駅前で私の正義に拍手喝采
平成の始まりの頃の混沌とした頃のお話しです。
若さで突っ走っています。
危機管理の甘さは生暖かい目で見逃して下さい
その日、私はものすごく疲れていた。
本当の本当〜に疲れていた。
やっと迎えた金曜日なのに、終業後に会社の部署飲み会があった。
コンプライアンスのコの字も生まれてない時代、会社の飲み会はお酒が好きでない私にとって、とても疲れるイベントだった。
職場では下っ端オブ☆ザ下っ端の私は、マスコットキャラのようにいじられてもヘラヘラと笑ってやり過ごし、お局様から向けられる刺々しい熱視線に気付かないふりをしつつ、空のコップに手を掛けこちらに圧をかける人生の先輩方にニコニコと愛想笑いをしてビールを注ぎ、今なら一発退場なセクハラさえ笑顔でサラッと流し、耐えに耐えて三時間。
やっと自分が退場し、地元の駅の改札を出てタクシー待ちの列を、仁王立ちして眺めているところだった。
自宅は駅から歩いて10分ほど。
子どもの頃から慣れた道で、友人と遊んで帰りが遅くてもタクシーを使うことはなかった。
なぜなら、安月給の私には「自宅に帰るのにタクシーに乗る」というのはとてつもない贅沢な行為だったから。
でも。
でも。
その日は違った。
今日乗らずにいつに乗る?いいよね、今日本当に疲れてるんだもん。今日ならタクシー使っても自分に文句はないよね?
と、言い訳をいっぱい用意してタクシーで帰る事にした。
タクシー待ちの最後尾に向かう。
既に結構な人数が並んでいた。
金曜の夜、タクシーはなかなか来ない。
それでも待つ。
私の前に並んだ人が一人減り…二人減り…
あと数人で私。
何気なく振り返れば最後尾だった私の後ろにも長い列が出来ていた。
待ちくたびれたがあと二人見送れば私!
そんな時に奴は現れた。
駅前の青や赤のネオンに映える黄色いアロハシャツの男。
椰子の木が描かれたテロテロとした生地のアロハシャツを着たチンピラ風のヒョロっと痩せた小柄な男が、ヨタヨタとした千鳥足で歌いながらこちらに向かってきた。
「こんばんは〜お元気ですか〜」とアロハ。
スッ…
何の事もなかったようにアロハが私の前に横入りをして、ちょこんとタクシーの順番を待ちはじめた。
ブチ。
「ねぇ。」
スルーされる。
「ねぇ。どういうつもり?」
私はアロハに聞く。
アロハがフラフラしながら振り向き答える
「え〜…おれもタクシー乗ろうと思って〜…」
はああ?
「横入りしないでくれない?」
「え〜だってすぐ乗りたい〜」
「みんなだってすぐ乗りたいと思ってるよ」
「え〜でも待ちたくないんだよね〜」
ブッチーン。
「みんな我慢して並んでんだよ。少なくとも私の前に入らないでくれない?せめて私の後ろに…」
「そうよ!そうよ!みんな並んでるのよ!」
「ちゃん並べ!」
え?
何?
声がして振り向くと、私の陰に隠れて顔だけ出してるスーツ姿の年配のおじさんと、ぷっくりとふくよかなおばさんがいた。
二人は間違いなく私を盾にして、アロハに立ち向っていた。
するとその後ろからも「ちゃんと並べ」との複数人の声が聞こえてきた。
オロオロとしたアロハが
「え〜…じゃあ俺どこに並べばいいの〜?」
と聞いてきたので、
私は右手の親指をぴっと立てて、くいっと後ろを指して
「列の一番後ろじゃね?」
と言った。
アロハは「え〜俺やだよ〜」と言いながらフラフラと来た道を戻って行った。
その姿を見送る私。
すると、私を盾にしたおじさんが正面から私の両肩をガシィッッ!と掴んできた。
「姉ちゃん!アンタ正義だよ!」
と言い、肩をバシバシと叩いた。
「本当ありがとうね!あなた正義よ!正義!」
と、おばさんが拍手をしだした。
つられたのか並んでいた人たちも拍手をしだした。
みんな…
みんな疲れてるよね。
横入りは許せないよね。
駅前で私の正義に拍手喝采。
うう…
居た堪れない。泣きそう。
私、こういうの凄く苦手なんですけどー!
それにね、
それに、気づいてないかもしれませんけどね、私、正義じゃないですよ!
わざわざ訂正はしませんけどね。
並んでいられる雰囲気でなくなった私は、なんとなく列を抜け、使い慣れた道をトボトボ歩いて帰った。
最初から普通に歩いて帰っていたら、ゆっくりお風呂に入れていたな…。
なんて考えながら…
ほんと、疲れていたんですけどね。
拙い文章、お読みくださりありがとうございました