第五章 定められた結末
5、定められた結末
ドルティオークの拠点に戻ってくるなり、ティーンは、部屋に置きっ放しになっていた終了証を回収した。
「行くのか? リーゼ」
「ああ」
部屋に一緒に入って来ていたドルティオーク――ちなみに、魔眼の効果が消えた時点で腕は再生した――の問いに、平然と答える。
「もうお前に私は止められない」
「…………少し待て」
言って部屋を出たドルティオークは、戻って来た時には一枚の紙を持っていた。
婚姻届、と書いてある。
「………………
何の真似だ?」
「こういうことだ」
言い、ドルティオークは、懐から取り出した指輪をティーンの左手の薬指に嵌める。
間髪入れずそれを外し、放り投げるティーン。
「リーゼ」
ドルティオークは指輪を拾い、もう一度彼女の指に嵌めながら、
「頼む。持っていてくれ」
「…………
……分かった」
暫し黙考した後、ティーンは、
「ただし、一つだけ条件がある。
私の死後も、もう殺戮は行わないと誓え」
「……分かった。誓う」
彼女の寿命が後何年もないことを聞いていたドルティオークは、沈痛な面持ちで頷いた。
「そうか。なら……」
ティーンは、ドルティオークの手から婚姻届を取ると、サインをし、
「これでいいな」
ドルティオークはサインを見ると、
「ティーンは偽名ではなかったのか?」
「ああ、改名した」
「リーゼに戻すつもりは……」
「ない」
ドルティオークの言葉を遮って言うと、部屋の出口に向かって歩きだす。
「待て。リーゼ。
お前が使った、肉体強化の呪法の詳しいデータを教えろ。解析する」
「……無駄だと思うがな……」
言うと、ティーンはテーブルの所へ戻って来て、数十枚の紙にびっしりと文字を書く。
そしてそのまま去って行こうとするティーンの背中に、ドルティオークは再び声をかける。
「式はお前の誕生日に行う。それまでに一度は戻って来い」
返事は聞けぬまま、扉が開いて閉まる音だけを聞いた。
「……で、婚約してきちゃったわけ? ドルティオークと?」
「ああ」
予言者カイナの屋敷で、カイナの部屋の前のテラスに並びながら、ティーンはガーネットと話していた。
『禁忌』の脅威は去ったが、カイナの予知能力が日増しに増してきており、通常でも強力な護衛が欲しいというのがカイナの従兄弟・ザストゥの弁だった。そういうわけで、ここの護衛に戻ってきたのだが……カイナもザストゥも、ティーンが女であることに驚かなかった。どうやら、カイナが、ティーンが女でここに戻ってくることを予知していたらしい。
「あんなに嫌がってたのにねー」
「仕方あるまい。無抵抗の相手は流石に殺せない。
それに、私さえいれば、奴は殺戮を行わない」
因みに、ティーンの服装は、以前のようなローブ姿ではなく、赤いジャケットに白のパンツスタイルである。
「約束破るかもしれないわよ?」
「私の延命に必死になっている奴に、そんな暇があるとは思えない」
と、二人の後ろの扉が開く。
出て来たのは、カイナだった。二人ばかり侍女がついてくるが、それに構う様子はなく、
「ねぇ、ティーン」
ティーンに声をかける。
「何だ?」
「結婚おめでとう」
「…………」
唐突なその言葉に、暫しの沈黙が落ち、
「話を聞いていたのか?」
カイナは首を横に振る。
「なら、これのせいか?」
左手の婚約指輪を見せるが、また首を横に振る。
「……まさか……そこまで予知能力が上がったのか? 式は二カ月以上先だぞ」
今度は頷くカイナ。
「カイナちゃんの能力、日増しに伸びてるわねー」
まるっきり他人事の口調で、感心したように言うガーネット。
「式の様子も、少し分かるよ」
「…………」
カイナの言葉に、ティーンは真面目な面持ちで沈黙し、
――これは、今まで以上に護衛に力を入れる必要があるな……。
カイナの顔を見ながら、胸中で呟いた。
――ドルティオークではないが……異端者狩りを誘発しかねない能力だ。
トースヴァイ。セルドキア王国のリュシア教の聖地である。この国最大の聖都で、最大のリュシア教会が存在する。 その、トースヴァイのリュシア教会にて――
「リュシア最大の禁忌がリュシア最大の教会で挙式とは滑稽だな」
式の開始時間ギリギリに、花嫁衣装ではなく儀式用の民族衣装で現れた花嫁は、花婿と顔を突き合わせるなりそう言った。
「……リーゼ。
二カ月以上顔を合わせなかった上に、再会の台詞がそれか?
俺も式の準備で忙しくて会いに行けなかったが……お前は場所選びにも衣装合わせにも顔を出さずに、おまけに招待状も出さない始末だ。……まぁ、式の場所は俺が決めたし、招待状は交流関係を洗って出しておいたが」
「余計なお世話だ。お前との挙式など、誰にも見られたくはなかった」
「……おいおい、随分とぎすぎすしてるな、ティーンの奴」
ぽつりと呟いたのはウォルト。新婦側の参列席に座り、新郎新婦のやりとりを眺めている。
「仕方ないわよ。あれだけ嫌がってたんだし」
呟き返したのはガーネット。他にも、新婦側の参列席には、カイナやザストゥ、戦技院・呪法院の関係者などがいる。
因みに新郎側の参列席には『禁忌』のメンバーはいない。もともとドルティオーク一人の力で存続してきたような団体であるし、新婦の招待客に戦技士や呪法士などが多数おり、来れば逮捕されるか最悪殺されるかするのが分かっているからである。
その代わりにと言ってはなんだが、新郎側の参列席には証拠不十分で逮捕できない大物マフィアが何人かいた。
「お、お二人とも……そろそろ式を……」
司祭が、目の前で言い合っていた(と言っても、新婦が一方的に新郎を突き放した態度を取っていただけなのだが)二人に恐る恐る言うと、意外におとなしく、二人は司祭の方へ向き直った。
それから式はつつがなく進行し――
「ティーン・フレイマ。汝はこの男を夫とし、生涯苦楽を共にし、支え合うことを誓いますか?」
「………………」
――沈黙。
「誓いますか?」
――沈黙。
「嫌だ、とか言い出しそうだな……」
ぼそっと、隣にいるガーネットにだけ聞こえるようにウォルトが呟く。
「大丈夫よ。ね、カイナちゃん」
ガーネットの囁きに、カイナが無言で頷く。
やがて、カイナの予告通り、
「不本意だが誓う」
ティーンがぽつりと宣言する。
司祭は内心胸を撫で下ろし、式を進行していった。
「……行ったか……」
ティーンとドルティオークの乗った飛行船が飛んで行くのを眺めながら、ウォルトはぽつりと呟き――
「ああ、行ったな」
隣に立ち、呟き返したティーンの姿に驚愕する。
「な、ななな、テ、ティーン!」
ティーンと飛行船を何度か忙しく交互に見て、飛行船を指さすと、
「乗っただろーが! ついさっき!」
「今降りた」
首から下げたネックレスをいじりながら平然と答える。
「どーすんだ? 新婚旅行は?」
「一人で行かせておけばいい。あんな奴と旅行なんかごめんだ
……さて……」
ティーンは、カイナの手の中に持っていたブーケを落とすと、
「カイナの屋敷に戻るか……。護衛の仕事がある」
夜中にティーンが目を覚ますと、隣にいる筈のリサも、ドルティオークもいなかった。
起き上がると、隣の部屋から明かりが洩れていることに気づく。
そちらの部屋に向かうと、ドルティオークがリサを抱いてソファに座り、夜景を眺めていた。
一年三カ月程前に、ドルティオークが建てた屋敷の中である。もともとこの屋敷は、妻が一向に拠点に戻らないことへの対策として、妻の勤務先の隣に建てたものだが……今となっては、ここが彼ら夫婦の住処となっていた。
「どうした? 疲れているだろう? 寝ていろ」
「そうもいかない。ミルクの時間だ」
ドルティオークの隣に座ると、彼の手からリサを受け取る。
「それくらい、俺がやっておく」
「母乳の方がいい」
言いながら、娘に母乳を与えはじめるティーン。
金色の双眸に黒の髪。まだ生まれて間もないその生命は、必死に糧を飲み込んでいた。
と、ドルティオークが立ち上がり、ティーンの後ろに立つ。
ソファごしに、妻と娘を抱き締めると、
「護ってやりたい。お前たちを…………」
痛恨の響きを込めて、呟く。
妻の延命法を探ったはいいが、まったく手掛かりすら掴めず――業を煮やした彼は、妻の故郷へと向かった。
巫女頭イリア――彼女の知識に賭けたのだ。
しかし、イリアには会えたものの、返ってきた言葉は、死は避けられないというもの。
もはや彼には成す術がなかった。
「……私の過ちだ。お前はもう過ちを繰り返さなければそれでいい」
ティーンが呟いた言葉の後には、沈黙が落ちた。
病室のベッドの上。様々な計器をつなげられ、彼女は横たわっていた。
側で彼女を見守っているのは、彼女の夫に、ガーネット、ウォルト、カイナ、ザストゥ、そして、彼女の腕の中の娘。
今はまだ、計器類は何の異常も示していない。
が、――
――分かる…………。
――もう……時間がない……。
「……ドルティオーク……」
傍らに座り込み、彼女の髪に触れていた夫に、彼女は声をかける。
「リサを……頼む……」
その呟きの直後。
彼女の身体が大きく震え、瞳が緑と金色の間を行き来する。
それが終わった頃には――計器類は、揃って平坦な反応を見せていた。
計器類の、臨終を示す音が気に障ったのか、もはや力を失った彼女の腕のなかで、リサが大声で泣き始めた。
享年十九歳。僅かな知り合いに見取られ、彼女はこの世界を去った。
亡骸は故郷に――それが、故人の遺志だった。
「リーゼ……」
墓標の並ぶその隅に、彼が呪法で生み出した氷に亡骸を包み――彼はその場に立ち尽くしていた。
「安らかに……眠ってくれ……」
溢れそうになる涙を必死にこらえ、呟く。
「また、会いに来る」
この氷は、溶けることはない。彼の命が続く限りは。
「リサ、母さんとお別れだ」
腕の中の娘に言うが、当然ながら、彼女にその意味は伝わらなかった。何年か後に、これが母親だと言い聞かせることになるのだろう。
全ては終わった。だが、立ち去ることもできない。
そんな彼の耳に――村の喧噪が入って来た。
――以後、ドルティオークは、公の場から忽然と姿を消した。
そのまま王国暦九五八年に彼が犯した全ての犯罪の時効が成立し、それ以後のドルティオークに関する記録は公式・非公式を問わず存在しない。
ティーン・フレイマの娘、リサ・フレイマに関しても、唯一、セルドキア王国戦技院・呪法院で、母を超える短期間で特級の資格を取ったことが記録に残っているのみである。
お読みくださりありがとうございます(o^―^o)ニコ
結局結婚式まできてしまったわけですが……。
すみませんすみません(-_-;)
こんな殺伐カップルで(-_-;)
子どもができたのがびっくり! という感想をいただいたこともありました。(;^_^A
なお、リサの記録ですが……ちょっと書いたけど主人公を幼いリサにしたら年代下がって私がついていけず、放置した後日談の前触れのつもりでした。
載せる気ありません。下手すぎて。
最後、エピローグが残っています。
R15にするようなエログロではないと思うのですが……昔の友人(そうです。前章の後書きに出たヤツです)が18禁じゃ! エロい!グロい! と、挿絵描きながら言っていたので……
ヤツは今どこにいるか……は、興味ないです。
R15にしなくていい・するべき等、ご意見いただければ幸いです。
では、ありがとうございます(o^―^o)ニコ
2022/03/05 副島王姫