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マイネルの嫁取り 後編




 さて、時は戻って待ち受け茶屋の奥二階、水落とし(マヌマー)へと案内(あない)されたマイネルと父親の二人は、あまりの歓待ぶりに落ち着かず、慌てていた。


 「親父、大丈夫か。見合いと聞いて、それほど持ち合わせが無いぞ」

 「いや、儂もだが……言って、向こうの好意だろうから、金は気持ちを包めば」

 「いやー、花代(チップ)の一つも払わんと不味いだろ」

 「そうだが、幾ら渡すんだ」

 「相場なんぞ知らんよっ! 親父こそ、ビルパニは良く来てるだろ」

 「儂はあくまでも、酒場で飲んだり、飯屋に行くくらいだ」



 ぶつぶつと言い合う二人だが、実の処は金はある。稼ぎなら十分以上にあるのだから。然しながら普段は贅沢とはとんと無縁な二人はまるで話に聴く御大尽のような歓迎ぶりに訳が分からなくなっていた。

 その実、マイネル自身は突然に父親風を吹かした揚げ句、随分と余裕をこいて「遊びの一つもせんのだから」なんて言っていた父親が、自分同様に慌てているのは、内心で少しスカッとしているのだが、かといって、それで状況が好転する訳で無し、焦っていた。


 「まあまあご両人、とって喰おうって算段じゃ御座いません。マイネル様は今を輝く、そして未来に名を馳せる偉大な職人であらせられ、父上殿も王都に名を轟かせる立派な職人で御座います。この度、我らが姫様との縁談のお話、是非とも前向きに考えて頂きたく、こうして酒宴にて歓迎しておる次第です」


 待ち受け茶屋の主人が慇懃な態度でヨイショする。不思議と鼻持ちならない太鼓持ちのような不自然さはなく、本心から言っていると思える誠実さを感じさせるのは技量なのだろうか、物腰が柔らかくて、声や仕草に引っ掛かりを与えない温かみがある。

 

 その為に少しばかり余裕の出た二人は主人の説明で調度品の来歴を聴いたり、太鼓持ちが披露する芸に関心したり、元々、マイネルの父親は芸能関連や美術には造詣が深く、マイネルもまた、その父の薫陶を受け育ったのであるからして、こうした話題で盛り上がるのは必定ではあったが、主人は二人の詳しさやそれに加えた考察の鋭さに舌を巻いていた。

 

 調度品の歴史から、技法についての議論を親子で交わし、はたまた太鼓持ちの踊る滑稽な踊りと調子をわざと外した奏法についても、「やれ、あの手の振りはいつ頃のあれだ」「いや基礎としては何々流を学んでいると思う」なんぞと語れば、「拍を外すタイミングと転調を合わせて、こちらが敢えて乗れないようにしているんだな。そのズレるところでわざと失敗してみせるから、奏者と演者が下手くそに見えて、その実、聴いても見ても不快じゃないし、笑える。凄い技術だ」なんてまじまじ真顔で語り合うので、周りも次第に楽しんでくれてるならいいか。と納得することにしたようだった。

 


 そうして暫くすると、鐘の音が聴こえてくる。ロッテドハルパにてハルパが到着することを知らせる鐘で、この音色と拍子をつけた鳴らし方がハルパそれぞれで全て異なるため、待ち受け茶屋の主人はそれを全て覚え、客に知らせる役目となっている。



 「メルパーニャが着くようです。そこの窓からハルパの来る様子をご覧になれますがどうしますか」


 こう訊かれても、大概の客は余裕を見せようと「なに焦らずとも、ここまで上がってくるのだ。共に見世まで行くのだし」といった断り文句が常套で見ようと立ち上がるものは少数だが、マイネルたち二人はさっさと立ち上がった。


 「ほほう、滅多に見れるものじゃない、見るぞマイネル」

 「恥ずかしいぞ親父、逃げるもので無し落ち着いてだな」

 「ハルパの太刀振りが見れんぞっ! 」

 「んっ! それは不味いなっ! 」


 先に立った父親を嗜めようとしたマイネルだったが、すぐに自分も窓へと張り付いた。



 通りをこちらに向かい歩いてくる行列に父親はほー、と声をあげ、その壮麗さ威容に惚れ惚れと眺めいると、息子に向かい声をかける。


 「立派なもんだなー。一度は見るべしと言われる所以が良くわかる」


 父親はマイネルの方を向き、なーっ、と声を掛けようとしたが、あんぐりと口を開けて呆けている息子を見て、随分と見覚えのある顔だと思い出す。


 まだ、郷里の田舎にいた頃、飛行魔法師を見上げていた息子の顔と(おんな)じだ。声を掛けても返事もせず、じーっと空を見上げてたと、歳をとっても変わらんなーと思いに耽るも、今度は何に魂を奪われたのやらと、改めてハルパ一向に目を向けて、あーそうだったと合点の行った父親は、取り敢えずはこの見合いは成功させんとなと、息子の肩を無言で叩くのだった。



 待ち受け茶屋の前へと辿り着いたハルパ一向、太刀持のお稚児が膝をつき、太刀を掲げ、同じく弓持ちのお稚児が弓を掲げる。


 小姓の美貌の青年が弓をとり鳴弦(めいげん)させる。弓鳴りの儀である。

 そうして、ハルパが太刀持が掲げる太刀を逆手に抜くと左に持った扇を拡げて優雅に舞始める。


 ハルパの太刀振りと呼ばれる儀式で、マヌマーにて世俗の垢とともに流れ落ちた邪気、怨執を払いて清め、柵を忘れ去って一夜を過ごせるようにとの思いを込めたものである。


 そうしてから、本来なら楼主名代の番頭が出てくるのだが、この日は龍涎亭(ドラドアーディナ)の楼主自ら付き添っており、楼主が口上を述べる。


 「龍涎香の匂い立つ、色街きっての大見世。ドラドアーディナに音と聞こえし、夜の華。当世一と謳われるメルパーニャ到着して御座います」


 

 遣り手婆が先導し、新造に禿と囲まれたメルパーニャは奥階段をしずしずと昇り、ついにマイネルたちの待つマヌマーへと訪れた。




 「メルパーニャと申します。王家御用達の職人マイネル様と、そのお父上とお逢いでき光栄です」

 「ははっ、流石は当世一と謳われるハルパ殿だ。ほら、マイネルっ、呆けておらんで挨拶せんかっ! 」

 「あっ……えー、ま、マイネルと……申します」


 マイネルは完全に我を失っていた。


 幼い頃、飛行魔法師の姿に憧れ、いつか自分もと願ったのは子供らしい憧憬であったが、初めて飛行魔法師を見た時の感動と驚愕は今も胸にしっかりと残り、この先の人生でもそれを越える衝撃など無いとマイネルは思っていた。


 通りを此方へと向かうハルパ一向に、凄いものだと人並みの感想を抱いて、はてあの中に見合いの相手がいるなど大変なことになったと他人事のように思って、噂のハルパは誰だろうかと視線をさ迷わせていると、そのままに目を奪われてしまったのだ。


 マイネルにとっては全く知らない感情であった。

 飛行魔法師への憧れや興奮とは全く異なる、目が離せなくなるような、吸い込まれるような感覚、だが気恥ずかしく、このまま隠れてしまいたくなる程に気持ちが動揺し、思考がうまく纏まらない、というよりは浮遊しているような錯覚すらある。


 鳥狂いと呼ばれ続けた自分はついに本格的に狂ってしまったか。そんな益体もないことを考えて、結局は答えの出ぬまま相対してしまった訳だ。


 何の事はない。ただ初恋をしただけ、一目惚れしただけのことなんであるが。とは言え、普通ならもっと子供の時分に経験し、周りの同世代の者と感情を共有して折り合いをつけて成長するものを、ひたすらに「鳥になる」ことだけを見つめて生きていたマイネルは、今まで恋をしたことが無かったのだ。


 初手から拗らせているようなものだ。今の今まで、飛行魔法師と鳥への強烈な、ある意味の片想いをしていたマイネルは、十年以上の歳月でついに「空を飛ぶ」夢の実現に手が掛かった。そんなタイミングで持ち上がった縁談に、多少なりとも異性を今更ながらに意識し始めたマイネルは、メルパーニャの天女の如き美貌と溢れ出る慈愛に満ちた光のようなものを幻視して、さながら少年に逆さ戻りしてしまった。

 元より少年の夢を捨てずに突っ走るような男だ。初めて恋に困惑し、真っ赤に茹で上がるのも致し方無かった。


 

 メルパーニャはと言えば、真っ赤になって固まるマイネルを可愛いと思っていた。

 年下なこと、伝え聞いている話として、優秀な将来有望な職人にであると同時に、随分と面白い夢をお持ちなことも当然に知っている。

 そして、その夢を実現するため、さるお方より盾になってやってくれと頼まれたのだ。

 この国で最も高貴なご子息と、この国の学府で最も権威ある方に頭を下げられては断れない。それほどの方に見込まれるとは、どんな凄い方が来るのかと思っていたのだ。

 だが、目の前のマイネルはまるで初恋をしたばかりの少年のような顔をして、チラリと此方を見ては下を向き、真っ赤になっている。


 そこでメルパーニャは納得した。


 自分にはこのお方がどれだけの事をしているのか、それがどれ程、この世界を変えてしまうか、想像することすら出来ないが、あのお二人が懸念されるほどの事を為しておられるならば、目の前の少年のように無垢な男性では利用されるか、足を引っ張れるか、下手をして、罪を被せられて罪人に仕立てあげられるやも知れない。

 そうならぬよう、あのお方たちも尽力されるのでしょうが、本人に自覚を持たせ、側で支えて助言する者が必要なのだと。


 

 「マイネル様、私も空を飛んでみたいです。いつか、飛行機に乗せて下さいね」



 そう微笑んだメルパーニャに、マイネルは堰を切ったように泣き出して騒ぎとなる。



 生涯を共に過ごし、何があっても離れることの無いと噂されるほど、仲の良い夫婦となった二人の馴れ初めである。



 


 


 

 

次回は公開実験に向けてのお話になります。

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