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マイネルとメルパーニャ



 

 結局の所、マイネルはメルパーニャと結婚を前提として友好を深めることを提案し、受け入れられた。

 まあ、早い話がヘタレたのだ。

 外堀も内堀も埋められ、関係者一同、とうのメルパーニャ本人すら結婚することに異議など無く、マイネルの様子から、これは問題なく話が決まりそうだと思ったのだが、マイネル自身が自分の感情の整理がつかず、また、メルパーニャに気後れしてしまったことで、変に卑屈になってしまったのだ。

 

 とは言えど、そこは歴戦のハルパである。手の上でコロコロと転がして、巧いこと掌中に収めてくれると周りも思って、初の対面はお開きとなった。



 マイネルの父親は一人息子が初恋に戸惑ってヘタレたのを見抜いていたし、そんな息子をどうやらハルパ殿が憎からず思ってくれたようだと、内々に用意していた身請け金を払い、メルパーニャを自分の工房に隣接する職人街の長屋のうち、自身の工房の使用人のために押さえているうちの一室を貸し与えて住まわせた。


 この話が出た段階でメルパーニャの予約は打ち切られており、最後の客をとった半年も前から、ビルパニを出て還俗する準備をしていたが、かといって、正式に身請けされる前ではビルパニを出ることは手続き上困難なのだ。


 どうせ、あの恋愛音痴な息子のこと、色街にいるメルパーニャとの逢瀬のためと、見世に予約を入れるような事は出来やしない。せめて、色街に通い、近くの飯屋にでも呼ぶなんて気の効いたことも出来ないだろう。なればハルパ殿から通って貰うことになるが、娼婦の身分で年季明け前に外へとおいそれとは出られん筈、そう考えての結果だったが、この辺りはメルパーニャの後ろにいる御仁たちも考えており、万が一のために王都の貴族街へと屋敷を手配していたが、マイネルの父親が最も自然な形で「一人息子を思う父親が先走って身請け金を支払い、色街を出るハルパに部屋を用意してしまった」との筋書きを用意してくれたことに、二人の御仁それぞれが別途に感謝したのだった。



 メルパーニャは独立した息子へと嫁いで、その工房の経営を支える女主人として働くことになる前提で、マイネルの父親の工房で侍女見習いとして働きつつ、マイネルの元へと足繁く通っては交流を図り、仲を深めていった。




 「これが気球でこちらが飛行機なんですね」


 メルパーニャがせがむので、猟師小屋を改築し、実験小屋兼物置小屋になった山中の小屋へと訪れている。

 万が一があってはいけないと、メルパーニャには護衛を雇って警護させながらの来訪だ。


 「み、見ても……面白く……な、無いでしょう。工房に、あのー、行けば、もっと綺麗なものとか」


 マイネルはメルパーニャが飛行機や気球に興味を持ってくれることが嬉しかったが、然りとて、鳥狂いと言われるマイネルも人の機微に全く疎い訳でも無い。

 見ても面白くは無いであろう実験用の模型ばかりや、完品なら兎も角、採寸や計量のために分解した剥製まであるのだ。

 気持ち悪いと思われたらと、先程から気が気でない。

 

 だが、メルパーニャは本当に楽しそうに飛行模型や剥製を見ている。

 メルパーニャは産まれた時からハルパなのでは勿論ない。幼少のころは普通の田舎にいる、容姿は優れていても、それ以外はどこにでもいる田舎娘だったのだ。飢饉と疫病で村が立ち行かなくなった時、両親兄弟を疫病で失い、唯一生き残っていた所を、各地に買い付けに来ては色街へと子供を売って利鞘を稼ぐ女衒(ぜげん)に引き取られ、王都へと来たのだ。

 

 であるから、両親が動物を解体して肉や皮をとるのも見ていたし、畑仕事も手伝っていた。なので今更、少しばかり羽根と胴に切り分けられた剥製を見たくらいで動じもしないし、本当にこれで飛べるのかは全くわからないが、見たことのない飛行機の模型が面白くて仕方なかった。

 珍しいものなら、客から飽きる程に贈られるメルパーニャでも、全く見たことのない未知のもの。楽しくなるのも無理は無かった。



 「マイネル様、私はこれが飛んでいる所を見てみたいです。……お願い出来ますか」


 

 そう言ってメルパーニャが指をさした模型をマイネルは手に取ると、それじゃ、外でとメルパーニャを促して小屋を出る。

 護衛の者たちも何ぞ見たことの無い物を持っている依頼者に興味を惹かれるが、そこはプロである故、表情には出さずに警戒を怠らない。


 「では、飛ばしますね」


 マイネルがそう言って模型を振りかぶると、飛行模型は緩やかに弧を描きながら、山のやや登ったあたりにある小屋から山麓へと向けて飛んでいく。


 護衛たちも、初めて見る光景に驚いていたが、メルパーニャは興奮して手を叩き、まるで童女ようにはしゃいで見せる。


 「すごいすごいっ! 飛んでますっ! 飛んでますよっ! 」


 今までも、飛行模型が飛ぶところを見せた者は何人かはいたのだ。小屋を貸してくれた猟師や父親など、だが、一様に落ちているのと何が違うのだ、とか、気球を見ても、これが何か役に立つか、としか言われなかったマイネルは、メルパーニャが喜んで、はしゃいでいることに、嬉しさと感謝が沸き上がる。


 「ありがとう、そんな風に楽しそうに喜んでくれるのは貴女が初めてだ」


 そう言ったマイネルに、メルパーニャは微笑み、その手を取る。


 「メルと呼んで下さい、マイネル様。マイネル様、これはきっと、沢山の人の人生を変えるものです。だからこそ、マイネル様、もし、人を乗せて飛べるものが出来たなら、然るべき形で発表しなければ、なりませんよ」


 愛称で呼んで欲しいと言われて、どきまぎしていたマイネルだが、然るべき形というのが良く分からず、その事にも困惑してしまう。


 「あー、メルさんと呼べばいいだろうか。ならば私もただ、マイネルと、様をつけられるのは歯痒い。して、然るべき形とは何だろうか。鳥狂いの趣味など、大層なことでは無いと思うが」


 言っておいて、鳥狂いの時点で大層かと、少し自嘲気味に恥ずかしい気持ちになるも、メルパーニャは笑顔を向けて少し茶目っ気を出して答える。


 「では、マイニーとお呼びしますから、是非、ただメルと呼んで下さい。」


 赤くなるマイネルを愛でるように見つめたメルパーニャは真剣な表情となって、マイネルに告げる。


 「良いですか、マイニー。マイニーの研究は必ず、未来に名を残す功績となりましょう。其れ程の研究ですから、無闇矢鱈と見せていては横から掠めとる者も出ましょう。お父上から伺いましたが、魔法付与の小物製品への特許は殿下の薦めだったとか」


 いきなり呼ばれたことの無い愛称で呼ばれたことが恥ずかしいような、嬉しいようなマイネルだが、それでも、真剣な話をしていると必死に言葉を拾う。



 「確かに殿下のご配慮があったが、あれは必要だったろうか」


 メルパーニャは思う。どうにも評価が低すぎる。

 というよりは、王太子殿下やアカデミーの学長などから、その研究の有用性を聞かされているからこそ、そう思ってしまうのかも知れない。

 マイネルは自分のしたいことをして来ただけだと思っているからこそ、その先に様々な活用方法がある可能性までは考えていないのだろう。メルパーニャにしてみれば、自分とて、殿下や学長から懇切丁寧に説明されなければ、空を飛ぶ装置や付与術の新たな応用の可能性や実用性、そして、それにより起こる構造変化など及びもつかないのだ。

 とは言え、だからこそ、メルパーニャはそんな危なっかしい橋を渡るマイネルの手を引いて、欄干から落ちてしまわぬように見守る役なのだ。


 「頭の良いマイニーの事ですから、有人飛行の実験の問題点を考えているんではありませんか」


 マイネルは驚く、メルパーニャが殿下たちから入れ知恵され、その上で巧く誘導して欲しいと考えていると知らないのだから、当然である。

 だが、それを話すのは躊躇われた。


 「罪人になる可能性があるからではありませんか」


 「知ってるのですか」


 いよいよマイネルは驚いた。ハルパとは其処まで賢いものなのか。ならば、時の為政者が夜を共にするのも納得出来ると、そんな事まで思い至る。

 

 「いえ、そう助言して下さる親切な方がいたんです。因みに、この縁談を持ち込んだのも、その方なんですよ」



 「私とメルパーニャ殿の」 


 「もうっ! メルですよっ! 」


 「あっ……いや、あー、私と……メル……の」


 「はいっ! メルです。そう、私にマイニーと一緒にならないかと、私もマイニーに興味がありましたから、すぐに了承しました」


 マイネルは色々と訊きたい事があるが、何から聞けば良いか分からなくなる。


 「取り敢えず、そのお方とは」  


 「この国で最も高貴なご子息ですよ」


 「王太子殿下っ! ……ですか? 」


 「えぇ、それからアカデミーの学長様も」


 マイネルは次々と話される事実に驚きつつ、何処かで冷静にもなってきていた。


 そうか、自分のやることは、殿下やアカデミーの学長様と言った雲上人に興味を示される程度には価値があるらしい。

 しかし、魔法師でない自分が空を飛ぶのは、それも王都を飛ぶことは犯罪者として扱われる可能性が高い。どうやら、そのために殿下たちが手を回して下さる準備があるのだろう。

 そして、改めて、その橋渡しにメルパーニャを選んだと言うことだろう。

 所詮は田舎出の庶民だ。今や名ばかり男爵とは言え、本当に名ばかりなのだ。王宮御用達職人として、多少の無礼不躾は許されているが、万が一飛行実験で汚点をつければ、快く思わない者にとって、付け入る隙になろうから、メルパーニャの洗練された所作が必要なのだろう。

 いくらなんでも、生粋の貴族令嬢を嫁に出すことも出来ないというのもあるかも知れない。


 「つまりは、メルパーニャ殿は頼まれて、私の嫁になるおつもりだったのですね。勘違いするところでした。私何ぞに、メルパーニャ殿ほどの方が惚れるわけもありませんでしたのに」


 悲しい気持ちになったマイネルだが、すっと納得してしまった。だが、これにメルパーニャは怒った。


 「見くびらないで下さいっ! ビルパニは王家の公認、傘下にいると言っても、ハルパはビルパニの女王です。例え王族の頼みだとも、納得しなければ、決して首を縦になど振りませんっ! 私がマイニーを将来の伴侶として選んだのは、何処までも私の意思であり、私はマイニーを好いていますっ! 」


 まさかの宣言に時を止めたマイネルだったが、その後は必死にメルパーニャに謝罪をするのだった。



 

 


 

 

次話は説明回になりそうです。


なぜ、飛行実験が犯罪者扱いになると考えているのか。

そのあたり、過去の出来事を踏まえた王国法が出てきます。

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