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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

研究記録:20XX0606

作者: 水無 水輝

「今急いでこのビデオを撮っている。君もきっと驚くに違いない」


画面に映っているのは知人の生物研究者である吉田と、5m平方あろうという白い布が吊るされた様子であった。


「私がXX県で見つけた生物の話は聞いているね。一昨日の事だ。調査チームが遂に奴を捕らえることに成功した」


吉田は爛々(らんらん)とした目をして、有り余る興奮を何処へ発散したらよいか分からないかの様に体を(しき)りに動かしていた。


吉田が発見した新種の生物。今映像を見ている金井からすれば化け物や妖怪の類としか思えないような奴であった。

金井は正直、その話を早く忘れたがっていた。それはあまりに非現実的で、遂に吉田が狂ったとしか思われなかったからだ。


それを捕らえてしまっただなんて! しかもこうやって私にそれを送ってくるのか!


金井は心中穏やかでなかった。


「この布の奥にそいつが今いる。私もまだ会ってない。今本当に楽しみで仕方ないんだ」


吉田は早口に、息を荒くして話していた。


「よし、準備は出来たようだね。では早速ご対面といこう!」


吉田は布を引っ張り、その奥に居たものを見る。画面にありありとそれは映った。透明な箱の中に(たた)える様にして入っていたそれは、絵の具を適当に混ぜた時に出来上がる薄汚い黒の、ドロドロとした、或いはヌメヌメとした粘着質を感じさせる表面をしていて、それらは大量の蟲が(うごめ)くように絶えず(うね)り続け、時折赤や緑の何か、それは臓器も様にも見える、そんなものを露出させていた。そしてその中央には人の顔ほどある闇の様な目に、太陽の様な真赤な瞳を浮かべていた。


金井は絶叫し、腰を抜かした。それと目が合った気がしたのだ。金井の顔はこれ以上ないぐらい真青で、全身から汗が流れ出していた。奥歯がガチガチと鳴り始める。これが現実でないことをひたすらに祈らなければならない。この生物の存在を認めてはならない。それは余りに冒涜的だった。


金井はこれ以上見てられないと思ったが体は恐怖で縮こまり、思う様に動かせなかった。


「おおぉ、こいつは素晴らしい! やはりあの時の奴だ。再び相見えるとは!」


吉田は飛び跳ねそうな勢いで動いていた。映像の中からも悲鳴が、絶叫が上がっていた。それはきっと他の研究者の声だろう。この場で吉田だけがそれに対して正気を保っている、いや(むし)ろ彼のそれは狂気であった。信仰にも崇拝にも近い感情をそれに抱いているように見えた。それは全く新しい生物の発見の手柄によるものかもしれなかったが、少なくとも金井には狂っている様にしか映らなかった。


「全く、素晴らしい。この様な生物は今まで見たことがない。一体どんな構造をしているのだろうか、その目はしっかり私を捉えているのだろうか!」


まるでその声に反応したかのように太陽は黒い海から吉田の方へゆっくりと向きを変えた。


吉田はそれに絶叫にも思える奇声を、天を仰ぐ様に上げた。それから目を見開いてカメラの方に向き直った。

「見たか! 今こいつは返事をしたんだ! 素晴らしい、素晴らしいぞ!」


吉田は高らかに、狂った様に笑いだした。金井はその吉田の姿を見て、体の震えが増してきた。そしてこれ以上見てはいけないと言う脳の警告を受け、人生で1番の無理をしてまでも映像を止める決意をした。


金井はようやく体を起こした。そして電源に手をかけると同時に事は起こった。


化け物が檻を突き破ったのだ。手足とも言える様な、脊椎動物の触手とも言えるような、そういった物が板を破り、外へと這い出てきたのだ。それは先程檻の中にいた時には発見出来なかったものだった。つまりまるでたった今生み出された様に見えた。


その動きはまるで粘度の高い溶岩が流れるかのようにゆっくりで、ナメクジがのたくるような挙動であった。しかしそこから幾つも湧き出た触手の動きは機敏で、研究所内のあちこちへ伸ばされていった。奴の大きさは閉じ込められていた時よりも更に大きく金井の目に映った。


金井は体をまた動かせなくなった。更にはその光景から目を離せずにもいた。唯呆然と口を開いていた。


研究者達が悲鳴を上げたのだろう。画面内ではそう言った声が反響していた。そしてそれは悲鳴から呻き声へと徐々に変わっていった。化け物が伸ばした触手の先の絡め取られた研究者が、化け物に飲み込まれていく、精確にはまるでシュレッダーに落とされた様に粉々に人体が砕けつつ吸収されたと言える、そんな光景が映ったところで、金井はようや化け物が人を殺していることに気がついた。そしてその最中、唯1人笑い続ける吉田に更なる恐怖を覚えると共に、彼がとっくに狂気に囚われていた事にようやく気がついた。


化け物はその緩慢な動きでそのまま吉田を押しつぶすように食べた。いや食べたと言う表現は適当では無い。そうとしか思えなかったが、それは体で踏み潰したも同じであった。最後にカメラの方を向いた吉田の目からは涙が流れ、恐怖に染まっていた様に思う。


画面の中からはもう人の声は聞こえず、化け物のみが残った。それはカメラの方へ触手をゆっくりと伸ばし、そこで映像は終了した。金井は行き先を失った手を自分の腰の横に戻し、1度目を閉じて深呼吸をした。


そして、妙に明瞭な頭でその事実に気づいてしまった。


これは誰が送ってきたのだろうか。


そう思った刹那、インターホンが鳴った。

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