プロローグ
投稿1周年の企画として、リクエストを募った中でいただいたテーマを元に書いております。
「航空関連」「法律が絡む話」
テーマをくださり、ありがとうございました。
長くなったため、連載としました。
「ただ、空が飛びたかった」
グライム王国の南端に位置する王都スーデンスは北を除く三方をバルツ山脈の切り立った崖を境とし、北側には広大な荒野が広がっているものの、バルツ山脈に包まれているかのような王都は、正しく天然の要塞であった。
バルツ山脈の南側には、海から吹き上げる高湿で温暖な風が吹き込んでおり、それにより温暖な気候と年間を通して降雨も多く、豊かな土地柄ゆえに遊牧の民たちが独自の文化で争うことも少なく暮らしている。
しかし、その風はバルツ山脈に遮られて北方のグライム王国には乾いた冷たい風が山から吹き下ろして来るのみ。グライム王国の北端は大陸の北端でもあり、その向こうには人の住む島も大陸も無いと考えられている。
北から来る海風は湿気を含んでいるものの、冷たく、痩せた土地の多い大陸の山脈北側の地域は小競り合いを始めとして争いが多く、ゆえにグライム王国は大陸北側では「蛮族」と呼び蔑む南方の遊牧民族を警戒しつつ、他国との境界から首都を離すために山脈沿いの渓谷の中に首都を作っていた。
無論のこと、北方地域の者が南方の民を蔑むのは謂れ無き偏見であったが、これにも仕様もない由来はある。あまりに厳しい山脈北側の国にとっては、南方が豊かであることに妬みがあることも一因であったし、何より為政者たちは険しい山脈を越えることが困難であると理解して尚、新天地を目指して国から出奔されることを警戒し「南方は野蛮で未開だ」と触れ回っていたのだが、いつしか世代を重ねる内に為政者たちの側も詳しい事情を知らずに偏見に呑まれたのだ。
其ほどに山脈は険しく、大陸を分断しているのだが、それでも全く交流が無いわけではない、当然ではあるが山脈が大陸を横断するように端から端まで続いているわけでも無ければ、苦労はしても越えることが不可能というわけでは無いルートもいくらかはあるのだ。
山脈に点在する部族たちの村は、元は北方の戦にて逃げ延びた落人たちが興したものだ。交易を生業とする者達がそこに仮設の拠点をおいては南北を繋いでいる。
そんなグライム王国は工業の国だ。
土地が痩せており、作物の生産は北方の国の中でも取り分けて少ない。軍事にも優れているため、周辺諸国を隷属させ、自国に有利な取引で穀物などを輸入しているのだが、それを差し引いても、グライム王国の工芸品や職人は高く評価されていた。
さて、マイネルという職人がいた。
木工と竹細工の職人であり、国王陛下より直々に直臣の系統のうち、途絶したダートン男爵の家名と一代限りの爵位、そして巨匠の称号を授与されるほどの熟達した達人であったが、歳はまだ二十の半ばを過ぎたばかりと若かった。
そんなマイネルには幼少よりの夢があった。
空を飛んでみたい。
王都は渓谷の谷間、最奥に聳える王城と王宮があり、そこから渓谷の出口へと向かい、諸侯たちの邸宅のある貴族街や政務を執るための関係機関が集中している貴族階級を中心とした区画、その周りを商人や神官などが住まう僧職、労働者階級の区画があり、その次に職人たちの工房や居が構えられた職人階級の区画、最後には王都の外れ、バルツ山脈の霊峰とされるザルド山の深い渓谷に割入るように在する王都の玄関、階段状に作られた麦畑が広がり、農民たちの住む農民階級の区画となっており、それぞれの区画の間には防壁が設けられ、段々畑もまた、有事には水を流し込みぬかるませ、簡易的な防衛装置とするよう設計されている。
マイネルは今は職人たちの住む職人街に工房兼自宅を構えているが、元は国境守護を任ぜられた方伯の治める辺境の端、境界が曖昧とした田舎の村の産まれだ。
村内で必要な木工製品や鍛冶など、手広くこなす器用な父のもと、幼少のころより手伝いをしては技を学んだことが今に繋がっているわけだが、そんな彼が空を飛んでみたいと渇望したのもまた、この幼少期の田舎での出来事が発端である。
方伯の領内と言えばそうであり、代官に僅かに税を徴収されてはいたが、マイネルの住む村は領壁の外側にあり、村の周りには簡易的な柵があるばかり、なので近隣から攻められることがあれば、村人たちは一度は村を棄て、領壁の中に避難するのが常であった。
とはいえ、マイネルの住んだ田舎の村は枯れた北方の中にあって、特に土地が悪く実りが少ない、また冬ともなれば雪も深く冬も長い、利が無いために余程のことが無ければ攻められることも無く、軍勢が来たとして略奪出来るものも人を除けば、そうないのだ。であれば一旦、領壁の内に逃げ込むのに抵抗も無い。
そもそも、グライム王国に隣接する国の多くは隷属しており、辺境守護とは名ばかりで、その軍は専らにして、そうした同盟国の戦時介入のために機能する程度、それすら、属国の首輪にと派遣されるグライム王国軍の駐留部隊が先だって事にあたるため、そう機会は無いのだ。
そうした事情があっても、争いが起きることも、またあるのだ。マイネルが物心ついて、父親の手伝いをしていた十にも満たない頃、隣国で魔獣被害が発生したと、駐留部隊から使者がもたらされた。
この世界には魔力と呼ばれる不可思議な力があり、それは薄く広く目には見えぬが空気のように広がっていた。
そうした魔力を扱う魔法という技術もあるが、強い魔力を持ち、恐ろしい身体能力を有し、時に魔法のような現象まで起こす獣を魔獣と呼ぶ。
魔獣の発生は謎が多いが、魔素濃度の濃い所に多くいることから、魔素が獣の体に作用しているとは考えられている。そして、迷宮と呼ばれる、極端に魔素濃度が濃く、複雑な内部構造を持つ魔獣の巣窟も存在する。
ダンジョンの発生もまた謎が多いのだが、魔素溜まりを放置することで、意思ある魔力球である迷宮核が何らかの作用で産まれ、このダンジョンコアの成長した姿がダンジョンであるとされている。
ダンジョンは成長するまでは地表に口を出さないが、成長すれば、価値ある武具などを生成して人間を誘き寄せ、同じく作り出した魔獣に襲わせる。
ダンジョンの目的は良くわかっていないものの、ダンジョンが出来れば定期的に魔獣を間引くか、ダンジョンコアを発見、破壊してダンジョンを殺す必要がある。でなければ、迷宮湧きが発生するからだ。
グライム王国の属国、ワムタック首長国の湿原地帯で、そのダンジョンは発生した。およそ人の立ち入らない深い湿地帯の中心に出現したダンジョンは気付かれることなく放置されてしまった。
突然のスタンピートにより、ワムタックは壊滅し、本国への通達を最優先とした駐留部隊の指揮官の指示により、西部方伯閣下に上奏される頃にはワムタックは魔獣の跋扈する魔窟となっていた。
そうしてマイネルは村人たちと共に領壁内へ避難し、行き違いで出征する方伯領軍の精鋭の出征パレードを目にすることになった。
そこでマイネルは空を巧みに飛ぶ魔法師を見たのだ。
その魔法師が軍でどんな役割があるのかは知らないし、その後に見事に魔獣を殲滅し、ダンジョンアタックにてダンジョンコアの破壊を成功させたと知っても、やはり、あの魔法師たちが貢献したかはわからなかったが、幼きマイネルは「自由に空を飛び回る姿」に衝撃を受けて、そうして、己自身もまた、ああして空を飛んでみたいと思ってしまった。
とは言え、そのあとのマイネルは大変であったのだ。魔獣によるスタンピートはワムタックから外へと飛び出していた。無軌道に四方八方へと魔獣たちが動いていたため、ダンジョンの発生がワムタック首都に近いために虚をつかれてワムタックの中枢は破壊されたものの、周辺国からすれば、魔獣を各個撃破しながら数を減らし、安全を確保しながらダンジョンへと攻め込めば良かったし、何よりもダンジョンとて無限に魔獣を作り続ける訳でもない。ワムタックは気の毒ではあるが、首都近くで、いくら人が立ち入らない湿原とはいえ、スタンピートが起きるまでダンジョンを放置したのは自業自得ではあるので、各国は同情はすれど、それはそれ、と割りきっていた。
ただ、割りきれない問題もある。マイネルたちの住む、名前も無い村はワムタックから外へと飛び出した魔獣によって無残に破壊されていたのだ。
領壁の中にまでは攻め込ませることは無かったものの、周辺の壁外にある村落には大小様々な被害が出て、マイネルの村は特に酷かったのだ。
マイネルの村は復興までの税の免除と復興のための軍による支援が約束されたが、マイネルの父はこれを機会と、若い頃に修行に訪れた王都への引っ越しを決めたのだ。
マイネルの生母は、マイネルを産んだあとに産後の肥立ちが悪く亡くなってしまっていたため、マイネルの家族は父親一人であった。
数えで十になろうかという頃、マイネルは王都へと初めて訪れたのだ。
それからは、マイネルの父親が、師匠筋の伝を使い工房を間借りして、仕事をこなしながらの借家暮らしから始まり、腕のいい職人であった父はすぐにも自分の工房を持つようになり、そこで働きつつ、マイネルを育てあげた。
対してマイネルは田舎にいた頃と同様に父を手伝いながらも仕事を学ぶ傍らで、魔法、魔術について学び始めた。
マイネルの最初の挫折はこの頃である。
マイネルは元より優秀であったし、郷里に残した幼馴染みとの約束のために帰郷したマイネルの父は腕も良く、蓄えもあって、一人息子への教育を惜しむことはしなかった。
故に仕事の手伝いはさせるが読み書きや算術など、貴重な教本の写本を買っては与え、自ら教えていた。
マイネルの父は王都に修行に出たさいに、身を立てるまでの修行期間を商家へ奉公しながら過ごしたために、算術や読み書きもまた、庶民には珍しくこなしたし、王都の顧客との会話のためと、様々な流行りごと、古典から新作にいたるまでの芸事にも精通していた。であるから、当然に田舎へと帰るとなった時には惜しまれた。
そんな天才の息子ゆえに、何でも良く覚え、器用にこなしたのだが。教会にて魔力の適性検査を有料で行っていると聞いて、マイネルは貯めた小遣いを持って教会に赴いたのだ。
魔力適性検査が有料なのも、教会ががめついからではない。稀に庶民にも秀でた魔力持ちがいるものの、そうした者は瞳や髪などに特徴が出るために分かりやすい、魔力持ちを囲い、多くの魔法師が排出される上層階級に際立った美貌や派手な色の髪や瞳が多い理由であり、王侯貴族たちには常識であるため、あまりに見込まれない者は試験を受けないが、庶民には関係が薄いために知らない者が多い。
魔法師は庶民であっても国の要職に取り立てられることもある待遇の良い職である。万が一を願い、またはマイネルのような思いから試験を受ける者が殺到しては通常業務に支障が出るゆえの措置であった。
結果に胸を膨らませていたマイネルであったが、現実は残酷であった。
マイネルは僅かに一般よりは多い魔力を持ってはいたものの、それは下級の魔法師や付与師にはなれても、マイネルの望む飛行魔法を駆使する上級の魔法師には決してなれないと判断されたのだ。
マイネルは絶望した。村を破壊されて、産まれ育った郷里に別れを告げた時も、たいした感慨は無かった。村の人は誰一人として怪我したり亡くなることは無く、支援を受けていずれは元の村に戻ると聞いていたし、仲の良かった者とも今生の別れという訳でも無いのだと、楽観的だったが、空を飛んでみたいと言う夢が絶たれた事は、本当に辛かったのだ。
とは言え、こうした憧れや夢物語を子供が持つことも、それが不可能だと諦めるのも、良くあることであった。
しかし、マイネルは諦め無かったのだ。
マイネルが独立して工房を構えてより、マイネルは職人仕事の時間と空を飛ぶための研究を並行して生活するようになる。
マイネルははじめ、鳥の翼を作り、それで羽ばたいて見ることにした。知り合いの精肉関連の職人たちに食肉加工で出た廃棄される羽根を譲ってもらうと、それを竹で作った骨組に膠と漆で羽根をつけていき、巨大な羽根の模型を作り出した。
マイネルは王都の最終防壁の外へと出て、その羽根で飛べるか試して見るも、無残に失敗した。
竹の骨と羽根だけとはいえ、漆や膠で固めた、片翼で一フェイ(凡そ成人男性が両手を水平に広げた幅程度)もある翼は存外重く、跳ね回りながらいくら必死に羽ばたいて見ても浮き上がることは無かった。
それからはマイネルは鳥の姿を良く観察するようになる。
「成る程、下に羽ばたく時は目一杯に羽根を拡げているが、上げる際には折り畳んで小さくしてるな」
マイネルはこれが意味するところを考え続けた。
「そう言えば、魔力について研究している時に魔素は空気のように広がっていると書いてあった。それに私たちが息をする際に吸っているものが空気だとか」
マイネルは魔素なのか、空気なのかはともかく、目には見えぬが存在するものが関係していると考える。確かに普段は気にも止めぬが暴風が吹けば大木も折れるのだ。
そして、鳥の羽ばたきを、自分たちが水で泳ぐのと同じではと考えて見た。
「下に羽ばたく時に空気を押して上昇し、反対に上へと引き上げる際は小さく折り、風を起こさぬようにする」
成る程、理に叶うではないかと思っては見たが、しかし羽ばたいていた時、少しも浮き上がる感じは無かったのだ。
羽ばたきかたが間違っていたとはいえ、ほんの少しも浮き上がる気配がないのはどういう事か。羽ばたく回数か、羽ばたく際の速さなのか。
それとも単純な重さの問題であろうか。
こんな事を考えて、マイネルは2度目の挫折にぶち当たる。
マイネルはこのまま羽根を作ったところで、飛ぶために必要な羽ばたきかたは自分には不可能なのだろうと、失意の内にいたが、それでも鳥を観察することは止めなかった。
というよりは未練があり、何と無しに見てしまうのだ。そして、あー意味の無いことをと落ち込んだ。
魔法師になりたいなんて、無謀な夢を見て、今も鳥になろうなんぞとアホな妄想に取り憑かれている。
ため息を吐き出しつつ、ふと空を見上げたマイネルは、羽根を拡げて羽ばたく事なく空を行く大鷲の姿が目に入った。
「何で、羽ばたいて無いのに落ちんのだ」
ふと口についた疑問。
しかし、マイネルは次の瞬間には爆発した。
「羽ばたかんでも、けのびのように空を滑ることが出来るのかっ!! 」
滑空と名付けた現象の解明にマイネルは乗り出した。
感想、誤字報告など、お待ちしてますm(_ _)m