エピローグ
「いよいよだな」
マイネルが公開実験にて王宮前広場を飛んでより、三十年が過ぎようとしていた。
あれからマイネルは職人を続けながら、魔学アカデミーの名誉研究員となり、そして当時は王太子であり、現国王陛下の最も信頼される臣下として、友人として様々な事柄に関わってきた。
マイネルの行った魔術の消費魔力の効率化は、そもそも保有魔力の少ないマイネルの苦肉の策であったが、保有魔力量で行使出来る魔法の位階は固定されており、魔力量が足りない者が上位の魔法を使うことは絶対に出来ない事が常識であったが為、その常識を知らずに、消費魔力を少なく出来ればと、本来行使出来ない第二階位の魔法を行使出来たこと、改めてマイネルの魔力量は一般的な庶民とそう変わらないこと、この事が魔学に与えた影響は相当なものであり、物体への魔法付与の術式ともども、アカデミーの研究員たちと、実用のために研究が進められることになった。
そうして、乗用気球がマイネルの公開実験から10年後、先王陛下から現国王陛下への王位の委譲に際して公開された。
防水、防火、浮遊の魔法を付与し、加熱と冷却の魔法を付与した石を使い高度を操作、風の魔法を付与した乗用するための籠と、大変に高価な試作品ではあったが、先王陛下夫妻、新王陛下夫妻、そして開発総責任者であったマイネルと妻メルパーニャを乗せ、気球は見事に飛んで見せた。
気球はもっと魔法付与を減らし、魔法なしでも乗用出来る製品の開発までが進められ、安全のための最低限の防火処理や、緊急時用の浮遊魔法の付与に留めた廉価製品が出回るようになれば、ある程度は余裕のある庶民にも利用が可能となっていく。
その中で、現王陛下は飛行に関する王国法を改定していった。飛行ルートによる空の地図、空図を作製し、王城と王宮の上空以外の王国上空の飛行に原則として制限をしないとしたのだ。
これにより、王国内の物流は大きく変化していった。また、気球による偵察や外洋への調査など、様々な面で活用されていく。
付与術は私生活から公的な場所まで、あらゆる魔道具が開発され、市民生活の向上に繋がるだけでなく、そうした魔道具の売上は国内に留まらず、莫大な利益をもたらした。
周辺国を中心として、今や大陸は熾烈な魔道具開発競争に追われているが、その中で常にリードしているのがグライム王国であった。
マイネルは伯爵としての正装に数々の勲章をつけ、特設の壇上の上にいた。側には年を経ても美しい妻のメルパーニャ、伯爵家を継ぐべく育った嫡男のオルドと、メルパーニャそっくりに育った長女のミルパネ、そしてすっかりと年老いて、魔導車椅子にかけてはいるものの、それでも矍鑠として孫たちと語らうマイネルの父親がいる。
バルツ山脈に囲まれた王都はその外側に大きく拡大していた。理由は簡単である。
気球の発着所を作ったためだ。
その後はマイネルの作った飛行機、現在は有翼滑空機と呼ばれるものから、動力を用いて上昇、飛行する飛行機が研究、開発され、いづれ作られるそれらの離着陸のための場所でもある。
マイネルの元に陛下がやって来る。
「ついに出来たな。これで、大量の物資や人を一気に運べるようになるぞ」
マイネルは笑顔で応えた。
「陛下、本当に此処まで数多くの支援を賜り、本当にありがとうございました」
頭を下げるマイネルに、余とそちの仲ゆえ、当たり前だと言われて、マイネルは誇らしい気持ちとなる。
目の前では魔学と自然科学とを融合させ、貴重な魔獣の素材を惜しみ無く使った。巨大な魔導飛行船が飛び立つ時を待っている。
気球部分には王家の船体部分にはダートン伯爵家の紋章が描かれた魔導飛行船。
魔導気球の時は自分と国王陛下夫妻だけであった。
マイネルは述懐する。
自分たちが乗り込む後には、国内の主だった貴族家の代表の他、抽選を経て当選した庶民たちも乗り込むのだ。
「いよいよだな」
誰ともなしに呟かれた言葉のあと、総勢三百人を乗せた魔導飛行船は悠々と空へと浮上していくのだった。
「ただ、空を飛びたかった」
そう願った男の人生は、多くの人を空へと導いたのだ。
マイネル没後200年がたった元グライム王国。
マイネルの死後、魔道具の発展により、急速に力をつけたのは庶民階層であった。
魔道具の代替となる自然科学に由来する動力の開発が進んだことも背景にあったが、それ以上に活発になる経済活動に庶民の中に貴族家を上回る資産家が増えていった。
こうした庶民層の資産家に貴族家の魔力持ちが取り込まれ、庶民の中にも保有魔力を多く持つものが増えていったこと、物流と人流の促進と高速化が封建的な社会を崩壊させていったことなど、様々に理由はあるが、かつての絶対王政は緩やかに姿を消し、権威として王家が残るのみ、グライム王国は周辺の属国を吸収、さらに外洋の島々にも支配圏を拡大し、議会制民主主義のグライム連合国となっていた。
マイネル ダートン伯爵の功績はこの時代の変革を早めたことに他ならない。
学者によって意見は分かれるが、少なくとも十年以上は早まったと考えられている。
魔学の常識を打ち破ったこと、そして、自身は魔法師としては凡庸以下の才しか持ち合わせない庶民層であったこと、そのために魔法に頼らない技術開発も視野に入れ、実際に成功させたこと。
これら全てがのちの世の変革に必要なものであった。
彼がもし、貴族家に産まれ、飛行魔法師になれるだけの魔力を持っていれば、恐らくはその類い稀な才能で、後世に名を残す大魔導師になったやも知れない。
またはもしかすると、凡庸な魔法師として、何事もなく生涯を終えたのだろうか。
間違いなく、ただの木工職人の子として産まれ、魔力を持たなかった事が、彼を時代の英雄にしたのだ。
天晴れ、マイネル。
宮廷研究員 クロエ サカキ
完結ですm(_ _)m ありがとうございましたm(_ _)m




