第8話 さらば神器よ また逢う日まで
「今日の味噌汁なんか美味いなぁ。ダシが何時もより効いてる気がする」
「何時もと一緒だよ」
「そうかぁ? ダシが効いてる気がするんじゃけど?」
「お前の好きな具材だからそう感じるんだろ」
「落とし卵に玉ねぎ、味噌は白味噌。最高じゃな。これでほうれん草が入ってたら言う事はない」
「赤だしの方が良かったのに」
「何を言う、白味噌の方が美味い」
何でこいつは白味噌派なんだよ? 赤味噌や赤だしの方が美味いのに。ついでに言うと具材は大根と油揚げと豆腐が一番美味い。
魔王とはこの辺りの食の好みが違う。割と魔王とは食の好みが似通ってるんだけど、味噌汁に関しては意見が分かれる。白味噌も美味いが、赤味噌や赤だしの方は更に美味い。俺は別に中部地方出身者と言う訳では無いけど、昔から赤味噌や、赤だしを使った味噌汁が好きだ。
赤味噌も赤だしも一緒だと昔は思ってたけど、全く違うらしく、熱く語られた事があったなぁ。
食に関しては一切妥協しない人も居るから、結構気を付けないと揉める原因になる。実際魔王とも食に関して揉める事も多々ある。
「この塩鮭も美味いなぁ。塩気がきついけど旨味もあってご飯が進む」
「試しに買ってみたけど正解だったな。又注文するよ」
「そうしてくれ、わらわコレ好き」
「分かった。おい魔王、トマトとミニトマトももっと食えよ。トマトは身体から余計な塩分を排出してくれるから健康には凄く良いんだ。それに美味いし」
「その話しは何回も聞いたわい。それにしてもお前は本当にトマトが好きだなぁ勇者」
「うん、美味いからな」
しかし魔王の奴、今日は良く食うなぁ。朝ごはんをしっかり食べるのは良い事だけど、食い過ぎて又寝るんじゃないか?
昨日は珍しく早寝したから今日は早起きしてたし、熟睡して結構寝てたから、案外寝ずに起きてるかも知れないな。起きててもどうせゲームしてるだけだろうけど。
「なぁ、何か今日は少し暖かいな。暖房もはいって無いし、朝なのに何か暖かい気がする」
「そりゃな。春も中頃を過ぎて、もうそろそろ梅雨に入る時期だから暖かくも感じるよ、所で魔王。今日コタツは片付けるぞ」
「はぁ? 何を言っておるのだ。何で片付けるんだ?」
「いや、もう暖かくなって来たし要らないだろ」
「いやいやいや、まだ要るじゃろう」
「お前さっき暖かくなって来たって言ってただろ? 桜も散って春から夏になろうとしてるのに、何時までも出しておけないじゃないか」
「まだ寒い日もこれからあるじゃろうが」
「もうこれから暖かくなって行くよ。大体コタツの電源を最近入れて無いだろ。もう仕舞う時期なの」
「勇者よ、わらわが凍え死んでしまっても良いのか? なぁ? わらわ凍死してしまうぞ」
「する訳無いだろ。無茶苦茶言うな。絨毯も敷いてるし、寒いのなら膝掛けかブランケット使うとかすれば良いだけの話しだ」
「横暴だぞ、断固拒否する」
「ダメです。今日お片付けします。これは決定事項ですので覆りません」
「勇者の鬼、悪魔、魔王。小姑……」
「お前が魔王だろ! それと最後にボソッと小姑とか言うな、誰が小姑だ」
何て失礼な奴なんだ、誰が小姑だよ。こんなに暖かくなって来てるのにもうコタツ何て必要無いだろうが。もういい、今日絶対コタツは仕舞う。魔王が抵抗しようが必ずやる、強制執行だ。
「くっ…… 何足る悪行を…… お前それでも勇者か? 魔王足るわらわよりよっぽど魔王ではないか!」
「やかましいわ、もうつっこまんからな。お前が何と言おうと今日必ず片付ける。季節を考えろ」
無駄な抵抗を…… 今日やらなきゃ又ズルズルと出しっぱなしになってしまう。流石にもうコタツは仕舞ってしまっても良いだろ。どうせ後少し経てば暖かいを通り越して暑いって言い始めるんだから。
魔王の奴、暑がりの寒がりだからなぁ。夏になったらクーラーをガンガンに効かせて、しかも設定温度もアホみたいに下げやがる。
さらにコイツは其処ら中のクーラーをつけようとするし。電気代だってタダじゃ無いんだぞ、リビングに付けておけば十分だ。
しかし魔王の奴ブツブツとうるさいな、何でなんじゃとか、ブツブツ言ってやがる。何でも何も季節を考えろと言いたい。これ以上言っても無駄だから言わないけど。ん?
「まぁエエわい。暖房つけたらエエか」
「良い訳無いだろ! 何を言ってくれちゃってんのお前? もし寒かったら上から何か羽織れよ、ブランケットを肩に掛けるとか、膝の上に乗せるとかしたら大丈夫だよ」
この季節に暖房って正気かよ。ここは山の上じゃ無いんだぞ、逆に暑苦しくなるわ。
念の為、エアコンのリモコンをアイテムボックスに入れておいた方が良いかな? じゃないとコイツ、しれーっと暖房つけそうだ。
「何でなんじゃ、何でだよ。わらわそんな悪い事したか? コタツも奪われ、暖房も禁止にされて、わらわそんな罰を受ける謂れは無いぞ。何故わらわから全て奪う? なぁ、勇者よ?」
「何でたかがコタツを片付ける位の事でそんな話しになってんだ? 意味が分からん。魔王継承の為の神器かよ?」
「そんなもんよりよっぽど大事じゃ!」
「コイツ今、凄い事言いやがったぞ! お前考えて喋って無いだろ? なぁ、思い付きで喋ってないか?」
「なんだとぉ。わらわちゃんと考えて喋ってるわい」
「尚の事タチ悪いわ」
何でコタツが神器より上なんだよ? 本当に意味が分からん。魔王の奴、絶対思い付きで喋ってる。絶対なんも考えて無い。
「なぁ勇者、せめて来週までコタツを仕舞うの待ってくれよ。今日は暖かいけど朝晩冷える時もあるじゃろ、なぁ」
「服を着込め」
「何でだよ、わらわのささやかな願いすら叶わぬのか? わらわの希望を奪うのか?」
「お前本当面倒臭いな。来週までとか言ってるけど、来週になったら又同じ事の繰り返しになるだけだろ? どうせ来週は来週で後一週間待ってくれとか言うだろうしダメです。それに気温はこれから上がってく一方だから大丈夫だよ」
「・・・」
ほ~ら見ろ、そこで黙るって事は図星って言ってる様なもんだ。お前の考えが分からない訳が無い。何やかんやで付き合いは長いんだから、お前の考えてる事はお見通しだよ。
「な、もう諦めろ。今日片付ける。絶対仕舞う」
「くっ…… 勇者、お前はわらわから家を奪うつもりか? 我が家を……」
「お前はさっきから何を言ってるんだ? 何が我が家だよ。お前の家はココだよ。コタツが家って、お前はカタツムリか? いや、コタツムリかよ。このコタツムリ魔王が!」
「なんだとぉ。だ、誰がコタツムリだ」
「お前だよ。さっきから訳の分からない事を言いやがって、もう片付ける時期だよ。夏用のテーブルを出すからコタツの上を片付けておけ」
「くっ…… 横暴な……」
「あのなぁ、ソファーとテーブルがあって、それで事足りるんだぞ。コタツはほぼお前専用みたいになってるだろ。大体だな、ソファーもテーブルもあるんだから、わざわざコタツに入らないでも良いじゃないか」
リビングが広いから別に良いと言えば良いが、あのコタツが置いてあるスペースだけ、微妙に違和感があるんだよなぁ。
いや、それは別に良いんだ。根本的な問題として、季節に合わないし、今日やらないと間違いなくズルズル行き、片付ける事が出来ない。あのコタツのある場合も掃除したいし、丁度良い機会なんだ。
「勇者だってコタツに入るではないか」
「あのなぁ、そりゃ俺だってコタツに入る事もあるわ。ゲームする為にな。それに、元々あるソファーとテーブルの前にテレビがあるのに、コタツの前に置いてあるゲーム専用のテレビも買ってやっただろ。あれだって俺もゲームするから買ってやったが、やったらダメなのか?」
「そうは言っておらんがだな……」
基本的に俺がコタツに入るのは、ゲームする為にコタツに入る訳だが、ゲームをせずとも、冬はコタツに入りたい気分の時だってある。
日本人の性と言えば大袈裟だけど、冬はコタツに入ってのんびりしたい時だってある。
暖房が点いてるから寒くは無いけど、それでもコタツに入りたいと思うのは、やはり日本人としての性なのだろう。うん、日本人のDNAに刻まれているのだから仕方無いと言うか、本能みたいなモンだ。
「なぁ、魔王。もう無駄な抵抗は止めろ。季節を考えろ、季節を。俺はここ最近コタツに入って無いだろ? コタツに電源が入って無いけど、コタツの中に入ったら暑いんだよ。もう今日から暖かいを通り越して暑いになるからいらないよ」
「・・・」
やっと諦めたか…… ゲームする時コタツの掛け布団が邪魔だったんだよなぁ。入ると暑いし、入らないと、コタツの掛け布団を中に押し込んだりしなきゃならないから面倒だし。
これでやっと掃除出来る。それにコタツと言う暑苦しい物を見なくて済む。
本当であればもっと早く撤去したかったが、寒い日が合ったり無かったりと、安定して無かったからな。うん、天気予報できっちり確認したし、これから暖かくなる一方だ。魔王の奴もその内忘れるだろう。
うん、どうせ二、三日したら、今日ゴネてた事なんて忘れてるだろう。
さぁ、とっとと食って、洗い物して、掃除でもしようっと。
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そして次の日、魔王が珍しく俺より先に起きていた。ゲームしてるでも無く、ただ起きているのは珍しく、腹でも減って起きたのかと思い、先に朝飯作ろうかと言ったが、魔王は後で良いと言ったので先に走りに行った。
走り終わり、マンションの上にある、住居者専用の二十四時間使えるジムで筋トレをし、帰って来たのだがギョッとする事になる。
「ただいま~。えっ?」
ちょっと待て、何で魔王の奴コタツに入っている? 俺は昨日確かに片付けたぞ。コタツの掛け布団も敷き布団も、クリーニングに出した。うん、間違いなく出した。
それなのに何で魔王の奴、コタツに入っている? 予備のコタツは無いし、予備の掛け布団、敷き布団は俺のアイテムボックスに入っている。
えっ? 何でだ? ん?…… アレ? コタツが小さいな。いや、小さ過ぎだ。
良く見ると、コタツの敷き布団は無い。下のアレは絨毯か? 掛け布団は…… 毛布だな。
コタツのテーブルは大きめの木製おぼんか? テーブルにしては小さいな。それに……。
魔王が何時も座っている座椅子は、コタツに入りきれて無い? いや、ギリギリ入ってるか?
「おい魔王、それどうした?」
「フッ…… わらわが作ったのじゃ!」
「はぁ? どうやって?」
確かに手作り感満載だがどうやって作ったんだ? あんな小さなテーブルあったか? いや、無い。そしてあのサイズのテーブルを魔王に買ってやった記憶は無いし、魔王の部屋にも無かった。ならどうやって作ったんだ???
「ふっふっふ。わらわが自ら作ったと言っておろう、これはわらわの物じゃ」
「いやだから、どうやって作った? 材料になる物も、元になる物も無かったはずだぞ」
材料になる物も、元になる物も買う金を魔王は持って居ない。それにそんな金があるならコタツを買った方が手っ取り早い。
あんな手作り感満載のコタツとは言え、金の無い魔王がどうやって材料を用意出来た? 小遣い何てとっくに使い果たしてるし、追加で小遣いもやって無い。ならどうやって作ったんだ?
「材料なら合ったわい」
「何処にだ? お前、金も持って無いよな?」
「金だと? 金など無くとも作れる。わらわの叡智があればこの様な物等、朝飯前よ!」
いや、確かに朝飯前だが、そう言う問題では無い。俺はそんな事を聞いてるんじゃ無いんだけど。
「不思議そうな顔をしておるな。ふっふっふ…… 材料なら合ったぞ、家にな」
「だからそんなモン何処に合ったんだよ?」
「これを見よ、勇者よ」
「・・・」
あー、コレ土台の部分? コタツの上にあたる部分も段ボールか……。で、敷き布団の部分は絨毯だし、掛け布団が毛布、そしてテーブル部分が木製の楕円形おぼんな。で、全て元々家にあった物か……。段ボールもネット注文した時に商品が入ってた物で、後で使う用に空き部屋に置いてたっけ。段ボールの空き箱、アイテムボックスに全部入れずに一部出しっぱなしにしてたな。
それ、じいちゃんばあちゃんの家に、送る物を入れる為に出してたんだけど。使うから出してたんだが。使いやがったか……。
うん、横にカッターとか、ハサミとか、ガムテープがあるな。そして段ボールの切れ端とかゴミとかも。
あれだけ常に整理整頓しろって言ってるのにコイツは…… ゴミは直ぐ捨てろ、片付けろって言ってるのに出しっぱか。直ぐやれよ、ゴミは溜め込むな。
しかし…… 手作り感満載だと思ったが、本当に手作りだったとは…… 作ってる最中コイツは、ワクワクしながら作ってたのか? うん、絶対ワクワクしながら作っただろ。それにしてもどんだけコタツが好きなんだ? まさか手作りするとは……。
「これなら文句あるまい。何せわらわが自ら創造した物じゃからな! これはわらわの宝じゃ」
「・・・」
「あっ! コラ、何をする勇者。わらわの神器を解体しようとは、罰当たりな。あっ、止めろ、解体するな、せっかく作ったのじゃぞ。作るのに苦労したんじゃからな。おい勇者、本当に止めて、お願い、止めて。なぁ、止めて~」
「・・・」
可哀想だから没収するに留めておこう。
流石に捨てるのは可哀想な気がしてきた。うん、コイツがワクワクしながら作ったであろう、この自称神器とやらは、冬になる前に再び出してやろう。
「勇者~ 本当にやめて~ わらわのコタツ返して~ アイテムボックスに入れないでくれ~」
さらば神器よ、また逢う日まで、だな。
20時にも投稿します。