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マイネルの嫁取り 前編




 実験も佳境に入って来て、気球は乗用する方法が編み出せず、飛ばしては落ちて来たものを回収するの繰り返しだったが、飛行機に関しては掴まって飛び立ったあと、滑空中は足をかけて固定する形で乗る事の出来るものを作ることが出来た。


 後は安全に実験出来る条件を整えて飛ぶだけだと思っていたマイネルに、父親から突然の話が舞い込んできた。


 

 マイネルは人気のある腕利きの工芸師であったし、王宮御用達のお墨付きに国王陛下より、直々に「巨匠」の尊称まで賜り、名ばかりとは言え、王家直臣の古さだけはあるダートン男爵家の家名と一代限りの男爵に叙爵されてもいる。

 多少は貴族として納税の義務は負ってはいるが、その程度、反対に商売に際しての様々な制約が緩和されるためにむしろ利しかないのだ。

 

 マイネルはその辺りを良く理解しており、職人として、上客を掴んで安定した収入を得ており、その事で気兼ねなく、実験も出来る。


 周りの者も、貴族となっても職人街(アッカード)に住み続けて、特に変わることなく気さくなマイネルを嫌う者は少なく、鳥狂いなんて呼ばれる趣味も、結果を出す前も、おかしな事を言う変人程度の感覚であったし、今は何だかんだで物にした、呆れた変人程度で、総じて人柄が好かれているために好意的に受け止められていた。


 とは言え、マイネルの父親は息子を案じていた。

 数えで二十六にもなった息子に、ひとつも艶っぽい話が無いのだ。自慢では無いが一人息子は頭も良く腕もいい、商才もあるようで、王都にあっていち早く王宮の御用達となり、なんと男爵に叙爵までされた。

 修行時代の若い頃は相応にモテた自分と、田舎娘でありながら、王都の女に引けをとらない美貌を持っていた亡き妻の血を正しく継いだ息子は絶世とは言い難いが、男振りは悪くはない。むしろ、十分以上に男前だ。


 人柄も、将来性も良く、見目も悪くない。男爵とは言え、名ばかりで特に義務も柵もない。当然にモテる。父親としても把握してるだけで両手で足りないくらいには息子に好意を寄せる女性に心当たりがある。

 だというのに、本当に何ひとつ無いのだ、艶っぽい話が。


 まぁ、原因には心当たりがある、というか一つしか無い。鳥狂いだからだ。

 今は復興を果たしただろう田舎の故郷で、幼いマイネルは飛行魔法師に憧れた。当時は目を輝かせて夢を語る息子に胸を痛めた。何せ平民の子供で、特に魔力持ちの兆候も無い。飛行魔法師に成れる可能性なんて、万に一つも無いだろうことは明白だったからだ。


 しかし、一人息子に嫌われたくない、一人息子を失望させたくない、そんな思いで、魔法師には成れないとは言い出せぬまま、マイネルは自ら適性検査を受け現実を知ってしまった。


 絶望した息子を立ち直らせ、職人の道に戻そうと思うも、マイネルは気付けば立ち直って、手伝いをしては技を覚え、早々に独立してしまった。

 

 父親は早くに挫折して、結果として自立心の元から強い子だったこともあり、堅実に身を立てるほうに転んだのだと安心していたのだ。

 だが、蓋を開ければ、独立すると、一日の半分を仕事して、残り半分は「鳥になる実験」を繰り返す変人になっていた。

 それでも「仕事」の方でこれ以上ない成功をおさめているために文句のつけようも無いのがえげつない。

 とは言え「鳥になること」に血道をあげて、それ以外は全く興味ないとばかりの生活をしていれば、女っ気など無くて当然だろう。


 それでも、誘われれば職人仲間や気の合う猟師などと呑みに出ることもあるそうだが、やっぱり女っ気はない。


 結婚せんのも仕方ないとも思うものの、変な女に引っ掛かりはしないか不安で仕方ないマイネルの父親は、修行時代に師匠筋の職人たちにつれ回された色街(ビルパニ)で、馴染みとなったバーでふと愚痴った。


 そんな話を聞いた昔馴染みの遣り手(ばばあ)が声をかけて来たのは偶然とも言い難い事情があったが、まあ、半分はただのお節介でもあった。

 

 「久しぶりだね、坊や。有名人な息子に嫁が欲しいみたいだね。大見世(おおみせ)奥持(ハルパ)で少しばかり年増だが、年季開けの近い娘がおるんだが、器量も気立てもいいし、床上手だ。息子が気に入れば身請けてみないかい」


 老獪という言葉が服を着て歩いているような、経験に裏打たれた狡猾さを見事に皺にかくした老婆が語りかける。


 「姐さん、坊やは勘弁してくれ」

 

 「ふんっ、あたしにとっちゃ(うぶ)な田舎坊主さね。あたしを姐さんなんて呼ぶのは、もう坊やだけさ、みーんなオババって呼んどるよ」


 若い頃、連れ回される店で馴れない美人な女性たちと、まだ飲み方を知らない酒にと、縮こまっていたのを、あれこれと世話してくれた憧れのマダムが今や遣り手婆となっていた。

 とは言え、若い頃の美貌の面影はしっかりとあるあたり、夜の世界を生き抜いてきただけはあるのだ。


 色街(ビルパニ)は王都の西の端、人工の水路に周囲を囲まれた。王家公認の娼婦たちの街だ。

 無論のこと、非合法な無許可営業の者もおり、そうした不法業者はビルパニを囲う水路の外側、土手沿いにテントを構えて営業しており、川女(ル・マーダ)と蔑まれていた。


 公認を受けた見世は規模により、小見世、中見世、大見世に別れており、遊女たちは見習いの童女であるボブカットの禿(ペネーシャ)からスタートして、年頃となると、新造(ニューバ)となり、客を取る。見世前で客を引く(チテ)から初めて、ある程度、知識や作法、芸事を身につけ売上も取れるようになれば、見世の中、格子戸の向こうで客からの指名を待つ格子(テルド)に格上げされる。


 そして、見世の奥、専用の座敷を用意されて、客は事前に予約しなければ買うことの出来ない最高級の娼婦が奥持(ハルパ)である。

 大商人から豪農といった有力な平民、そして貴族でも高級官僚など要職に任ぜられる上位の者など、地位も名誉も、そして経済的な余裕すらも無ければ手を出せないハルパはそれに見合った知識と技能、当然だが美しさが要求される。


 マイネルの父親は考える。目の前の遣り手婆に打算や、人脈から来る裏があるのは間違い無いだろう。何の利も無く善意だけで動く筈がない。

 ただ、それを踏まえても悪い話ではない。

 息子には万が一のために礼法や作法は教え込んであるが、あくまでも平民が貴族を相手にへりくだることが前提の礼法であり、今や末端とは言え貴族となった息子は、その点は無知と言っていい。

 勿論、事情は明白な訳であるから、多少の無作法をあげつらって嘲笑などすれば、「相手の事情も慮れぬ、狭量な者」と後ろ指を指されるだろうが、とは言え息子も馬鹿にされるのは必定であろう。


 大店(おおだな)の店主としても、貴族としても至らない息子の補佐としてはこの上ないのは間違い無いだろうし、女っ気のない息子には年上で床上手な女房はお誂え向きだとも思う。

 何よりもハルパを身請けたとなれば、箔がつく。金なら、息子も稼いでいるが、自分にも十分にある。万が一、身請け金で素寒貧(すっかんぴん)になったとして、腕は鈍っちゃいない。幾らでも稼げるから問題もない。


 考えれば考えるほど、この話は良縁と思えてならない。マイネルの父親は取り敢えず見合いの手続きを遣り手婆に頼むのだった。


 そうして、突然の父親からの通達で初めてビルパニに訪れたマイネルは緊張していた。


 「どうした、カッチコチだぞ」


 「親父、何でまた急に見合いなんぞと、嫁ならそのうちに見つけたさ」


 にやけ顔で弄られたマイネルは、せめてもの意趣返しと文句をつけるが、それが効果のない、強がりなのは理解している。それでも、少しは文句を言いたかっただけだ。


 「まあ、そう言うな。俺も初めて合うが、人気のハルパで、年季開けも近いとくれば、性格は知らんが外面と技能は完璧なはずだ」


 そう前を向いて話した父親はマイネルに向き直り、笑いながらつづけた。


 「まあ、孫の世話を焼きたいしなっ! 」


 これを言われるときつい。自分は父親の一人息子だ。深くため息をついていると、遣り手婆と共に見合い相手がやって来た。




 

嫁取り、前後編にわけました。

次回は見合いと、結婚です。


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