滑空の研究と模型飛行機
けのびのように空を滑ることが出来る。
マイネルは以前も水の中を泳ぐことと、空を飛ぶことの相似からヒントを得ていたのだが、それが正しいかは二の次として、マイネルは「空を滑る」方法を模索することを決める。
そうと決まると、マイネルはまた熱心に鳥たちの飛ぶ姿、それも滑空している時の様子を観察する。
「尾羽根も頻繁に動かしているな」
マイネルは飛行に必要なのは羽根だけだと思っていたが、注意深く観察すると尾羽根も動かしていると気付く。尾羽根の必要性とはと考えて、たまに餌をやる野良猫のことを思い出した。
「リッタは鼠を追い掛ける時は良く尻尾を動かしているな。鼠がスッと路地横に入った時なんかに……こう……舵を切るみたいに」
舵を、と言った瞬間、マイネルは天啓が降りた気分になり、喜び踊った。
「そうだそうだ、舵だっ! 羽根をつかって漕いだり、波に乗るなら、方向や船体を安定させるための舵は別にあるはずだっ! それが尾な訳かっ!! 」
人間にはついぞ尾なんて無い、そのために飾りくらいにしか考えていなかったと、マイネルは反省する。野生の動物に無駄なものなどついてないのだと、そう考えて、ならば徹底的に調べるべきだと、行動力の塊、マイネルは動き出した。
マイネルは早速、知り合いの職人から大鷲の剥製を買い取る。安くない買い物だったが、全く惜しくは無かった。知り合いの職人も「あー、またいつもの鳥狂いだ」と苦笑いで勝手に値引いてくれていた。
それから、物々交換で肉と木工製品をやり取りしていたりする猟師に一羽につき、鳥の種類問わずに一大銅貨を払うので、なるべく傷付けずに獲ってきて欲しいと頼み込む。
こちらはこちらで、鳥狂いがまた変なこと始めたぞと面白がって、一羽につき、小銅貨一枚で沢山さと引き受けてくれた。
マイネルは人当たりも良ければ、性格もいい、普段から人に良く気を使い手助けする性質で、なればこそ、「腕が良くて頭もいいが、大概に変人」と思われていても、その上で彼を知る皆に愛されていた。
さて、剥製を良く観察してはあちこちを計測する。
猟師から買い取った鳥も、職人の手で簡単に防腐処理をしてもらい、その後は計測したり、羽根や胴を切り分けて重さを測って比率を出したりしていく。
すると、真っ直ぐ平板だと思っていた羽根が、その実、曲面だと気付く。無駄なものなど無いと気付いたばかり、これにも意味があるはずと考えるマイネル。
そう言えば、川に中洲があると、割れた川の流れは中洲の形や川幅の違いで流量や速さが変わる。
そう思ったマイネルは鳥が滑空している時、羽根に受ける風が、この曲面によって変化するんではと考えた。なんでそれで浮くのかは、頭の悪い自分には分からないが、実際にこうして曲面になっているなら意味があるはず。
様々な鳥の詳細な計測結果と、それをまとめて、大まかに比率の平均を出したマイネルは、その比率を元に木串に竹細工で格子を作り紙を貼った羽根と尾羽根を付けて、「飛行機」と名付けた模型をいくつも作る。
羽根の形や尾羽根の角度、重さや大きさ、あとは羽根を平板な板状のものと、曲面になっているものとに分けて作った。
実証実験は工房の中で行われた。
全く飛ばない物もあったが、真っ直ぐ飛んで行くものもあり、中でも曲面の羽根のもので、比率など、拘りぬいて作った傑作は、それなりに広い工房の端から端まで悠々と飛んで見せ、マイネルを驚かせ、また狂喜乱舞させた。
マイネルは実験の結果に満足すると、次は舵を切ることが出来るのか、敢えて尾羽根を傾けて取り付けて、直進せず、曲がる飛行機を作り始める。
尾羽根の角度や大きさで、どれだけ曲がるのかを丁寧に調べる傍らで、飛行機に重りを着けた場合の実験を始める。
重りの重さに対して、羽根の大きさなどで飛距離や安定性にどれだけ影響が出るかを調べていく。
いずれは自分が使用することを想定して、人形の模型を竹細工で作り、ぶら下げたり、木串に括って胴体を木串に沿わせたり、反対に木串の上に跨がせたりして、飛ばしてみる。
「何と無く分かってはいたが、ぶら下げたり、跨ぐのでは飛ばんな」
水の中を進むのに胴の下に板をぶら下げたら、水をせき止めて泳ぎ難いに決まっている。荷物があるなら、なるたけ胴に密着させて括りつけた方がいい。
相変わらずマイネルは泳ぐことと同義と捉えて解釈していく。
それでも、少しづつ大型化し、重りも大きくなっていくと、工房の中では実験は無理になり、ついに最終防壁の外が実験場所として定着していく。
この辺りで面白がっていた猟師が、王都の西、バルツ山脈へと登るための登山道の脇に用意した猟師小屋を改修して貸してくれるようになる。
「拠点の小屋なら猟師共同でいくつも管理してるが、この拠点は最近はあまり使わなくてな。掃除なんぞで手をかけてくれるなら、喜んで貸し出すぞ」
マイネルは感謝すると共に、小屋の管理、実験のための模型の搬入や、模型をしまうための小屋の改修など、人を雇いいれて進めていく。
元より国王陛下より「巨匠」の尊称を与えられた職人であるからして、彼は人気もある工芸師である。
収入はそれなり以上にあるために、生涯を賭けた研究に対して、金を惜しむ気持ちなど無かったようである。
さて、マイネルは滑空の研究を進めると同時に魔法の研究もまたしていた。
マイネルの魔力量は一般より僅かに多い、と言っても、殆ど誤差の範囲内ではあった。しかし、生来の器用さと、理解力、そして諦めの悪さで、第二階位相当の魔術を行使出来る程度にはなっていた。
通常であれば、一般の魔力量では第一階位に位置付けられる生活魔法と蔑まれる初歩の魔法すら、大抵は身に付かない。魔力はあるので理論的には扱えるはずではあるが、魔力と行使する術との相性や理解度など様々な要因で魔力があっても魔術を行使出来ない者は多いのだ。
その点ではマイネルは天才というか、執念で修得したあたり、努力家と言うべきか。とは言え、ごく簡単な攻撃魔法や、付与術を使えるにとどまり、第四階位以上の実力を必要とする飛行魔法は使え無いことに変わりはない。
ただ、それでもマイネルは魔力の出力を抑えて魔術を行使する効率化を図るために、徹底的に術式を覚え、行使出来る僅かな術を実践しながら、省けるものを探し続けた。
それでも、多少の消費魔力の節減を可能にしても第二階位が限界であったのだが、しかし、全く無駄と言うわけでも無かった。
浮遊魔術を万が一覚えることが出来れば、その術式を付与した衣服などの開発が出来るかもと研究し、結果として、己自身では浮遊魔術が使えないために理論だけは完成させたマイネルだったが、その結果として、ごく簡単な付与であれば、自身の木工製品などに付与して製品にすることが出来るようになった。
木製のペンダントヘッドに冷却や保温の魔術を付与して、夏場や冬場の体温調節に役立つアクセサリーなどを作れることで、収入は更に増したのだ。
また、この研究は後に魔学アカデミーに引き継がれて、様々な分野で応用されることにもなった。
さて、回旋性能の実験のため、何時もより薄く削りだした板状の木に曲がりをつけるため、沸かした湯の蒸気をあてていると、ふとマイネルは疑問を持った。
「なんで、湯気や煙は上に昇るんだろうな」
この疑問を暫く抱えていたマイネルは、中々にその答えを見付けられなかった。
それから数日たって、マイネルは大好きな風呂に入るべく、薪を焼べて湯を沸かしていた。湯気が立ち上る様子を見て、やっぱりなんでだろうかと考えていたために、何時もなら湯をかき混ぜてから温度を確かめるところを、ただ手を入れて「良しもう大丈夫だ」と服を脱いで入ってしまう。
「つめてぇーっ! 」
結果は風呂釜の下にまだ温まりきらない湯がたまっており、思わずと飛び出したマイネルは湯上がりにと用意した厚手のローブを纏い、薪を足しながら、やっちまったと一人嘆く。
「混ぜるのを忘れっちまった。風邪をひかんといいがなー」
そうして、湯をかき混ぜながら、ふと、あれっと思い始める。
「しかし、下から温めとるのに、上から温まるとはどういう理屈だ」
ここでマイネルは湯を沸かしている時のことを思い出す。
「こう、火にかけとると、沸騰してポコポコとしてくるが、よー考えると、あのポコポコは何だろうな」
湯を沸かしているとポコポコと何かが上がってくる。そして、火にかけ続けると水の嵩は減って、やがて無くなってしまう。
「そう言えば、湯を沸かすんで鍋に蓋をしても、風呂場の天井にも水垂れが出来るな」
湯気は温まった水が空気になって昇っていくんか。空気になった水は上に昇ると冷えて水に戻る。
「雨が降るんは、そういう理屈かっ! 良く出来てるもんだな」
そんな風に関心していたマイネルは温まった水や空気は上に昇るのでは、という発見にならばと思い立つ。その温めた空気を袋なりに閉じ込めれば、浮くことは出来ないか。そう考えると、湯気に埃なんかが舞い上がるのを見た記憶もあるし、煙の中でも灰が飛んで行くものも、そう言えば良く見ている。
「試してみるか」
マイネルは魔獸討伐も請け負ったことがあるという傭兵から聞いた話を思い出す。
魔獸の毛皮には耐火性能の高いものが幾つかあり、それで鎧下を作ると、火の魔法などへの対抗手段になるというもので、成る程と試しに鍋掴みを仕入れた毛皮で作ると、驚くほど熱を通さず、試しと火に近付けても燃えずに、魔獸とは恐ろしいと感じたのだ。
マイネルはそうした耐火性能の高い魔獸素材の中でも比較的に安価な火鼠の皮を取り寄せた。
比較的に安価とはいえ、十分以上に高級品だが、実験のために惜しまず買い付けると、それを縫製が得意な職人に袋状に加工して貰う。
様々な形の袋になった皮を持ち帰ると、油皿の芯を浸して火をつけ、袋の口を下に向けて火の上を覆うように被せて見る。
「どうなるか」
期待して見ていると、暫くすると袋が浮いた。
「おーっ! 浮いたっ! 浮いたーっ! 」
その後、様々な素材で実験を繰り返し、大きな袋を無風の時を見計い、予め用意した枠に固定して、その下で焚き火を起こす。
浮き上がる迄はそれなりの時間を要したものの、焚き火の煙で徐々に膨らんでいく袋がやがて浮き上がると、いつかはこの方法でも空を飛べんかとマイネルは思った。
気球と名付けた発明の誕生である。
こうして様々な実験を繰り返して「飛行機」「気球」を作ったマイネルは、ついに自分が乗って飛ぶための大きさの「飛行機」製作に取り掛かる。
マイネルが空に憧れてから、既に十年以上が経過していた。