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一話

「ごゆっくりどうぞ」


 静かに置かれたカップには、いつものように繊細な絵。

 不器用な私にはとても真似できないし、スマホで撮る女の子が多いらしいのも頷ける。


 賑やかな大通りから信号を曲がり、一本外れた道を今度は真っ直ぐ歩くと、細い通りに出る。そこはさっきまでの車や人の通行量と比べ物にならないくらいの静けさだ。

 通りに一件のカフェがあると知ったのは本当に偶然だった。

 店構えも内装も情報雑誌に載るような洒落た雰囲気ではないし、寧ろ人気店なら大通りの方が幾らでもある。

 どちらかというと人見知りな私は、綺麗な女の子や格好いい男の人の視線が怖いので避ける傾向にある。だからまずそんな人気店には行かないし、行く勇気もない。それでも田舎から上京して友達も少ないコンプレックスもあり、カフェ巡りという都会的な言葉に憧れを抱いていた。

 そこで見栄を張って散歩していたら現在地がわからなくなる恥ずかしい事態に陥ったのだ。そんな時、たまたま見つけたのがその店。見つけたというより、迷い込んだとも言える。


 通う理由はこんな私でも入れる程の敷居の低さも一つだが、大学生になりたての女の子にありがちな行動でもある。

 別に親しくなりたいわけではない、相手にされるとも思っていない。オーダーしたカフェラテをテーブルに置いて去って行く、その間の一言二言降ってくる客相手の声を聞くだけで満足なのだ。

 白いカップを手に取って口に含めば、緑茶好きな私でも美味しい味なのはわかる。だが、せっかくあの人が彩った絵を崩すのがもったいなくて、毎回上から覗き込んだまま動きが停止してしまう。

 慣れない都会生活での見様見真似だから、ぎこちなさは端々で表れて、なかなか上手く振る舞えない。それでも時間が経てば少しは自信が持てるようになるのだから不思議ではある。


 少しずつ行動範囲の広がった私はある日、一人映画にチャレンジしてみた。

 とてもおもしろくて、また行きたくなった。その帰りに寄った店で起きた事件で、私の心は沈んでしまったが。


「ちょっと」


 買った金額をレジで払い、買い物袋に荷物を入れて出ようとしたところで、店員に呼び止められた。払っていない品物を買い物袋に隠しているだろうと言うのだ。

 そんな事、するわけがないのに。

 だが店側はどういう確証があったのか、私の言い分を信じようとしない。田舎娘の挙動不審さが逆に状況を悪くしているのだろうが、こんな時にろくな否定もできない私は圧に負けそうになり、店の奥へと連れて行かれそうになった。


 そこへ現れた第三者の救世主によって事実が明らかとなり、事なきを得たのだが。


 というのも、現場を目撃していた人物の証言によって、肩に下げていた買い物袋の中に誰かが品物を入れて逃げたという事がわかったのだ。防犯カメラを確認もせず、思い込みだけだったのが腹立たしいが、怖くて何も言えなかった私も悪かった。


「そんな事するようには見えなかったからね」


 助けてくれたのはあのカフェ店員。

 話によると、カフェで必要な品物を買いに来たところだったのだとか。

 まさか私の事を覚えていてくれたなんて思わなかった。ところが、印象に残っているのだと彼は言う。実はいつも頼むカフェラテを珍しそうにじっと眺めてから恐る恐るやっと口につける、その秒数をおもしろ半分で計っていたらしいのだ。

 それはもう恥ずかしさでいっぱいで、上京したての冴えない雰囲気は未だに変わらないようだ。

 なのに彼はそんな私を笑う事なく、嬉しそうに飲んでくれるのが楽しみで毎日テーブルまで運んでいたのだと話してくれた。


 以来、カフェラテをオーダーする際には彼と二言三言の会話ができるまでに発展した。


 顔見知りになってから知ったのだが、彼は私と同じ大学のキャンパスに通っている三年生らしい。カフェは女友達の紹介で始めたバイトのようで、よく親しそうに話す綺麗な店員がいたのを思い出した。

 失恋とは少し違うが、お似合いなのは本当だ。だからこそ、ライバルになり得るだなんて想像してもいない。


 いつか私もこんな風になれるだろうか。そんな期待と羨望が溢れてくるのを飲み慣れたカフェラテ片手に感じ始めた。

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