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公開実験に向けて 後編




 「結論から言おう、私の立太子十周年記念の式典に際して、お前に王都上空を飛んで貰いたい」


 

 突然の殿下の要請にマイネルは頭が真っ白となる。言われたことを理解するに連れて、その顔はさめざめと青くなっていった。


 其の様子を見ていたメルパーニャは、音を立てる事もない流麗な所作で無言のままに突然と立ち上がると、マイネルの手を取り語り掛けた。


 「マイネル様、どうやら御用は済んだようです。帰りましょう」


 またしても突然のメルパーニャの言葉にマイネルは訳が分からなくなったが、それは対面にいた殿下たちもそうであった。


 「メルパーニャ、帰るとはどういう事だ。まだ、マイネルから返事も貰っておらんと言うに」


 やや、憮然とした声で話す殿下に、マイネルはメルパーニャが不敬を問われるのではと咄嗟に庇おうとしたが、メルパーニャが強く手を握り、大丈夫ですと囁かれて、機先を制される。


 「お答えします、殿下。一つひとつお話しますがよろしいですね」


 メルパーニャの美しい相貌に鋭く険が浮かび、元より浮世離れした美貌ゆえに深い憎しみを宿した表情に、海千山千の三人もやや怖じ気た。


 「あ……あぁ、聞かせて貰おう」


 マイネルは何故此処までメルパーニャが怒りを顕にしているのか分からず、狼狽えていたが、此方を見たメルパーニャが百面相もかくやと言わんばかりに優しい表情で微笑みかけるので、余計に困惑を深めた。


 再び切っ先の如く鋭利な顔つきとなったメルパーニャは然し、落ち着き払った声で淡々と語りだした。


 「今日は殿下の立太子十周年を記念する式典において献上される品、そのひとつをマイネル様にご依頼するための場だと伺いました」


 「あぁ、そうだ」


 殿下は殊更に大仰に頷いて見せる。一見すれば、傲岸不遜に見える態度だが、殿下の人となりを知る脇の二人は、メルパーニャの威圧感に虚勢を張ってるだけと気付いている。何せ、自分たちも微かに震えている有り様と来ていた。


 「では、何故、式典の催しの一つとして、見世物のようなことをしろとお命じになられているのです」


 「マイネルの作った、新たな飛行の為の道具を献上品とし、マイネルの功績を讃えるためだ」


 何の問題も無いだろうと、鼻息荒く殿下は仰け反るが、メルパーニャは心底軽蔑したという冷めた目で話を続ける。


 「私はマイネル様を信用しておりますから、有人飛行にも早々成功されると思っておりますが」

 

 「ならば、問題無かろう」


 「問題しかありませんっ! まだ、成功された訳では無いのですよ。それをいきなり王都の上空を飛べなどと、死刑を宣告するようなものですっ!」


 「いやっ、……しかしだな、何も絶対にやってくれと言った訳では」


 死刑を宣告するよう、そうと言われて、何を大袈裟なとマイネルを見た殿下たちは悲壮感に顔色を無くしたマイネルに、言い様のない気まずさを持つことになる。

 勿論のこと、マイネルのことを思っての提案だったが、確かに切り出し方がまずかったかと気付いたのだ。それでも、殿下は咄嗟に言い募ってしまった。

 これがいけなかった。


 「マイネル様は平民の出です。お歴々が三人もいらして、そのように責任ある大役を打診されて、断ることが出来るとお思いですか。お受けしたとして、成功すれば、まだ良し。万が一失敗して命など落とせば、命を落とさずとも、大事な式典の催しをしくじりなどすれば、どの様なことになるか、想像するだに恐ろしい。この程度のこと、稚児にも分かる道理ではありませんかっ! 」


 こう言われては殿下たちに立つ瀬も無い。メルパーニャは改めてマイネルに向けて、帰りましょうと促してくる。


 「さぁ、用も済みました、行きましょう、ねっマイニー」


 マイネルはメルパーニャの強さに戦いていたが、先日、見くびらないで下さいと言われた時のことを思い出す。本当に上位の者にも否と告げる事が出来るのだと驚くと共に、その芯の強さ、真っ直ぐさにへし折られそうな気持ちになっていく。


 美貌に加えて教養も芸事の才もある。そして、この胆力に芯の強さ、敵うものが何もないと、情けなくなりながら、殿下たちを見れば、一様に気まずさに顔を歪めている。

 そこで(はた)と気付く、何であれメルパーニャの言動は不敬である。罪に問われても仕方ないのだ。殿下の気さくさならば問題ないとも思うが、其れほど甘いものでも無い。何とかせねば、そんな思いでメルパーニャに声を掛けようして、マイネルは今更に気付いた、メルパーニャが僅かに震えているのを、先ほどから握っている手に手汗をかいているのを。


 怖く無い訳が無かったのだ。それでも、メルパーニャは道理を説いて抗議した。それは誰のためであるか、自分の為だと。そう思い返してマイネルは、本当に何と情けないことかと嘆きつつも、気合いを入れた。ここで男を見せずに何とする。


 「メル、ありがとう。大丈夫だ。殿下たちも私を思っての提案な筈、先ずは話を聞いて見よう」


 「良いのですか、マイニー」


 心配そうな顔をするメルパーニャに、精一杯の虚勢で笑って見せたマイネルは、殿下たちに向き直る。


 「何の策もなしに、そのような荒唐無稽なことを仰有いますまい、殿下の提案をお訊きしとうございます」


 机に額が付くほどに頭を下げたマイネルに向かいの三人は顔を見合わす。


 「いや、言われて見ればメルパーニャの言う通りだ、配慮に欠いていた。勿論、マイネルの言うように安全には十分に気をつけて行う予定であるし、無理であると言うなら、断って貰って構わない」


 殿下はそう言った後に、この提案の真意を語り出した。


 「実験が順調に進み、有人飛行実験も視野に入ったようだとの報告を受けている。誰からと訊くなよ、私の手の者としか答えられん。

 その上で、マイネル、そなたが懸念している事柄を解決し、妨害の入らん方法としては、これが最善だったのだ」


 妨害という言葉にマイネルは驚く。


 「妨害とは、何ぞ邪魔などする者がいますでしょうか」


 「残念な事にな、貴族の中、魔法師の中にはそなたを快く思っておらん者がいる。大した事もしとらんのに王家に気に入られ、調子に乗っているなんぞと、事実に則さん戯言をほざく馬鹿がいるようだ」


 殿下がため息混じりに溢すと、それを引き継ぐように枢機卿と紹介された男性も続ける。


 「挨拶も済ませずに話が終わるかとヒヤヒヤしましたが、神聖教会で枢機卿を任ぜられとる爺でございます。それで、残念と言えば、教会にも粗忽者がいるようで、神の奇跡たる魔法師を差し置いて、人力にて空を往こうなどと不届き者がいると吹聴する愚か者がいるようでしてな」



 神の代理人でも気取っとるつもりですかな、と細く呟く枢機卿の言葉を引き継ぎ、アカデミーの学長がようやっと口を開く機会を得る。


 「さて、私の紹介何ぞ、今更ですな。して、話の流れから言わせていただくと、アカデミーの研究者にも、貴殿の素晴らしい付与術や消費魔力の効率化の利点に気付かずに、庶民に向けて魔道具を売るなどけしからんなぞ、凡そ理性があると思えん後進的なことを申す者がおるんですよ」


 これを聞いてマイネルは自分のしたことに此処まで嫌悪感を持たれたのだと悲しい気持ちとなったが、自分のために奮起してくれた愛しいメルパーニャが、自分事のように怒ってくれているのを横目に感じ、そんな様子に不謹慎とは思ったが、心が高揚していくのを感じたのだ。

 そう思うと、目の前のお三方も、自分何ぞの為にわざわざと時間と場所を用意して、稚児の如き夢の実現の手助けのため、あれこれと手配してくれているのだろう。


 そうしてマイネルは自分のまだ少ない人生を思い返して、自分の父もまた、こんな馬鹿な息子の子供染みた夢を馬鹿にもせず、諦めろとも言わず、お前の思うままに頑張って見ろと。


 自分は恵まれているなとマイネルは誇らしい気持ちとなり、情けない、不甲斐ないと卑屈になった自分を恥じた。これだけの人が期待をかけ、思惑はあれど、背を押してくれているのだ。何よりも自分がその手に恥じない堂々とした男で無くてどうする。


 「殿下、是非とも王都の上空を飛ばせて下さい。殿下の考える策を授かり、その上でこのマイネル、一世一代の偉業、為し遂げて御覧にいれます」


 この言葉にメルパーニャは焦って止めにはいる。


 「マイニー、いけませんっ! 有人飛行の実験なら、もっと安全に、確実なものがマイネル様なら出来ますっ! どうか、私のためにもっ」


 メルパーニャはマイネルのことを好いていた。能力の高さに比べて、どこか朴訥としていて、真っ直ぐで、幼子のようなマイネルが可愛くて仕方なかったのだ。この人は、自分の能力の価値を分かっていない。自分が守ってあげなくては利用され、騙されてしまうと本気で心配してもいた。


 だからこそだろうか、マイネルはメルパーニャに精一杯に「男らしく」振る舞おうとしている。マイネルもその辺りは勘づいていたのだ。それが心地よく、身の丈にあっていると放置していたのだ。

 だが、マイネルは決意した。甘える時もあろう。だが、立たねばならない時は来たのだと、殿下たちの言うところを考えるなら、自分の立場はかなり危うい筈。それを覆し、反転攻勢に打って出るための布石が「式典での御披露目」なのだとすれば、自分はそれをすべきだろう。憂い無く、メルパーニャとの未来を掴むために。

 



 「メル、信じて下さい。私はメルのために飛ぶのです。私の夢は何よりも貴女と叶えたい夢になったようです」


 


 メルパーニャは暫く無言でマイネルを見つめたあと、少女のような笑顔で告げた。


 「私もマイニーとともに夢を叶えたいです」






 向かいの三人が、自分たちがいることを思い出してくれと願っていたことは言うまでも無い。

 そして、それを思い出した二人が、茹でられた蛸のように赤くなり縮こまったのも、これも言うまでも無いことだ。




 

次話、ついにマイネルが空を飛びます。

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