス、それに彼の妹に対しては、全くその評価は当てはまらないということを知っていた。


「どうしたの? 今日は放課後、またジムに行くんだよね?」

『俺1人でな。お前、さっきの試合でまた勝ったんだな。すげーよ』

「流磨、ありがとう。君のそういうところ、本当にいつも僕は嬉しい」

『……俺はお前のそういうところが、如何ともし難い』

 流磨はあえてやや難しい表現を使って焦点をずらそうとする。しかし、柳はそれを見透かすように肩を揺らして笑った。

 お互いに、性格を熟知している。流磨の励ましと照れ隠し。柳の素直さと、心理的障壁。全てを知っていながら、他愛のないやり取りを楽しむ。


「今日は夜にも試合があるんだ。そのこと?」

 柳が尋ねると、流磨は少し真剣な面持ちになった。切れ長の目が真っ直ぐに向かってくる。

『そうだ。あー、それで。今日は時間がないから、直接は言っておけないと思ってな』

「うん。クリスにも、ギリギリだったから」

『プロは忙しくて苦労するだろ。今日だって、午前中の試合直後に部活オリエンテーションのパンダ役』

「パンダって……僕はただの幽霊部員だよ。もうそろそろ、君たちとの時間も持てるはず」

『そうか……じゃあ、今夜。頑張れ。一応モニター越しに、応援もしてやる』

「一応? 力が出ないなあ」

 柳は冗談めかして返す。

『バカお前、そういうこと言うのかよ』

「冗談だよ」

 流磨が苦笑いで答えると、柳は再び笑い声を上げた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 冒頭の試合はep1でのものでしょうか? 学校の子たちからもたくさん応援されている柳君、いいですね。 登場人物増えてきましたね!村田さんがこの後どう絡んでくるのか気になります。 柳君と現時点…
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