第40話 昔語り 静編② 召喚予定者
18時にも投稿しています、このお話しは二話めです。前話をまだお読みで無い方はお気をつけ下さい。
ん? この気配は……。
「兄ちゃ~ん!」
やっぱ静か。気配で分かる様になってしまったな。昔なら、召喚される前なら分からなかったのに。
「なぁ兄ちゃん、久しぶりだな。何で春頃に来た時は私に会わずに帰っちゃったんだ? なぁなぁ」
「相変わらずうるさいなぁ……。春か? あの時お前居なかっただろ。確かおばあちゃん家に行ってたかなんかで居なかったじゃないか」
「そうだけど~。私が帰るまで待っててくれても良かったのに」
「お前なぁ、無茶言うな。あの時は次の日仕事だったんだぞ、待てる訳無いだろ。と言うかお前髪伸びた?」
「髪伸ばしたってより伸びた? 何か切りに行くの面倒になっちゃって」
コイツらしい理由だな。
「だけどあのベリーショートよりは遥かに良い。良いんじゃないか、似合ってるぞ」
「そうかな? エヘヘ。兄ちゃんは髪長い方が良いの?」
「そうだな、長い方が好きかな」
「そー言えば前から言ってたもんな。私これから髪伸ばす。あっそうだ! ねえねえ、表に停まってる車って、アレ兄ちゃんの?」
「うん、そうだよ」
「マジで~! カッケー! ベ○ツじゃん、真っ赤なベン○じゃん。しかもアレってオープンカーだろ? スッゲー、私乗りたい」
言うと思ったよ。もう……。実家に帰って来て早々コレか。ゆっくりしたいのに。
しかし何でコイツは俺が帰って来て即来たんだ? あー、ばあちゃんが前以て俺が何時帰るか教えたんだな。
「静、俺帰って来たばっかで疲れてるんだ。今度乗せてやるから、また今度な」
「えー、良いじゃん。なぁなぁアイン行こアイン。アインモール行こうよ」
「お前ふざけるな、何がアインだよ。車で四十五分は掛かるじゃないか。また今度乗せてやるから今日は我慢しろ」
「行きたい~! 連れてってくれないと悠莉兄ちゃんにイタズラされたって、大声で言いまくってやるからな」
「このクソガキふざけんな。それ系はシャレにならないから止めろ! 何がイタズラされただ? 嘘でもシャレにならないから本当に止めろ。冗談抜きで大騒ぎになるぞ。お前無茶苦茶怒られる事になるから本当にやめい」
何て事を抜かしやがるんだコイツ。と言うか意味が分かって言ってるのか? このガキ、ますます悪知恵をつけやがってからに。何がイタズラされただよ。本当にシャレにならない事になるぞ。
「なぁなぁ兄ちゃん。良いじゃん、連れてってよ。ねえねえ、兄ちゃ~ん」
うるさいなぁ……。あっ!
「コラ、お前ベタベタくっ付くな。鬱陶しいし暑苦しい。おい静、離れろ」
「兄ちゃん乗せて~。んーでアインに連れてってよ~。ドライブ~」
「あーもう鬱陶しい。お前の身体ベタベタしてるけど汗か? 汚いから離れろ」
「はぁ~? 違うし。シャワー浴びて来たからだし。だからベタベタしてるだけだし」
そう言えばコイツはお風呂大好きな奴だったな。
夏だろうが冬だろうが、一日に最低二回は風呂に入る奴だった。
夜は湯船に浸かって、朝は起きたらシャワーを必ず浴びる奴だったな。夏なんて昼間にもシャワーを浴びて、それも何度も浴びる奴だったっけ。
あの未来から来た猫型ロボットの物語に出て来る、ヒロイン? と同じ名前だからかコイツもお風呂大好きな奴だったな。アレ?
「おい静、お前頭濡れてないか? おいコラ、濡れた頭を押し付けて来るな。おい止めろ。お前髪はちゃんと乾かせって何時も言ってるだろ。ドライヤー位しろよ」
「ドライヤーは面倒。一応バスタオルで頭拭いたし。だから大丈夫!」
全然大丈夫じゃないんだよ。今はベリーショートじゃ無いんだぞ。髪を拭いた位で乾くはずが無い。
ショートカットになった今は、ドライヤーをしなければ髪が乾くの時間が掛かるだろうに。コイツ分かって無いのかな? と言うか冬でもドライヤーをしない様な気がするな。何でコイツは昔から髪をちゃんと乾かさない?
「兄ちゃーん。なぁなぁ、行こうよ~。乗~せ~て~よ~。セミの脱け殻あげるから~。ねえねえ、カブトムシもあげるから~。悠莉兄ちゃん~」
あーもううるさい。コイツは俺が何歳か分かっていないのか? セミの脱け殻? いらん! カブトムシ? いらん! いや、カブトムシはちょっと欲しいかも。 いやいや、ダメだ何を考えてる俺。
「ねえねえ、クワガタもあげるからぁ~」
「いらんわ。お前もう帰れよ。明日相手してやるから、なっ。俺は運転してきたから疲れてるの」
「い~や~だ~。そんな事言うなら防犯ブザー鳴らすぞ」
「お前はさっきからシャレにならない様な事ばっかしようとするんじゃ無い。もう勘弁してくれよ静……」
テンション高い奴だなぁ。昔からこうだったが、今日は特に高くないか? もしかして久々に俺に会えて、テンションが高くなってるのかな? だとしてもコイツのこのテンションにはついていけない。
「おばあちゃーん、兄ちゃんがぁ~」
「悠莉君連れて行ってあげたら? 静ちゃんね、悠莉君が帰って来るの楽しみにしてたのよ。今日もね、窓から悠莉君が帰って来るのを待って見てたのよ。疲れてるだろうけど、ね。それにたまの事だから」
「・・・」
ばあちゃんに裏切られてしまった。静の奴めいつの間に我が祖母を籠絡した? どんな懐柔策を……。じいちゃん。あっ、苦笑いしてるだけ?……。祖父よあなたもか。もしかしてアレか? 孫の居ない寂しさに付け込んで、擬似孫にでもなったか? そう言えば昔から静は我が家の祖父母に可愛がられていたな。
と言うか近所の年寄り連中のアイドルだった。
これは俺に逃げ道は無いのか? 味方は、味方は居ないのか? 嘘だと言ってくれよ。
「兄ちゃ~ん。ねえねえ、行きたい。行こ。カブトムシとクワガタのメスもあげるからぁ~」
番かよ。いら……、カブトムシの番はちょっと欲しいかも。と言うかコイツはどんだけ捕まえてるんだ? 俺が子供の頃でも最近は、カブトムシとかクワガタは見なくなったって、年寄り連中が言っていたのに。俺も数える位しか見た事ないぞ。それなのにコイツ凄いな、番で持ってるんだ? 本当に凄い。
「ねえねえ悠莉兄ちゃ~ん。蛇の脱け殻もあげるからぁ~」
「いらないよ。あーもう! 嫌だけど、嫌だけど連れてってやる。本当に嫌だけど。仕方ないから連れてってやる。でもお前、ゴネたら自分の意見が何でも通るって思うなよ。もう!」
「やったー! そうだ兄ちゃん、今のはあれだろ? 大事な事だから二回言いましたってやつだろ? 私知ってるんだ」
「やかましいわ!」
このガキめ、ますます口が達者になったなぁ。
女の子は口が立つって言うけど、コイツ中身は男子小学生のくせ。
しかし静よ、何故お前は踊ってる? 盆踊り? でも微妙に禍々しいな。呪いの盆踊りか?
幸せそうに笑ってるが、その踊りは何で禍々しい気を発してるんだろうか? 邪教の盆踊りみたいだな。見た事無いけど。
と言うか静のコレ、何か紐づいていないか?
ん~? 微かだけど、静の周りに闇属性と光属性? が入り雑じって? 交じって? 神聖さと聖属性の中に微かに邪悪さと暗黒属性が含まれてるな。
あっ、紐が巻き付いてるぞコイツ。
おいおい、静の奴、召喚されるんじゃないだろうな。一応静を鑑定してみるか。
うおっ! コイツ聖属性と神聖属性持ってるじゃないか。その他にも……。
マジか。コイツこの世界でも鍛えれば、回復魔法を使えるぞ。聖と光、神聖魔法が使える奴じゃないですかー。
と言うか凄いなコイツ。全属性の魔法適正があって、ちゃんと教えれば、全属性の魔法が使える様になる素質を持ってるぞ。
「・・・」
コレって静の奴、召喚予定の人間として目を付けられてんな。切っておくか。
不可視の糸を出してと、そんで緩やかに、ふんわりと身体に巻いてと。
「アレ? 何か身体がおかしい? 何か身体に巻き付いてるみたいになってる。蜘蛛の糸? えっ何で? アレ? 何にも無いのに、何で?」
おいおいおい。気付くか普通? 本当に凄いなコイツ。野生の勘か? それとも素質故の気付き? 下手したら静って、あの魔王の奴より素質を持っていないか? 俺の不可視の糸は見えないだけじゃ無く、存在自体が希薄を通り越してるんだぞ。それなのに……。
「静こっちに来い、見てやるから」
「見て見て兄ちゃん。何か私に付いてるっぽいんだ。何だろう? 何も付いて無いのに、身体に何か付いてる気がする~。何か気持ち悪~い」
熟練の技に達した俺の不可視の糸を気付かれるとは、ちょっと自信無くすな。希薄を通り越した希薄とでも言うべき、不可視の糸だぞ。
これが召喚予定者の才能か? 俺とは大違いだな。叩き上げとエリートの違い? かな。
「兄ちゃーん、何か付いてる?」
「ちょっと待て、全体を見るから。後ろを向いてくれ」
うっわー。頭と背中に思いっきり引っ付いちゃってんな。悪質だなコレ。さっきの変な盆踊りが無かったら分からなかったぞ。
いやまぁ、鑑定すれば一発で分かったけど、気にしなければ分からなかったな。
「静、頭と肩に触るぞ」
「うん良いよ。なぁなぁ何か付いてる? もしかして背中に付いてる?」
「今から見る。動かないでくれよ」
コレって絶ち切ると言うより、解呪かな?
向こうからしたら解呪では無く、解祝されたって思うんだろうけど、こんなもん只の呪いだよ。
ただ絶ち切るだけじゃ芸が無いな。報いを受けて貰おうか。
極大殲滅魔法を送り込んでやりたいけど、流石にそこまで出来る力は無い。だけど過剰な魔力を、あらゆる属性の魔力を、魔力を無茶苦茶に混ぜて、そして紐を通し、逆流させて装置と言うか、儀式? 召喚システム的な物を叩き壊してやる。
ふざけやがって。強制拉致の為のクソシステムなんぞ二度と使えない様にしてやるよ。
静を召喚? 本当に舐めてるな。コイツにあんなクソみたいな思いをさせて堪るか。
舐めた報いは受けて貰うぞ。それによりその世界が滅びようと知った事じゃ無い。
自分のケツは自分で拭け。召喚者頼りの世界なら滅びたら良いんだ。
召喚システムが破壊された位で滅びるなら、遅かれ早かれ滅びる運命なんだよ。
「うおっ!」
「静、動くなって」
「いや、なんか殺気が……。えっ何で???」
本当に恐ろしいなコイツ。殺気を察知したのか。
いかんな、殺気を漏らすなんて、戦いでやっちゃいけない基礎の基礎だぞ。うん、ダメだね。
こっちに帰って来てから、俺は気が抜けたみたいだな、気を付けよう。
それにしてもコイツ、殺気を感じて即避けようとしたか。押さえていなかったら不味かったかも知れないな。
「なぁ兄ちゃん、何か身体が変なんだよ。やっぱ私の身体に何か付いてる? 身体に付いてるのが取れて行く気がするんだけど。ねえねえ、何が付いてるの? てか何でさっき動け無かったんだろ? 兄ちゃん力入れてる訳でも無いのに」
「今見てる。もうちょっとじっとしてろ」
「うん……」
良し手応え有り。それ! とどめだ。二度と舐めた真似が出来ない様にしてやった。
良し良し。残心残心。後は静の身体に巻き付いてる残滓を取り除いて終了っと。
「ひゃい! に、兄ちゃん、兄ちゃん今もしかして私の背中なめた? ペロペロした?」
「する訳無いだろ! お前はいきなり何を言ってんの? 何でお前の背中をペロペロしなければならない? なめたりして無いよ。服も捲って無いのにどうやってそんな事する? と言うか出来ないよ」
「本当~? 何でだろ? 何か背中をペロペロされた気が……」
本当に恐ろしい程の才能だな。身体に巻き付いてたモノが切れた事に気付くとは。
まぁ良いだろう。これで静が召喚と言う名の、強制拉致をされる事は無くなった。
「見たけど何にも付いて無いな。静の気のせいだったんじゃないか?」
「そうかな……。何か分からないけど、何かが取れた気がするんだけど。でも何だろう? 身体が凄く軽くなった気がするし、頭も軽くなった気もする。今日からう●こもブリブリ出来そう」
「・・・」
確か俺の記憶では、お前は昔から快便だったはずだけど?
頭が軽くなった? お前は昔っから頭は軽かっただろ? 何を今更……。
軽すぎて心配になるレベルで軽いよな、お前の頭って。まぁ良いだろう。その辺りをいちいち突っ込んでたら話が進まない。
「ヒャッハー! 身体が軽い。もう何も怖くない」
お前は基本的に怖いもの知らずだろ? むしろ恐れを知れ。そして少しで良いから、ほんの少しで良いから自重しろ。無理だろうけど。
「あっ、そうだ! なぁなぁ兄ちゃん、アイン、早くアイン行こ」
「行くから落ち着け。その前に家の人にアインに行くって言ってからな。一応おばさんに連絡してからだ」
「えっ? ママ仕事に行ってるから、今家に居ないよ」
「お前の首にかかってるその長方形の薄い板は、何の為にある? 仕事中で電話に出られないなら、メール入れとけ。俺とアインに行くってな」
「もう、兄ちゃん分かりづらいよ。普通にスマホって言えば良いのに」
自分が持ってるスマホの存在を忘れてたお前に言われたく無いよ。
「そんな事はどうでも良いから、とりあえず先に連絡しろ。いくら昔からの知り合いとは言え、遠出するんだからな」
「アインに行くだけなのに?」
「十分遠出だよ。ここから車で四十五分も掛かるんだからな。往復一時間半だぞ、一時間半。今日は朝早くからずっと運転して帰って来たのに、また運転か……」
一度口に出して約束したから行くけど、行きたくないけど行くけど。正直面倒なんだよなぁ。
「兄ちゃん、ママにメール入れた!」
「ん、じゃ行こうか」
「うん! あっ! その前に一回家に取りに帰らなきゃ」
「何を?」
まさか着替えの為に帰るのか? いや、それは無いか。いちいちオシャレの為にそんな面倒な事をコイツがする訳無い。
「さっき約束しただろ。車に乗せてくれて、アインに連れてってくれたら、カブトムシとクワガタのオスとメスとヘビとセミの脱け殻あげるって。だから家に取りに帰る」
「いらんわ。良いから行くぞ」
欲しく無いと言えば嘘になる。カブトムシの番だけはちょっと、そう、本当にちょっとだけ欲しいが……。
「本当に? いらないの?」
「本当だよ」
「後で欲しいって言ってもあげないよ」
「いらないよ。ホラ、早く行くぞ静」
「うん!」
わざわざ運転してアインに行きたくは無いが、コイツが嬉しそうだしまぁ良いか。