ep.010 ターゲットの親しい友人
春の日差しの中、柳とクリスが並んで歩く姿は、周囲から見てもなんとも微笑ましい光景だった。
ただ、その二人をじっと見つめる一人の視線がある。それはユエンからのもので、彼の目は何かを探るように、柳とクリスの間の空気を読み取ろうとしていた。
柳がその視線に気づき、少し首を傾げてユエンに問いかける。
「……何かあった?」
「ああ、悪い。そういうつもりじゃないんだ」
ユエンは急いで言い訳をするが、その「そういうつもり」とは具体的に何を指しているのか、柳にはさっぱりわからなかった。
「……ごめん、何が?」
柳の素朴な疑問に、ユエンは一瞬言葉を失い、唖然とする。
クリスもこのやり取りに耳を傾けていて、ユエンの視線の意味を察知すると、わずかに頬を膨らませ始める。まるで彼女なりの抗議のようだ。
……このかわいらしい女の子が東雲柳の交際相手だとすれば、なるほど納得のできる話ではある。あるが。
「……だから、何が?」
柳が再び問う。この時の彼の声には、ただ純粋に疑問を呈しているだけの、無垢な響きがあった。
「お前、マジかよ……」
ユエンは顔を覆い、ため息をつきながら絶句する。この二人の間に存在する、誤解されがちな微妙な距離感を、彼はようやく理解したのだ。
その間にクリスは小さな足音を立てて、先に教室の入り口へと向かう。ユエンは彼女が去っていく姿を目で追いながら、深く考え込む。そして迷いながらも、再び発言しようとした。
「……あー……その……シノ」
「何?ユエン」
そして、彼女の背中を見送った後、柳に向き直り、何か言いたげな表情を浮かべるが、結局何も言えずにいた。
◇
放課後の教室は、日の光が斜めに差し込む穏やかな空間だった。
机に向かい、何かに集中しているクリスの元へ、ユエンが静かに近づく。
「……あ、シノの……」
ユエンが切り出すと、クリスは顔を上げて彼を見る。
「……クリスだよ。チェンくん」
ユエンは、少し緊張しながらも彼女の名前を呼ぶ。
「クリス、昼間はごめん」
素直に謝罪する。まずはここをクリアしなければ、彼女との円滑な会話は成立しないだろう。
「……何がですか?」
クリスの声には、少しの苛立ちが含まれていた。大きな瞳が長い睫毛に縁取られ、薄い金髪が揺れている。
むくれている顔すらも可憐な彼女を見ていると、東雲柳との交際の事実がないという話が不自然なものに思えて仕方がなかった。
「……クリス、シノのことが好きなんだろ?」
ユエンはあえて直球で質問する。クリスは一瞬、息をのんだ。
「……っ、はあ……」
彼女は深く息を吸い、少しだけ視線を彷徨わせる。すらりとした指が口の前に組まれ、次の発言に苦心しているようにも見える。
「……違ったらごめんね」
ユエンは慎重に付け加える。
「……違うよ。大当たり……でも、関係は幼馴染。17年間変わらずね」
クリスは諦めたように、そして少し寂しげに告げる。軽く引き結ばれた唇はほのかに赤く、彼女の中の柳への感情が表されているかのようだった。
「……シノって、いつもああなの?」
ユエンは好奇心から質問する。
「そう」
クリスの答えはシンプルだった。
「へえ……そんであんたは……」
「そう。自覚したのは12歳くらいかな。最初は恥ずかしくて、でもそれから……」
クリスは遠い目をして、ほんの少し笑みを浮かべる。
「……あんた、苦労してるんだなあ」
ユエンは、クリスの言葉の重みを感じ取りながら同情的に言う。
「そうだよ。本当、大変なんだから」
クリスは答えると、再び前を向いた。その唇はほんの少しの笑みを浮かべている。長年の想いが静かに宿っているようだった。
しかし、彼女は決して諦めないのだろうということが、その真剣な眼差しからも読み取ることができる。やがて立ち上がり軽い挨拶を交わすと、彼女は軽やかに荷物を纏めて教室を去っていった。
ユエンはクリスの柳への深い想いと、それに対する彼女自身の複雑な感情を少しだけ理解する。そして彼女の静かな強さに、心を打たれるのだった。
「どういうことか知らないけど……早く収まるところに収まったほうがいいんじゃないか、東雲柳」




