不老不死の証明
大陸の端にあるハート王国、その国王である、ルーク・テリスト王は困っていた。
それは老衰。
ルーク王はもう70歳を迎え、体の衰えが顕著になり始めている。体力は落ち、膝から腰の痛み、顔のしわ、身長は縮み始め、やせ細っていく体。いつまでもこの国の王でありたい、と願うのも必然。
そんなときある風の噂を聞いた。
大陸を旅する一人の商人。その品物とは、不老不死の薬。
ルーク王は莫大な金を払い、家臣達にその商人の情報をかき集めさせた。やれやれ、また国王の我儘だ、そんな声が聞こえてきそうな表情で見つめてくる家臣をよそに、その商人をハート王国へと連れてくることに成功したのだった。
「お初お目にかかります、ルーク国王。私、〝不老不死の商人〟ロウと申します。」
王の間へと入ってきたのは、グレーのローブを纏った深い緑色の髪の青年。
「よくぞ来てくださった、ロウ殿。早速だが、君が不老不死の薬を売っているというのは本当かね。」
「ええ、不老不死の術をかける、といった方が正確ですが。」
「ほう! ここにロウを呼び出したのは他でもない、私を不老不死にして欲しいのだ。」
「お任せください。その代わり、代金として100億ベル頂きます。」
「わかった。今すぐ集めさせよう。」
「お待ちください国王殿! 100億ベルというのは我が国の予算1年分の半分に相当します。ただでさえ税の集まりが悪いというのに…」
近くにいた家臣が顔色を変えて口を開いた。
「私の永遠の命と引き換えなら安いものだろう! それともなんだ、王である私が死んでもいいというのか?」
王の一喝で静かになる。客人の手前大声を出した王は咳払いをしてからゆっくり話し出した。
「ところで…ロウ殿、その不老不死の具体的な効果はどのようなものなのだ?」
「はい、まず健康状態を不老不死になった時点で保存し、それ以降衰えることはございません。また、外傷についても、一度心臓の動きが停止した時点で蘇生が開始します。」
「ふむ、確かに不老不死だ。だが、その…疑うつもりはないのだが、実績はあるのかね。」
「はい、ございます。ここ数年で編み出した術なのですが、すでにクラブ王国のヒーシャ国王やその王妃、また、スペード王国のカカック大王が購入し、その効果を実感されております。」
「…実感だと? 彼ら3人とも効果を確認したというのか? それはつまり…」
「ええ、自らの首に剣を。」
「なるほど…」
ルーク国王は疑い深かった。そんな性格だからこそ、ハート王国の王をここまで務めてこれたとも言える。ロウという男も今日初めて会った男、そんな信用のない者の怪しい術をいきなり受ける人の方が少数派だろう。まずはその評価を確かめるのが当然の帰結。
「わかった、だが不老不死にするのは少し待ってくれないか。もちろん滞在費も払う。」
「全然構いません。お待ちしています。では失礼します。」
そういってロウは下がった。そしてルーク国王はすぐ横にいる執事に話しかける。
「おいフー、週末のパーティーには…」
執事フーはルーク国王の意図を察し、すぐさま答える。
「はい、クラブ王国のヒーシャ国王、スペード王国のカカック大王、両名ともご出席なされます。」
「よし、二人には聞き込みをするとしよう。そして…200億ベル用意しておけ。」
「…はい?」
フーは青ざめた。
週末。ハート王国内にある巨大な披露宴会場で、立食パーティーが開かれた。豪華な装飾の食器に乗る光り輝く肉、ふっくらといい香りを運ぶパン、庶民には一生届かないであろう甘美な果物。アクセサリーを身に纏う貴婦人や、正装の貴族らがビュッフェを楽しんでいた。
「やぁルーク殿。こんな素敵なパーティーにお招きいただきありがとうございます。」
「これはヒーシャ国王殿。とんでもございません、我が王国とクラブ王国の関係を考えれば当然のことでございます。…ときにヒーシャ殿、単刀直入に申し上げるのですが、不老不死の術をお受けになさったとか。」
ヒーシャは少し驚いたような顔をしてから笑顔で語り出した。
「これはこれは、さすがルーク殿、耳が早いですな。そうなんです、私は不老不死になったのですよ。」
「なんと…それで噂で聞いたのですが、不老不死の効果を確かめられたとか。」
「ええ、確かにこの身で実証しましたとも。自身の首を刺すというのは恐ろしいものでしたが、痛みもなく傷が再生していきました。今ではその勇気を国中から称えられておりまして、勇敢で不老不死のヒーシャ国王、なんとも気持ちの良いものですよ。
つい先週にもカカック大王殿にも勧めていて、今日、ルーク殿にもおすすめしようと考えていたのです。」
「ほう…それは素晴らしいですな。してカカック大王はどこでしょうか。彼にもお話を聞きたいのですが…」
「はて、そういえば見かけておりませんね。」
──あとから聞いたがカカック大王は体調不良で欠席していたそうだ。命に関わらない程度のものなら、不老不死でも体調を崩すのだろう。まぁいい、一つ有力な証言が得られた。ヒーシャ国王が言うのならば間違いない、不老不死は実現している。しかし、私の性格上、実際に見てみるまでは完全に信じきれない。
翌日、城へと戻ったルークは早速商人ロウを呼び寄せた。
「待たせてすまなかったなロウ殿。不老不死の術をかけてくれ。ただしこいつにな。」
と指し示した先にいたのは、執事のフー。
「わ、私ですか?」
「ああ、お前に先に不老不死の術を受けさせてやる。光栄だろう。」
「そ、それって体のいい実験台じゃないですか…」
「ロウ殿すまないな。疑り深い性分なものでね、だがちゃんと200億ベル用意させている。」
「大丈夫です。私はお金さえいただければ。ではフー様、こちらにお立ちください。」
「わ、わかりました。」
「ご安心ください。すぐに終わりますので。」
といってロウはフーに向けて両手で印を結び、怪しげな詠唱を始めた。これでも世界言語に精通しているつもりだが、どこの国の言葉か全く分からない。
「さ、これで終了致しました。あなたはもう不老不死です。」
「えっもうですか?」
「どうだフー、不老不死の実感はあるか。」
「い、いや正直何も感じません…」
「ふむ、では確かめて見るほかあるまい。」
「確かめるとは…?」
「決まっているだろう、お前を切るのだ。」
そう言って鞘から剣を取り出した。
「ひぃぃ!」
「お待ちください、ルーク国王。」
そこに口を挟んできたのは、商人ロウ。
「なんだね、まさか確かめられないとでも言うのかね。」
「いえ、今から国王がしようとしていることは故意に殺すということです。私の術はそういった状況を考慮しておりません。」
「なんだと? そんな馬鹿があるか。暗殺されたら死ぬということじゃないか!?」
「いいえ、私の術は言わば〝加護〟なのです。よって何の悪意も老衰ももたらさない攻撃には無力です。…ただこの場で試したいというのも道理、もちろんその方法もございます。」
「なんだそれは。」
ロウが懐から取り出したのは赤い液体の入った瓶。
「〝加護〟の効能を上げるものです。こちらのポーションを飲んで頂き、誰も見ていない密室のなかで自分の首もとに刃を刺してください。これなら安全です。」
「誰もいない部屋だと? 一体どんな理屈だ。」
国王は当然、疑う。
「説明すると長くなるのですが、ポーションを飲むことで〝加護〟のポテンシャルエリアを、自身の外殻から部屋の領域にまで押し上げます。それによって〝加護〟によるステリックヒンドランスを逆にあげることで、体内のネクローシスを制御し、言わば、細胞分裂の活性化───」
だが、専門用語の波に飲まれたルーク国王の脳は思考停止した。
「なるほど…よし、フー、行け。」
「は、はい…わかりましたよ…本当に死なないんですよね…?」
不安げな目でちらりとロウのほうを見るが、彼は不気味な笑みを浮かべていた。それがなにを意味しているのかわからず引き返したくなったが、王という絶対権力からは逃げられるわけもなく、ただただ覚悟を決める。
城の皆が見守る中、フーは剣と赤いポーションを持って王の間の隣にある小部屋へと入っていった。誰もなにも話さない。当然だ、フーは今から自殺をするようなものなのだから。
─あれから10分は経っただろうか、未だにフーは出て来ない。自分の首を剣で切るなんて、自分が不死であるとわかっていても相当な勇気がいる行為だ。長くなるのも無理はない。
それから5分後。皆じれったくなり、口々に話し始める。部屋の中に入ろうとするものも出てきた。しかしその度に、商人ロウが静止する。もし扉を開けた瞬間に、フーが自分に剣を刺してしまったら、フーは死んでしまいますよ、と。
そして、さらにその数分後、その時はやってくる。扉が開き、フーは興奮状態で飛び出してきた。彼の衣服の首元から胴のあたりにかけて、そのスーツが赤く血で染まっているではないか。
「…やや、や、やりましたよ、ルーク国王! き、ききき、記憶はあまりないのですが、わ、私、死にませんでした…!」
「うむ、よくぞやってくれた。」
周りの家臣達が驚き羨む中、王はフーをそう労ったあと、ロウに向き直る。
「よし、ロウ殿、私にもかけてくれ、不老不死の術を。」
「承知いたしました。では、参ります。」
再度怪しげな呪文を唱えだす。そんな中、ルーク国王は考えていた。ヒーシャ国王の証言、そして執事のフー。不老不死を信じるには十分な材料だ。だが100%信じるに至ったわけではない。そう、わかっていた、結局自分自身が検証しなければ気持ちが収まらないのだ。
そして、ヒーシャ国王の話を思い出していた。自刃をもって、その勇敢さと自身の不老不死を証明し、国民から賞賛を浴びたという話を。同じ一国の主として、その賛辞をその身に受けたい。
詠唱が終了して間もなく、ルーク国王は口を開く。
「ロウ殿、俺にもその赤いポーションをくれないか。私も試したいのだ。」
少し冷静になったフーが口を挟む。
「え? 国王様、私が試したではないですか。」
「いや、皆に証明したいのだ。私が不老不死であることを。そしてこれから永遠に王となる存在を。」
あたりが静かになる。家臣達はここで改めて認識した。王が不老不死となるということは、その座に居座り続けること。優秀で人徳に厚い王ならば喜ばれるのだろうが…
「はっはっはっ、楽しみにしていたまえ。」
先ほどフーが使用した誰もいない小部屋に入り、扉を閉める。国王は一呼吸ついてから、鞘から剣を取り出した。首に近づけて一度切る位置を確認してみる。
そして、一思いに──
と、いったところで手が止まる。
それは単純な恐怖。
冷たい汗が頬を伝う。ルーク国王は自分自身がわからなくなった。フーのときもそうであったように並々ならぬ覚悟がいる。それを今ようやく自覚してから、好奇心や自尊心より、死ぬかもしれない、という気持ちが勝ってしまった。死を目の前にするとどうしても体は言うことを聞かない。窓から入ってくる日光に照らされて輝く剣の切っ先は、殺意をもって私を睨んでいるようだった。
しかし私の理念は、疑うこと。疑って疑って、最後に残ったものが本当に信じるに値するものだ。確実にしなければ、それはないのと一緒。
だがそれでも! 私の生死がかかっているのだ。よくよく考えればフーが無事だったからといって、私が安全であるという保障はどこにもない! 欲張って疑って命を落とすくらいなら、やらない方がマシだ! 逆に言えば、死ぬ疑いがある! そうとも!不老不死が証明できなくとも、私には不老不死の可能性がある! それだけで十分ではないか。
ここまででルーク国王は大きく深呼吸をした。
…ただひとつ問題がある。私は家臣たちを前に不老不死を証明するとついさっきまで息巻いていたのだ。迂闊だった。不老不死の魅力に取り憑かれあの時の私は死の恐怖など全く考えていなかった! このまま「怖くてやめました」なんて、王としての威厳が保たれない。
どうしたものか。
そう悩むルーク国王は自身のポケットに何か感じた。取り出してみると、ロウからもらった赤い瓶。
「む…すっかり忘れていた。自刃をするなら、このポーション飲んでからだったな。」
本当に気が動転していたようだ。だが、今更首を切るなんてつもりは毛頭ない。ただ王の体裁を整えながら、いかにこの場をどう切り抜けるか、それだけだ。
目が吸い込まれるような少し黒っぽい赤色。例えるなら、血液のような。
血? …待てよ。これを血糊として喉元辺りに撒けば! 首を切り復活したように見えるのではないだろうか! 我ながらなんと冴えてるアイデアだ!
誰もいない部屋で、不老不死の証明は自分にしかできないのだから、バレるはずもない。私は不老不死なのだからこの先バレることもない。
急いでポーション瓶の蓋を開け、首元を紅く濡らす。不自然でない程度に袖や腕にも血糊を飛ばし、剣にも忘れずに、液体を垂らす。
準備は整った。あとは、部屋を飛び出るときになんと言おうか。部屋の外には不老不死の商人がいる、下手なことを口走るとまずいな。…ふむ、記憶がないということにしよう。都合がいいし、血が大量に飛び出るのだろうから、ショックで気を失ってもおかしくはない。
そして、驚いた表情に顔を歪めてから、覚悟を決め、勢いよく飛び出る。
「おおおお…! なんということだ! 私は生きてるぞ! 記憶が定かではないのだが…」
───デジャヴ。そこまで言ってから私のセリフがフーが部屋から出てきたときのそれに似ていることに気づいた。周りの家臣が盛り上がる中、不老不死の商人、ロウだけは薄ら笑いを浮かべている気がする。
そこでルーク国王の脳みそはフル回転し、ある可能性に辿り着く…!
それは私だけでなく…! フーも! ヒーシャ国王も皆! 同様にして偽装をした可能性…!
まさかそんなわけは…いや、ありえない話ではない。
どうする? フーに直接聞くべきか? いやそれは悪手!
まず第一に証拠がない! そして、第二に私は不老不死あるとすでに偽ってしまった…! 今更、翻しては王としての威厳はどうなる! そうこれを確かめようものなら自分が嘘吐きであると白状するようなもの!
代金として200億ベルも払ったのだぞ! 真実でなければ!
…だめだ、私この可能性に気づいてしまった以上、『疑う』しかない! でも…くそっ…私が今できることはただただこの現状を認めること。不老不死が嘘である可能性を受け入れ、逆に不老不死が真実であることを信じるしかない。
…であれば、真実である方に賭ける。私は不老不死であると高らかに宣言しよう、私が死ぬまで。
────
「しってる? 国王さまがふろうふしになったんだって。」
ルークが王を務める、ハート王国のはずれにある田舎町。近年の自然災害によって、不作が続いたその村の財政は逼迫していた。厳しい税収に苦しみ、蓄えは底を突く。
しかしここ最近は週に一度、大量の食料を乗せた馬車が訪れており、それで村民達はなんとか生活していた。
「ああ知ってるよ。すごいことだよね。」
食料の無償配給の列。その1番前で幼い子供と話す青年はそう答える。そして、積荷から袋を取り出して少年に手渡す。
「はい、これパンとお野菜。大事に食べてね。」
「お兄ちゃん、いつもありがとう。でも、なんでそんなにごはん持ってるの? お金持ち?」
「まぁそんなところ。いろんな国の王様達からお金を頂いてるんだ。」
「へぇー。どうやったらお金もらえるの?」
「うーん、そうだな。じゃあ例えば君が不老不死だったら、どうやってそれを証明する? 今すぐにだよ。」
「えー今すぐに? んー、自分で自分をころす?」
「うん、それが一つの方法。でもさ、それって心配にならないかい。もし自分が不老不死じゃなかったら…?」
「こわくて無理かも…でも自分が一回死んでみないとわからないし…えーどうしたらいいんだろう?」
「正解はね…」
「ちわっす、探しましたよ。ロウさん。」
そのとき、逞しい黒い馬を引き連れた国際郵便屋が現れた。
「おや、いつもありがとうございます。」
「ダイヤ王国からの手紙です。よく分からんのですが、『ハート王国から話を聞いた、ぜひ〝買い物〟をしたい、そう伝えてくれ』と言われまして。」
「あぁわかりました。そのうち伺います。」
郵便屋が去ってから青年は子供に向き直る。そして、口を開く。
「正解はね、こんな風に不老不死の仲間を作ること。仲間の誰かが死んだ時点で自分は不老不死ではないと確定する。逆にそれまでは自分自身は不老不死であると言えるのさ。」
と、手紙をポケットにしまい込む。
「それって屁理屈じゃ…」
子供は、怪しむ目で彼を見る。
「それだけ、不老不死の証明は難しいってこと。だから儲かるし、バレないのさ。」
──不老不死の商人、・ロウ。彼の店はなんでも売っている。それはパンでも、野菜でも、不老不死の幻想でも。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
続きの構想がないわけではないのですが、一旦ここで完結とします(また書きたくなるかもしれないので連載の形を取ってみました)。
ですので、面白かった、続きが読んでみたい、と思っていただいたのであれば、いいね、ブックマークなどで教えてください。また感想、アドバイス等お待ちしてます。
よろしくお願いします。