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公開実験に向けて 前編




 さて、マイネルは悩んでいた。


 全翼五フェイ(凡そ九メートル)にもなる飛行模型をつくり、参考とした鳥から猛禽の翼(ダルバッド・バダイ)と名付けた実験機を使い、自分と背格好を合わせて作った人形(ひとがた)に、これまた自分と同じくなるように重りをつけ、何度か飛ばし、既に有人飛行が可能だと考えている。


 猟師から借り、既に事実上は自分の小屋となった実験の拠点は、立地的には素晴らしい所だった。


 麓を望める位置であり、少し登った辺りで、其処まで高い訳でもない。

 麓に向けて流れる河が平野となった少し先でそこそこの大きさのバニエン湖に流れ込んでおり、着地は湖か、前後の河沿いで着水すれば安全に降りれるのでは無いかと思われる。


 こうなれば、いち早く飛び立ちたいのだが、マイネルには別の懸念があった。


 「成功失敗の如何で怪我をするかもしれんが、それは仕方ない。問題は不敬罪や下手をして反逆罪や騒乱罪に問われないかだ」



 マイネルがこう考えるのは理由がある。


 王国法の規定の中にそうした文言があるのだ。



 時は200年ほど遡る。


 まだ、グライム王国が周辺国を併呑してはいなかった頃、対立する隣国から突如として攻め込まれた。


 国境沿いが前線となる中、当時の王太子が出征し、兵を鼓舞し、自ら指揮を執るべく防壁の上へと来ていた。


 しかし、色々と急な動きの中、王太子の出征は辺境の砦には伝達の不備で届いていなかった。

 先触れの使者も出さぬままに、王太子としては質素が過ぎる最低限の護衛のみ引き連れて、自ら馬を駆って現れると、そのまま防壁の上へと向かってしまった。


 防壁の上へと辿り着き、早速、兵を叱咤激励するべく声を張ろうとした矢先、王太子の頭上を偵察に向かった飛行魔法師が飛んだのだ。


 とは言え、この事を王太子本人が問題としたことは無かった。立太子したばかりの王子が手柄を立てる好機だと、先走った結果であり、命をかけて使命にあたる兵を不敬であるなどと処罰しては、士気を下げると分かっていたからだ。


 だが、何処にでも難癖をつける者はいる。無事に隣国を撃退した末の論功行賞にて、場違いにも、この件を糾弾した者がいたのだ。

 飛行魔法師が王宮や王城の上を飛行してはならぬと規定されているのは、王族の警護のためであると同時に不敬であるからだと、ならば、王太子の頭上を飛んだ魔法師を罰せぬのは信賞必罰に反すると、そうした意見書を纏め、奏上したのだ。


 当然に、この魔法師の実家と対立する派閥の者たちによるものだが、この訴えに王家は頭を悩ませることになる。

 訴え自体は至極真っ当であるからだ。

 言い掛かりと言えば、間違い無くそうである。あの状況では魔法師に王太子が来ていること、飛行ルートの下にいることを確かめる術はなく、不可抗力なのだが、かといって知らぬとは言え、結果として触法行為をしてしまった事実はある。


 幸いにして、王家も王太子も愚かでは無かった。

 王太子は功を焦り、正当な手順を省いて拙速に行動した結果、臣を割ることになったこと、折角の国の勝利に水を差す結果となったことに心を痛められ、深く反省すると、こう宣言された。


 「此度の件で責を負うべきは魔法師では無い。こうした問題が起きることを予見できず、正しく法を整備せず、己のが功名欲しさに不用意に動いた吾にこそ、その責任がある。先ずもって私を罰せぬことには始まらない」


 これには訴えられた魔法師は勿論のこと、訴えた側が驚き焦る。処罰の内容や軽重は追って協議の末に決めると宣言されたが、厳罰に処するようにと訴えられた手前、魔法師を処罰せず、替わって自身と王家の不徳を罰すると言うならば、相応に重い処罰を検討している可能性もある。


 この国の王家は建国以来、総じて国民から人気が高く、この当時の王太子もそうであったし、国王夫妻が中々に子宝に恵まれぬ中で、ようやくと授かった男子であり、その為に溺愛されているのは有名であった。

 王太子が諸々の手続きを省いてまで、初陣をきったのも、万が一があってはと父王が出征させないと予想したからでもあったのだ。

 実を言えば王統を維持するために迎えた、公妾が産んだ妾腹の兄もおり、自分に万が一があれば兄が後継となれば良いと考えての事でもあったが。


 その王太子が責をとって、自ら処罰の対象となると宣言した上で、訴えられた魔法師についても、訴えを起こした側についても、双方の立場、言い分に其々、理があるとしたため、魔法師については有事における緊急措置であったと、特例として不問とし、訴えを起こした側についても、正当な訴えであるとして、訴えそのものは受理し、その責任の全ては王太子にあるとした訳だ。

 

 これでは訴えを起こした家々は、国王夫妻から疎まれるのは間違いない。表だって冷遇はされないかも知れないが、先々を考えると何とも言えず、国民からは間違い無く、厭われるだろう。


 訴えを起こした者たちが即時に訴えを取り下げ、王太子の処罰の必要は無いと懇願したのは宣言の翌日であった。


 結果として、王太子は宣言した通りに処罰を自らに科した。魔法師本人と家、訴えを起こした家々、其々に謝罪した上で、私財から賠償を支払い、一年の間、魔力の籠った手枷を嵌めて咎人として生活した。


 そうして、王国法を改正、飛行魔法師は王宮、王城の上を飛行してはならないとの規定はそのままに、有事の際は軍務として必要な場合に限り、自身の身分より上位者の上を飛行することに許可を必要とせず、不敬に当たらないと制定した。


 これにより、軍に所属する飛行魔法師は有事に於いてはほぼ自動的に「王宮と王城の上を除いて、あらゆる場所を飛ぶ権利」を得たことになる。

 反対に言えば、平時に於いては事前の許可を得ずに飛行すれば処罰される可能性がかなり高くなったのだ。


 魔法師、それも飛行を行える魔法師はほぼ確実に貴族である。その貴族ですら処罰される可能性があるのだから、名ばかり貴族に取り立てられたと言っても、ほぼ庶民の自分ではどんな難癖で処罰されるとも限らない。


 「王都の外での実験とは言え、魔法師でも無い者が空を飛んだと非難する者もいるかも知れんしな」


 憂い無く実験を行うために王国を出ることも視野に入れていたマイネルだが、メルパーニャと引き合わされて、すっかりと彼女に惚れてしまった今、早々と国を出ることは考えられなくなった。



 「王家御用達として、義務とされる製品の提出の際にでも相談してみるか」


 王家御用達職人として、年に一点、その技の粋を凝らした作品を献上するように定められているマイネルは、その献上に乗じて相談することを考えてみたが、そもそも現王太子殿下はお忍びで未だにマイネルの元に来られたりするのだ。機会はそれなりにあるかと、何を相談するかをマイネルは纏める事とした。



 そんなある日のこと、マイネルの元に王宮より使者がやって来た。


 「王太子殿下の立太子から十年を祝う記念の品の作成ですか」


 使者より渡された書状には齢十六で立太子されてより、半年後に十周年を迎える王太子殿下のため、式典が準備されていること、その祝いの品の一つを製作すること、その打ち合わせに王宮へと来ることが書かれていた。



 後日、マイネルは男爵となってより、王家より贈られた貴族としての正装に身を包み、慣れない礼服に苦労しながらも用意された馬車にて、王宮へと訪れていた。

 共に招待されたメルパーニャは美しいドレスに身を包んでおり、それにまたマイネルは平静を失っていた。


 マイネルとメルパーニャが一室に通されると、其処には既に王太子殿下と初めて見る痩せぎすな壮年の紳士と、白髭に覆われた此方も細身な初老の紳士が歓談している所であった。


 「お待たせし申し訳ありません。御前に遅参してございます」

 「召集の知らせに応じ、同じく遅参致しました。殿下にお目通り叶うこと、誠に光栄にございます」

 

 片膝をつき、しっかりと(こうべ)を垂れたマイネルはその体勢のままに挨拶を終える。

 メルパーニャは丁寧に足を折り、ドレスの裾を広げるようにして両膝をつき、平伏している。


 「よいよい、急な呼び出しで悪かったな。先ずは頭を上げて、此方へと来て、其処に座ってくれ」


 マイネルが頭を上げると、八人掛け程度の円卓の向かいの席を指している。

 見知らぬ紳士二人は殿下の両脇に座っており、必然的に三人と相対するような形となる。



 「良く来たなマイネル、息災であったか。それから、メルパーニャ、婚約を前提にマイネルと仲を深めとるようで良かった。そちも息災であったか」


 「はっ、殿下におかれましても御変わりの無きご様子、臣民として安心いたしました」


 「殿下もご機嫌麗しゅうご様子、臣民として嬉しく存じ上げます。マイネル様には大変良くしていただいております」


 「ははっ、そう堅苦しい喋りはやめよ。砕けて良いとは立場上言えんが、石でも呑んだような話し方では疲れるだろう。何、揚げ足を取るようなつまらん者はおらんから、安心せい」


 マイネルとメルパーニャが緊張気味に返答する中、破顔した殿下は楽しそうに話すと、横に侍る二人を紹介しようと手を差し向ける。


 「こちらは魔学アカデミーの学長であり、現総理事だ。そして、こちらは神聖教会の枢機卿、今日の話の為に呼んだのだが、両人とも、お前に逢いたがっていたようだぞ」


 悪戯を成功させた子供のような、ニタニタとした笑みを浮かべた殿下にマイネルは困惑した。何故、自分何ぞにそんな雲上人が逢いたがっていたと言うのか。

 そもそもに腕に自信はあれど、王家御用達と定められた栄誉すら、過分だと思っているのだから、この状況を呑み込める筈も無かった。


 

 「結論から言おう、私の立太子十周年記念の式典に際して、お前に王都上空を飛んで貰いたい」


 

 あまりの発言にマイネルは顔を青くした。






 

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