地天才過去編③
尊と別れた後俺は兄に今日の出来事を話した。
「・・・あのジジィ、才が一人になるタイミングで出てきやがったのか」
「うん・・・それですぐに返事は返せなかった」
ここ数日兄はバイトを掛け持ちで働き詰めだ。
馴れない事を無理しているせいでその疲労はすぐに分かる。
「うなもん断れ!才の将来は俺が何とかするから安心しろ・・・ってヤバ、バイトに行く時間だ!ゴリラ店長に叱られる!」
兄は時計を見るなり急いで家を出ていく・・・もうすでに夕方。兄が次に戻るのは朝方になるだろう。
「父さん、母さん・・・どうすればいいんだ?」
このまま続ければ不幸になる未来しか見えない俺にとって今頼るべき人が誰なのかが分からなかった。
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『1-Dの地天才君至急校長室へ来てください。繰り返します1-Dの地天才君至急学園長室へ来てください』
校内放送で響き渡る呼びたしの声・・・何事かと最初は思ったが先日の事を思い出し俺は嫌な予感がした。
この扉を開けたらもう引き戻せない・・・そんな予感がしたが俺は深呼吸をして校長室に入る。すると中には達磨のような小太りの校長と椅子に座っている老人・・・平成尊と後ろに2人の護衛らしき黒服の男達。
この老人はここにまで手を回すのか。
「おお、地天君来たかね」
ホクホクとした顔で俺が入って来るのを見ると校長はすぐに俺の所にまでかけつけ尊と向き合うように座らせる。
「地天君、君にとってとても良い話が来たんだ」
「良い話ですか?」
この老人が関わっている時点で俺にとって良い話とは思えない。
「そうだった。地天君こちらの方は平成尊さんであの平成財閥の会長を務められている人物なんだ」
校長は俺と尊の関係は知らないようで丁寧に説明してくれる。
「校長先生、私の恥ずかしい話はその辺にして本題に入りましょう」
「え?ええ、そうでしたね」
尊は何負事も無いように好調を宥め本題に入らせる。だがこの時尊が俺を見る目はしてやったりと言いたげな感じだった。
「こほん・・・地天君、実は平成会長は色んな学校に多額に寄付をしてくださっていてね。わが校もその一つなんだ」
「寄付ですか・・・」
「そう・・・それで今会長はある学園に注目していてね、君をその学園に入学してみないかと話が出たんだ」
寄付の話が出た時点で何となく予想は出来た。この老人はこうやって俺の周りを懐柔して誘導していく。そして俺がどう判断するのかを試しているんだ。
「コレがその学園のパンフレットだが・・・これは君にとっても良い話だと思う」
校長が渡したパンフレットに書かれている学園の名前・・・それは最近話題になっている新設校の名前だった。数年前から世間を騒がせている新技術を真っ先に取り入れた学校らしく多くのマスコミが注目を集めニュースなどにも取り上げられてたのは覚えている。
学園の施設はもちろんカリキュラムはニュースを見る限りとても魅力的な場所に見えた。かなり実力主義な感じではあったが才能を伸ばす環境としてこれ以上ないのではないかと思う。
「この学園に俺がですか?」
「実は学園に君の事を話したら是非我が学園の生徒として迎え入れたいとおっしゃっていたんだ。正直我が校よりもこの学園の方が君の才能を伸ばせると思っている」
校長は面目なさそうに言うがおそらく半分本当に半分は裏があるのだろう。
「大変魅力的な話ではありますが自分の家庭環境を考えるとそれは厳しいかと」
転校するにしたってお金はかかる。
この学園に入った後だって色々とお金がかかる事はある筈だ。
「そこは問題ない。学園への入学手続きから君の学園生活にかかる費用なども平成会長が負担してくださる」
「いや流石にそこまでされては!」
この老人はそこまでするのか・・・いや学生一人の学生生活の負担なんて財閥の力があれば余裕か・・・だが・・・
「君の家庭環境は理解している。今はとてもつらい心境のはず・・・だからこそ君は幸せになって欲しいと思っているんだ。地天君・・・これは人生の中で数少ないチャンスなんだ」
「・・・チャンス」
校長の言っている事は正しい。
誰もがこんな機会が与えられるわけじゃない・・・だがこの選択は家族を裏切る事に繋がる。
「・・・校長先生、話が急すぎたようですね。地天君にも考える時間が必要でしょう」
尊がそう言うとスッと立ち上がり部屋から出ようとする前に俺に一枚の名刺を渡した。
「それでは地天君、君の考えが《《全部》》纏まったら連絡をしてくれ」
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「ただいま」
誰もいない家に戻るとポストの中にいくつかの手紙が入っていた。
「これは兄さんの大学からの手紙?」
なぜ大学から?と思い。兄には申し訳ない思いながらも中身を確認すると内容は『休学手続き完了』というものだった。
「どういうことだ?兄さんは退学したって言っていたはず」
疑問に思いもう一度読み返すとその理由・・・というか原因が分かった。
保護者の欄に『平成昇』という文字が記載されていた。
「平成昇・・・これって平成財閥の人の名前だよな。もしかして伯父の名前か?」
よく考えてみたら当然だ。両親は死んだ、勘当され縁を切ったとはいえ平成家が俺達の親戚である事は変えようがない事実。そしておそらく大学側で兄の保護者を伯父の名義に変更されたに違いない。
「となると俺の学校ももう・・・」
改めて平成家の恐ろしさを実感し身体が震えあがった。
絶対に敵に回してはいけない相手・・・あの爺さんはゆっくり俺達をからめとるようにその凄さを思い知らしめて行くに違いない。
そう感じ取った瞬間、俺がポケットに入れていた名刺を取り出す。
「・・・兄さんゴメン」
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尊に連絡を入れた後、数分で黒い高級車が家にまで迎えに来た。
多分近くで待機させていたのだろう・・・暇な事だ。
そして行先はすでに伝わっているらしく、向かった先は高級ホテルだった。
「これは凄いな」
雑誌とかによく取り上げられている高級ホテル。まさか学生である自分がここに来るとは思いもしなかった。
「やぁ才君、思ったよりも考えは早く纏まったようだね」
笑顔で出迎えてきたのは尊だった。
流石に高級ホテルともなれば彼の顔を知っている者も多く、財閥の会長がわざわざ出迎えに来たというのはかなりのインパクトを与えていた。多くの視線が尊と俺へと注がれる。
「さてここではなんだし、食事をしながら話を聞かせて貰おうじゃないか」
そう言って俺は尊と一緒にホテルの最上階にあるレストランへ向かった。