表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/7

第四章 喪ったもの、喪うもの

 4、喪ったもの、喪うもの


「どうしたんだ? リーゼ」

 昼食にも夕食にも手をつけなかった彼女に、ドルティオークは慎重に尋ねてみた。が、返事はなく、沈黙が落ちただけである。

「……リーゼ?」

 もう一度声をかけるが、やはり返答はない。いつものように睨みつけてくることもなく、ただ、テーブルに肘をつき宙を眺め、ぼんやりとしている。

「…………昼間のことか?」

「お前には関係ない」

 やっと返ってきた言葉は、どことなく上の空のものだった。

「…………」

 暫し黙考した後、彼は彼女の腕を掴み、椅子から立たせる。

「出掛けるぞ。準備をしろ」

 それだけ言って、部屋から出て行った。


「どこへ向かうつもりだ?」

 飛行船の中。魔力介入による自動航行で行き先を設定してきたドルティオークに、ティーンは険しい声で問いかけた。

「着けば分かる」

 予想通り彼女は先程の服装のままで、出掛ける準備などかけらもしていなかった。装身具やハンドバッグ、カクテルバッグの類いは、充分に用意してあるのだが。

 ティーンはそれ以上の追求はせず、座席を立って窓際に行った。窓の外に呪法で明かりを生み出すが、瞬時に後方へ遠ざかり消えて行った。かなりのスピードで飛んでいるようである。

 ――沈黙が、その場に落ちる。

 元よりティーンは必要が無い限りドルティオークには話しかけないし、今日は何故かドルティオークの方も言葉を控えている。飛行船が出す音を無視すれば、その場は静かだった。

 だが――

「……どういうつもりだ?」

 二時間ほど経ってから、ティーンが沈黙を破る。

 飛行船の速度が落ち始めた頃である。つまりは、この近くに目的地があるということなのだが――ティーンの視線の先には、夜の闇に包まれた、セルドキア王国呪法院があった。彼女の予想通り、飛行船は呪法院の敷地に降りる。

「何を考えている?」

 沈黙を守るドルティオークに詰問すると、彼は呟くような声で、

「行って来い」

 それだけ答える。

「……何……?」

「後から迎えに行く」

 呆然としたティーンの声に、また呟くような声で応じると、彼は再び口を閉ざした。


 呪法院の寮は、閑散としていた。五十名ほどを収容できる規模にも拘わらず、現在は数名しか収容していないためである。元々この収容定員は、戦時に、少々質が劣っても呪法士を大量に養成するために定められたものであるから、戦争などという言葉が縁の薄いものになっている現在では、この閑散とした雰囲気が然るべき状態なのだろう。

 暗い廊下を、明かりも灯さずに歩き、やがて光が洩れている扉の前で足を止める。

 軽くノックすると、やや間を置いて、

「ティーンかっ?」

 勢いよく扉が開く。この驚き方から見て、ノックの音を聞いてから生体探査の呪法を使い、こちらの気配を感じたようだ。

「解放されたのか?」

「まさか」

 一呼吸置いて落ち着いたウォルトの問いに、ティーンは首を横に振る。

「後で迎えに来るそうだ」

「今のうちに……逃げるのは無理か」

「おそらくな」

「まぁ、とにかく入れよ。昼間の話の続きもあるしな」


「しかしお前、何だって男の振りなんかしてたんだ?」

「男装した覚えはない」

 話の途中でウォルトが切り出した問いに、ティーンは涼しい声で答える。

「男と言った覚えもないし、ただ厚手のローブとマントで体型を隠しただけだ。公式に提出した書類には、きちんと女と記入していたしな。

 もっとも、誤解を解こうともしなかったのは事実だが」

「……そーかい。

 で、何で誤解を放っておいたんだ?」

「…………

 女と思われたくなかったのかもしれない」

 呟くように答えた彼女の声は、どこか沈んだものだった。

「……私は、奴に犯されたんだ。

 もう、他の愛など考えたこともない。奴に復讐したいだけだ」

「……復讐か……」

 ティーンの言葉が終わって数秒の間を置いて、ウォルトは呟くように言った。

「お前もあいつも復讐のためだけに生きてんだな……。

 なんか……虚しいよな」

「……あいつ?」

 おうむ返しに問われてはじめて、ウォルトの顔に戸惑いの色が広がる。

「誰だ? あいつって……

 今……オレ、何て言った……?」

 ――ブラック・オニキスの記憶か……?

 困惑するウォルトを見ながら、ティーンは胸中で呟き、声をかける。

「気にするな。今、お前が気にしても仕方がない。

 それより、私は復讐を虚しい行為だと思ったことはない。このままでは殺された者たちの魂が報われない」

「いーえ、虚しいわ」

 ティーンの言葉に反論したのは、脈絡もなく響いてきた、ガーネットの声だった。

 辺りを見渡すが、姿はおろか気配すらない。ただ、声だけがそこに在った。

「復讐して何が残るの?

 残るとすれば自己満足ぐらいなものよ。

 誰が復讐を望んでるの?

 誰も望んでなんかいない。唯一、望んでるとしたら――怒りに我を失った生き残りぐらいなものよ。

 死者が望むのは残された者の幸福。一族の仇討ちなんて重荷を負わせたりしない」

「…………

 ……前にも、お前はそう言っていたな」

 どこにいるとも知れぬガーネットに、ティーンは瞳を金色に染めて言葉を返す。

「いくら議論したところで、お前も私も意見を変えないのだろうな。この件については、平行線だな」

「まぁね」

「……で、何の用だ?」

 外にいるドルティオークの気配が動き出したのを感じつつ、尋ねる。

「別に用ってほどの事じゃないけど」

 一見呑気な口調で彼女は言う。

「レクタの地に戻るつもりも、イリアに会うつもりもないわよね?」

「知っている筈だ。私は二度と故郷の地は踏めないし、巫女頭にお会いすることもできない」

「やっぱり? まぁ、それならそれでいいわ。 後はドルティオークね……」

 ぽつりとした呟きを最後に、ガーネットの声は途絶えた。そして、それと入れ替わるように、ノックの音が部屋に響いた。


「先に戻っていろ」

 ドルティオークの言葉に、部屋を出かけていたティーンは逆に足を止めた。

「俺はこの男と話がある」

「ウォルトをどうするつもりだ?」

 険悪な声で尋ねるティーンに、ドルティオークは嘆息混じりに、

「話を聞きたいだけだ。危害は加えん」

「信用できるか」

「……分かった。なら、そこで聞いていろ」

 言うと、ウォルトの方に向き直る。 「一つ、尋ねたいことがあるが……」

 絶対に答えないという意志を顔全体で表現しているウォルトに構わず、ドルティオークは言葉を続ける。

「リーゼの瞳は何時から青い?」

「…………何……?」

 顔に出した意志を消し、思わずウォルトが呆然と聞き返す。

「リーゼの瞳は何時から青いかと訊いているんだ」

「……ん、んなもん、生まれつきだろーが!」

 ウォルトの声に、しかしドルティオークは首を横に振り、

「四年前、俺から離れて行った時は、緑色だった」

「……緑……?」

 部屋の戸口に立つティーンに視線を移し、

「……んな……目の色が変わったりするかよ。 確かに金色に変わるのは見たけどよ……」

「そうか。知らないのならいい。

 リーゼ、戻るぞ」

「ちょっと待て……!」

 ウォルトの制止は無論聞かず、ドルティオークはティーンを連れて去って行った。


「4年半前――いや、もう五年前になるか――あの日――お前は我々レクタ族の村に押し入った」

 真っ白なクロスが掛けられたテーブルを挟み、ドルティオークと向かい合いながらティーンは淡々とした口調で言葉を発した。

 静謐な怒りを宿したティーンの声に、ドルティオークは悪びれた様子も見せずに彼女の言葉を聞いていた。

「お前は、それまでに行ってきた虐殺と同様に、無力な者・無抵抗な者も老若男女も構わずに、目につく端から村人を殺していった。お前が一仕事終えた後には――村には骸ばかりが転がっていた。しかもその半数は原型を留めていなかった。よく覚えている。私はお前に抱えられてその骸の道を通ったのだからな……」

 葡萄酒を注ぐ手がそこはかとなく震えている。――まぁ、嫌でも彼女の話が最初から耳に入っているのだから無理もないことではあるが。

 ティーンは自分の目の前のグラスに葡萄酒が注がれるなり、それを無反応のドルティオークに向かってぶちまけた。

「悪戯が過ぎるぞ。リーゼ」

 瞬時に発生させた熱気で葡萄酒を蒸発させ、気楽な調子でドルティオークが言う。彼の前――白いテーブルクロスの上に、葡萄酒だった粉が舞い落ちる。

「お前と顔を突き合わせて食事などできるか」

 二人がついたテーブルに付いていたソムリエが、ついに逃げ出した。周囲の目を気にしてか、飽くまで冷静を装った去り方ではあったが。

 ――そう。ここは、いつものドルティオークの拠点ではなく、某大都市の一流レストランだった。一月前にガーネットたちが訪れて以来、ドルティオークは彼女を二、三日に一度の割合で食事、買い物、観劇などに連れ出すようになっていた。無論、四六時中ドルティオークがつきまとっているのだから、ティーンにすれば拠点に軟禁されているのと何ら変わりはないが。

 食事と言ってもいつもこの調子で、結局拠点に戻ってから各自食事を取り直すことになる。買い物に出ても彼女が何かを欲しがる筈もないし、観劇は、最初はおとなしくしているのだが、ドルティオークが指一本でも触れようものなら即座に退出してしまう。

 はっきり言って、連れ出す意味など殆ど無かった。それはドルティオークも分かっている筈なのだが――

「一体どういうつもりだ?」

 帰りの飛行船の中で、ティーンが口を開く。ドルティオークからは離れ、窓際で腕を組んで立っていた。

「お前の訳の分からない余興には、いい加減に飽きた」

「……リーゼ。

 俺はただ、お前に喜んでもらいたいだけだ」

「嘘だな。

 最初はそうでもなかったが……この頃、お前は船の行き先を設定する時に、一瞬だが逡巡を見せる。何故、こんな余興で誤魔化す? お前の本当の目的は何だ?」

「…………」

 暫しの――いや、かなりの躊躇を見せた後、

「……分かった」

 ドルティオークは、呟くように答えた。

 ティーンに歩み寄ると、腕を掴み、その青い瞳を見据えながら、

「覚悟はいいな?」

 通告するように、言った。


「お前が拒むようなことはしたくなかったのだがな……」

 呟きつつ、ドルティオークは船の誘導システムを操作する。

 その表情には、今もなお戸惑いが残っていた。

「どこへ向かうつもりだ?」

「着けば分かる。俺の口から言うつもりはない」

 船はドルティオークの戸惑いを表すかのように、ゆっくりと進んでいた。呪法で飛んだ方が速いぐらいである。

 やがて――朝日が昇る頃。目的地が姿を見せはじめた。

「――!」

 その光景を見るなり、ティーンは瞳を金色に染め、

「引き返せ!」

 ドルティオークに向き直り、叫んだ。

 朝日を浴びているのは、木造の住宅群。そして、その周囲の農作地らしき場所。そのどちらも、何年も人の手が入っていないかのように荒れ果て、朽ちている。

「聞いているのか? 進路を変えろ!」

 だが、ドルティオークは椅子に座り、目を閉じたまま。動こうともしていない。

「……っ!」

 ティーンは、操縦システムの方へ走り、船の進路と速度を変えようとするが、魔力制御である。強制侵入を試みるが、彼女の魔力では及ばない。

 彼女が、もう十数回目になる強制侵入の試みを行っている最中に、軽い振動が船を包んだ。

 ――着陸したのである。

「リーゼ」

 振り向けば、ドルティオークが真後ろに立っていた。

「着いたぞ。船を降りろ。俺はここで待つ」

 抑揚のない声で、言う。

「――断る」

 金色の瞳のまま、呟くようにティーンは答えた。ドルティオークの顔を見上げるその目には、いつものような覇気はない。

「何を恐れることがある。五年ぶりの故郷だろう。思い残したこともある筈だ」

「私はもう二度と故郷の地を踏めない。引き返せ。拠点に戻るがいい」

「リーゼ」

 ティーンの言葉に応じる筈もなく、ドルティオークは彼女の両腕を掴む。

「降りるんだ。リーゼ」

「離せ! お前に何が分かる!」

 抗うが、ドルティオークの手は外れそうにない。仕方なく、言葉だけを続けるティーン。

「一族の仇に――お前に汚されたこの身体で、故郷の地が踏めるものか!

 ここに私の居場所はない! そんなものはどこにも有りはしない!」

 不意に、ドルティオークが片手を離した。

「……?」

 沸き上がった疑問も束の間で――

 どっ!

 ドルティオークの拳を、みぞおちに受ける。

「……ぐっ……」

 動けなくなった彼女を、ドルティオークは、船の出入り口から放り出す。

「……許せ……リーゼ」

 地に這う彼女にそう呟き、ドルティオークは船を急浮上させた。

 彼女がようやく立ち上がれるようになったのは、ドルティオークの船がどこかへ去った後だった。


 ホサイド領はセルドキア王国の辺境に位置する。中でもここ、レクタの地は、辺境中の辺境、フォーセランという地域の奥地にあり、外界からは完全に隔離されていた。外から人間がやって来ることも滅多になかったし、村の者が外に出ることは全くなかった。――レクタ族は、村から出ることを固く禁じられていたのである。

 彼女が立っていたのは、村の裏門の外だった。優に十歩は距離を置き、廃村を見つめている。外れかけた裏門の小さな扉が、風に揺れる音だけが響いていた。

 彼女はそのまま、無言で飛行の呪法を発動させようとする。一瞬の間もなく、身体は浮遊感に包まれる筈だった。

 だが、彼女の足は地についたまま。呪法は発動しなかった。再度、今度は正式な詠唱を経て試みるが、結果は同じ。

 仕方なく、辺りを見回す。当時の面影を残したままの廃墟。木造の家々が並び、遠くに一つだけ、石作りの建物が見える。

 ――ふと、違和感に気づく。

 骨が無い。血の跡は残っているが、見渡す限り、人骨は一かけらも無かった。五年近く前のあの日――ここは骸の村と化したのに、である。

 改めて辺りを見渡し――気づいた。

 村の周りの農耕地の一部に、何かが集合して立っているということに。

 近づいて見ると、それは墓標だった。三百ほどはあろうか。誰かがあの惨事の後に立てたらしい。ドルティオークは、村人は殺したが巫女たちには会っていないと言った。とすれば、巫女たちが亡骸を葬ったのか――。

 墓標には、村人一人一人の名が刻まれていた。その名を一つ一つ、目でなぞっていく。

 やがて彼女は、墓標の前を歩く足を止めた。彼女の前には、同じ名が刻まれた三つの墓標があった。

 フレイマ。

 ――トニー・フレイマ。

 ――ネス・フレイマ。

 ――ツーヴァ・フレイマ。

 その三つの墓標の前に立ち尽くし、やがて頽れるように膝をつく。

 本来なら、ここには四つ目の墓標がある筈だったのだ。

 濡れた感触が頬を伝い、雫が一つ、地面に落ちる。

 愛情に溢れていた十三年間。心から笑っていられた日々。

 それを打ち砕いた、たった一日の悪夢。

 もう、二度とは戻らない。

 俯き、幾つもの雫を落とすうち、ふと、何かが彼女の耳に入った。

 ――人の――声?

 振り向くと、廃墟の筈の村の家々から、朝餉のそれのように煙が立ちのぼっていた。

 立ち上がり、村へ近づき――

「……!」

 今度こそ、彼女は愕然とした。村を歩く人の姿が見えたのだ。

 吸い寄せられるように、裏門に近づく。門は壊れてなどいなかった。見える限りの家々も、朽ち果ててなどいない。

 ――駄目だ。行ってはいけない。

 裏門を開こうと手を伸ばす中、心のどこかで声が響く。

 ――この身はもう、かつてのものではないのだから。

 ――五年前の、清らかなものではないのだから。

 ――あの殺人鬼に、汚されてしまったのだから。

 ――行ってはいけない。もう戻れないのだから。

 だが、その意志とは無関係に、彼女の手は裏門を開き、彼女の足は一歩ずつ進んでいった。

 病弱なため屋外に出ることは少なく、そのため知り合いも少なかった彼女だが、すれ違う人々の中には、確実に知った顔があった。

 引き付けられるように、のどかな村の中を歩き――一軒の家の前で足を止める。

 別に、他の家と何ら変わりない、木造の住宅だ。その家の戸口の前まで行き――立ち尽くす。

 ――どうすることもできない。

 戸口を叩くことも、ここから立ち去ることも。

 ただ、そこに佇み――時間が過ぎる。

 どれぐらい時間が経っただろうか。やがて、家の中からこちらへ足音が近付いてくる。

 彼女は小さく身を震わせたが立ち尽くしたままだった。すぐに、扉が開く。

 家から顔を出した女性は、彼女の姿を見て一瞬呆然とし、

「…………

 ……リーゼ……かい?」

 ぽつりと呟く。

 彼女は、答えなかった。代わりに、一筋の涙が頬を伝う。

「リーゼ!

 リーゼなんだね!」

 持っていた水桶を落とし、彼女を強く抱き締める。

「ああ……やっと……やっと帰って来てくれたんだね……。リーゼ……」

「……お母……さん」

 母の腕の中でそう呟き、彼女は意識を失った。


「……妙だな」

 廃村の中を歩きながら、ドルティオークは小さく呟いた。

「人間はおろか、動物や虫の反応もないとは……」

 中に入ってみれば何ということもない、ただの廃村だった。あちこちに血の跡らしき染みが残っているが、骨などは転がっていない。

 この廃村を作り上げた張本人でもある彼は、罪悪感のかけらも見せず、しげしげと辺りを観察しながら、記憶を頼りに道を歩く。

「何考えてんのよ、あんたは」

 声の主と鉢合わせしたのは、角を曲がった直後だった。

 前方には三人の女がいた。両端の二人は見知らぬ顔だが、二人共似たような服装をしている。五年前には見なかった服装だ。とすれば、これが『巫女』なのか……。

 そして中央の一人。

「……プロトタイプ〇一三……」

 何の気配も帯びずに立っている三人に驚いた風もなく、ドルティオークは、中央の女の名称の一部を口にする。

「あんたは入って来るなって言っておいた筈でしょ?」

「そのつもりだったが、こういう事態は聞いていなかったからな。

 リーゼの気配が消えた。一体どこへ行ったんだ?」

 問われたガーネットは、面倒臭そうな口調で、

「心配しなくてもこの村にいるわよ。あんたの生体探査じゃ反応を感知できないだけ」

「リーゼでは俺の生体探査にかからないほどに気配を消すことは出来ない筈だ」

「……ま、確かに、リーゼじゃ無理ね」

 思わせ振りに言うと、ガーネットは踵を返して歩き始める。それに続く巫女二人。

 背を向け、歩きながら話すガーネット。

「何があったかは後でリーゼに直接訊くのね。

 ……それから……すぐにここを出ること。

 イリアも今回は大目に見るって言ってるから、まぁいいけど……今度忠告無視したら、とんでもない目に遭うわよ。

 ――いい?」

 ガーネットは振り向き、金色に染まった瞳でドルティオークを睨みつける。

「これは警告よ」

 場の空気が一気に冷え、辺りに荒涼とした風が吹いた。


 最初に知覚したのは、手の温もり。

 彼女の手を包む、温かい手の温もり。

 ゆっくりと目を開けると、見た目三十代後半の金髪碧眼の女性が彼女の手を握っていた。その隣には、これまた見た目十五前後の、金髪に緑の瞳の少年がいる。

「リーゼ……」

 彼女が目を開けたのを見て、女性が呟き、覆いかぶさるようにして彼女を抱き締め、言ってくる。

「お帰り」

「……お母さん……」

 母の抱擁が終わってから身を起こすと、彼女を見つめていた少年と目が合う。

「お兄ちゃん……」

 その声を聞くと、兄は安心したように微笑みを返した。

 彼女は、自分の部屋のベッドの上にいた。

 自分の部屋――生まれた村の、生まれた家の、十三年間を過ごした部屋である。服装も、気を失った時のドレス姿ではなく、着慣れた肌触りの寝間着姿だ。 「本当に……お母さんとお兄ちゃんなの?

 だって……あの時……」

 不安げに呟く彼女に、母が微笑みを返し、囁いてくる。

「心配しなくていいよ。

 詳しいことはね……イリア様が教えて下さるよ。明日にでも祭祀殿に来るようにって、おっしゃってたから。

 安心して、ここで休んでていいんだよ。ここがリーゼの家なんだから」

 もう一度、彼女を抱擁すると母親は席を立ち、

「おなかすいただろ? 今、シチューを温めて来るからね」

 そう言い残して部屋を出る。

 残ったのは、母の傍らで彼女を見守っていた兄。すぐに側に寄って来ると、

「リーゼ、身体、大丈夫か?」

 慎重に尋ねて来る。

「…………うん」

 頷くが、内心、『今だけは』と告白したくてたまらない。そんな彼女の葛藤を察したか、

「無理するなよ。どこが悪いんだ?」

「大丈夫。本当に、何でもないの」

 溢れそうになる涙を、必死でこらえる。こうして話していると、命を代価とした自分の行為が、ひどく虚しく馬鹿げたことに思えてくる。

 分かっている。今更手遅れなのは分かっている。

 だが、どういういきさつかは知らないが、彼女の家族はこうして生きていた。

 失うものが、あった。

「……リーゼ……」

「本当、何でもないから」

 ついに涙が流れ始めた。兄は一瞬戸惑った後、側に置いてあった布で彼女の涙を拭い、空いている手で彼女の手を握り締める。

「お兄ちゃんがついてるからな」

 それは、兄の口癖だった。昔から、看病の最中や彼女が不安になっている時に、必ずと言っていいほど口にしてきた言葉だ。

「…………うん」

 やっとそれだけ返すと、また涙を流す。暫く無言で、兄はそれを拭っていた。

 静寂を破ったのは、母だった。温めたシチューを持ってきたらしい。母は、二人の姿を見るなり、持っていた食器を傍らに置き、彼女に近付き抱き締めると、

「どうしたんだい? リーゼ。トニーが何か言ったのかい?」

「あ、母さんひでぇ! 僕は何も……」

「分かってるよ。冗談だよ」

 さらりと言うと、置いてあった食器を持って来て、

「ほら、リーゼ、食べられるかい?」

「……うん」

 言って彼女は、一口シチューを啜ると、

「……おいしい……」

 戻って来て初めて微笑みを見せ、言う。

「ああ、やっと笑ったね。身体はどうだい?きつくないかい?」

 母もまた、体調を心配してくる。以前ここにいた時は、二週間に一度の割合で高熱を出していたのだから仕方のないことではあるが。

「大丈夫。何ともないよ」

「そうかい。それじゃ……」

 母は言いながら箪笥の所へ行き、中から服を取り出す。母や兄が着ているのと同じ、レクタ族の民族衣装だ。

「それ食べ終わったら普通の服に着替えようね。お前の服、ちゃんと縫っておいたからね。……サイズ合うといいけど」

 ベッドの上に服を置くと、今度は兄に向かって、

「ほらほら、そういうことだから、男は出てな」

 言い、半ば強引に兄を部屋から追い出してしまう。不満そうな兄の声に苦笑を浮かべていると、

「ほら、冷める前に食べちゃいな」

 母に背中を叩かれる。

 苦笑を浮かべたまま、彼女はシチューにスプーンを入れた。


「良かった。サイズ合ってたね」

 彼女に服を着せてみて、開口一番、母は言った。

「似合ってるよ。リーゼ」

 約五年ぶりの民族衣装に、やや戸惑いを見せる彼女を、母は暫く眺めた後、

「胸が小さいの、あたしに似ちゃったねぇ」

 ぽつりと洩らす。

「気にしてないよ。そんなこと」

「そうかい?

 ……あ、そうだ」

 何かを思いついたらしく、母は急に、彼女の手を引いて部屋を出た。

 部屋の外も、彼女の記憶にあるまま。木の壁や床、天井。部屋を出てすぐのダイニング。他の場所と同じく木造の階段を上り、母の部屋の前で止まる。

 母の部屋も、記憶の通りだった。彼女の部屋と大差ない。木製の家具――ベッドや箪笥など――があり、窓にはカーテンがはためいている。違いと言えば、書棚が無く、普通の鏡の代わりに鏡台があるところだろうか。

 その鏡台の前に彼女を座らせ、化粧用具を取り出す。

「せっかくこんなに綺麗になって帰って来たんだからね。ちょっとお化粧してみようね」

 綺麗――そう言われ、彼女はびくりと身体を震わせる。

 違う。綺麗などではない。この身体は、もう汚されてしまったのだ。

 母や兄の愛情で忘れていた思いが、まざまざとよみがえる。

 自分にここにいる資格などない。この村に戻る資格すら無かったのだ。

 それを、戻って来てしまった。母や兄の愛情を受けてしまった。

「リーゼ……?

 どうしたんだい? リーゼ!」

 彼女のあまりの様子の変化――きつく歯を噛み締め、僅かながら涙を流している――に、気づいた母が、慌てて声をかけてくる。

「リーゼ! しっかりおし! リーゼ!」

 ぼんやりと母を見上げる彼女を、母は揺さぶり、抱きしめる。

「…………お母さん……」

「どうしたんだい……ほら、言ってごらん!」

「……お母さん……」

 僅かな沈黙の後、彼女は、母の胸に顔を押し付け、大声で泣きじゃくった。


 ようやくすすり泣くほどにまで落ち着くと、彼女はあの半年間のことをぽつりぽつりとだが母に語った。

 全てを告げ終え、未だにすすり泣いている娘に、母――ネスは、

「……リーゼ。リーゼはその人のこと、好きかい?」

 慎重に様子を伺いながら、尋ねてみる。

 娘は首を横に振り、

「だって、あいつは一族の仇…………」

 やっとのことでそう呟く。

 そんな娘を抱き締める手を、ネスは強くし、

「誰もそんなこと思っちゃいないよ。だから、ね、リーゼがその人を好きかどうか、それだけ教えておくれ」

「……やだ……大嫌い……あんな男……」

「……そうかい。

 じゃあね、リーゼ、ずっとこの村から出なきゃいいよ」

 ネスの腕の中で、娘が顔を上げてくる。ネスは、そんな娘の頭を撫でながら、

「ここにはその人は入って来れないよ。

 だから、ね、ここでずっと一緒に暮らそ。

 もし元気になったら巫女にしてもらうといいよ。ね?」

 ネスの言葉に、娘は、再び母の胸に顔を埋め、小さくだが嗚咽しはじめた。

「よしよし。もう離さない。……離さないからね」

 ネスは、自分の腕の中の娘を、いつまでもきつく抱き締めていた。


 未だ日が昇らない明け方の頃。

 彼女は、誰かが戸を叩く音に目を覚ました。

「何? お兄ちゃん」

 生体探査の呪法で扉の外の相手が兄だと分かっていた彼女は、目をこすりつつ扉を開けた。

「しー! 大きな声出すなよ」

 囁くような声量でそう言うと、兄は、

「着替えろよ。すぐ出かけようぜ。

 母さんたちには内緒な」

 そう言って、扉を閉めた。


「どこ行くの?」

 前を小走りに行く兄に尋ねるが、

「行けば分かるって」

 そうはぐらかして答えてはくれない。仕方なく、兄の後をついて行く。

 村の裏口から農耕地へ出て、そこからさらに山奥へと向かっていく。もう、森の中を歩いていた。狩りに来る村人がいるので、どうにか道と呼べるものはあるにはあるが……獣道と言った方がふさわしいかもしれない。

「下、崖になってるから気をつけろよ」

 視界が開け、夜明け前の空が見える。たどり着いたのは、崖の上の小さなスペースだった。兄は無言で、そこに腰を下ろす。

 彼女も兄に倣い、腰を下ろした。そうして静かな時が流れるうちに――夜明けが来た。

「……きれい……」

 朝日を浴び、昇りくる太陽を見つめながら、思わず彼女は呟いていた。

「きれいだろ?」

 そんな彼女の横顔をのぞき込みながら、上気した声で兄が話しかけてくる。

「二年ぐらい前にここ見つけてさ、リーゼが帰って来たら絶対見せようと思って……」

 兄の言葉は、途中で止まった。彼女の頬を伝う涙を目にして。

「……リーゼ?」

「何でもないの。ただ……嬉しかっただけ」

 半分は事実。半分は偽り。

 彼女は、悔いていた。

 もう失うものは何もないと思い込み――取り返しのつかないことをしてしまった。

 彼女の身体は弱かった。そのままでは一族の仇は取れないと判断した彼女は――独学で得た知識を元に、ある呪法を完成させたのだ。

 ――肉体強化の呪法を。

 呪法が成功した証しに緑の双眸は青へと変わり、病弱な身体は人一倍の健康さを手にした。だが、払った代償も大きかった。

 彼女は、自分自身の命を、その代償にしたのである。正確には分からないが、彼女の寿命は、もう何年も残ってはいまい。

 ――ひどく、馬鹿なことをした。

 朝の光を浴びながら、彼女は一人、密かに悔いていた。


「よく戻りました。リーゼ・フレイマ」

 日が完全に昇りきってから、一人祭祀殿を訪れた彼女を、数人の巫女と、巫女頭が出迎えた。

 輝くような金色の髪に金色の瞳。白い法衣には、金の装飾。全身から金色の光を発しているような印象を受ける、見た目二十代半ばの女性だった。

「……お久しゅうございます。イリア様」

 祭祀殿の一番奥の祭壇に立つ巫女頭の前に膝をつき、彼女が言うと、巫女頭は立つように促しながら、

「あなたからこの五年間のことを説明する必要はありません。プロトタイプ〇一三からも聞いたでしょうが、私たちはあなたを監視していました」

 どこかおっとりとした口調――これが地なのだ――で言う。

「しかし逆に、あなたは訊きたいことがあるでしょう。例えば――何故この村が存在するか」

 イリアの言葉に、彼女は無言で頷く。

「ではまず、この村が生まれたいきさつを話しましょう。

 この村が生まれたのは、五年前――あなたたちの言う現実の世界で、あの村が滅びた時です」


「ここはいわば死者の世界。この村は、魂のみの死人の村とも言えるでしょう」

 おっとりとした口調で、イリアは言葉を続ける。

「私は、あの日、巫女たちを総動員して、あの村に結界を張りました。死者の魂が冥界ではなく、私があらかじめ準備しておいた、この村に向かうように。

 この村の中では、魂は実体となります。つまり、あなたが昨日から接してきた人々は、魂だけの存在だったのです。今、この村で肉体をもっているのは、あなたと、巫女たちだけです。

 この話は、そういうことで理解していただけましたか?」

 彼女がまた無言で頷くと、イリアも一度、頷いて、

「では、本題に入りましょう。何故私たちが五年間、あなたを監視するに留めていたかにも話はつながります。

 結論から言えば――

 リーゼ・フレイマ。あなたはドルティオークと結婚なさい」


「な…………」

 イリアの言葉の後に落ちた沈黙の中、彼女はやっとのことで声を絞り出していた。

「……何を……」

「この五年間は、あなたを彼に委ねられるか判断するための期間だったのです。

 委ねられる。それが私の結論です。

 ドルティオークと結婚なさい」

「――……い…………!」

 両手で自分自身を抱き締めるようにし、彼女は叫ぶように答えた。

「嫌です!! あんな男と……!」

「彼はあなたを愛していますよ。それを伝える術は、あまり持っていないようですが」

 相も変わらずおっとりとした口調で言うイリア。しかしその口調には微塵の迷いもない。

「嫌です!」

 ついに、涙がこぼれはじめた。涙が嗚咽へと変わるのに、大した時間は掛からなかった。

 彼女の嗚咽だけが、祭祀殿に響く。

 どれぐらい時間が経っただろうか。やがてもう一人、訪問者が現れた。

「イリア様、もうお話はお済みでしょう。娘を引き取って構いませんか?」

 父の姿を見るなり、彼女はすがりついて泣き始める。そんな娘を抱き締めながら、彼はもう一度呼びかける。

「イリア様。お願いします」

「いいでしょう。ツーヴァ・フレイマ。伝えることは伝えました。

 少々早いですが、五日後に成人の儀を行いましょう。それが済めば、リーゼ・フレイマには現実の世界に戻ってもらいます。

 以上です」

 巫女頭の無情な宣告を受けつつも、ツーヴァは娘を連れて去って行った。


 すすり泣く声だけが、部屋に響いていた。

 母は泣く彼女を抱き締め、兄はただ側に佇み、父は握り締めた拳を震わせている。

 誰も、逆らえないのだ。巫女頭の宣告は、絶対である。仮令それを受け入れようとする者がいなくとも。

 昨日は母と兄に微笑みを返したその部屋で、今日は彼女は泣くことを止めなかった。

 と、玄関で呼び鈴が鳴る。心配そうに振り返りながらも、兄が玄関に向かった。

 戻って来たときには、兄は、見た目はまだどうにか少女と言えるような女を連れて来ていた。

 深い赤の髪に同色の瞳。身に纏うローブもマントも、装身具に使われている石も深い赤。一見して赤づくめの女である。

「……二人だけにしてもらえる?」

 その言葉に、やや間を置いて、母と父と兄は部屋を出た。

「……リーゼ」

 ベッドに座って泣く彼女の横に座り話しかけるが、反応はない。すすり泣くのみである。それでも彼女――セミ-プレシャス プロトタイプ 〇一三 コードネーム《ガーネット》は言葉を続ける。

「分かったでしょ? 誰も村を滅ぼされたことなんて恨んでないって」

 すすり泣き。

「あたしはね、仇討ちなんかに手を貸すつもりはないけどね……」

 と、ガーネットは、彼女の手を取り、言う。

「自分の為の戦いなら、喜んで手を貸すわよ」


 儀式用の民族衣装――これも、母が彼女が帰って来ることを信じて縫っていたものだ――に身を包み、彼女は祭祀殿に向かった。

 五日後のこと。今日は家族も同伴している。

 祭祀殿では、既に成人の儀の準備がされていた。儀式が始まる前に、巫女頭が彼女に歩み寄り、自分がつけていたネックレスを外し、彼女につける。

「自分というものをしっかりと見つめなさい。答えはそこにあるのですから……」

 彼女の瞳を見据え、しかしながら相変わらずのおっとりとした口調で言うと、中央の一際大きな祭壇を目で指し、

「さぁ、そこに横になってください」

 儀式の開始を促した。


 家族が見守る中、儀式はつつがなく進行し――

「我が名、イリアの名の下に、ここに汝、リーゼ・フレイマをレクタの成人と認めます」

 イリアのその言葉を最後に、儀式は終わった。

 祭壇の上で仰向けに寝たまま――意識が遠のいていく。

「この祭祀殿を現実の世界と繋ぎます。

 皆さん、出て下さい」

「…………リーゼ」

 兄が、ぽつりと声をかけてくる。

 両親の方は、かけるべき言葉も見当たらないのか、何も告げてはこない。

 遠ざかって行く、複数の足音。

 ――お父さん、お母さん、お兄ちゃん……

 ――やだ……行かないで……

 彼女の意識は次第に薄れ――やがて白濁色の海に落ちた。


 最初に感じたのは、誰かが頬を撫でる感触だった。

 やがて――唇に生温かいものが押し付けられる。

「――……!」

 一瞬でそれが何であるか知覚し、とっさに拒絶する。

 祭壇から降り、相手と数歩の距離を取ってから、

「ドルティオーク……」

 呟くように、言う。

「リーゼ。約一週間ぶりか……。

 どうだった? 里帰りは」

 その言葉に、ティーンは何ら怯む事なく、

「家族に会えたのは良かったが……巫女頭からお前と結婚しろと言われたのが最悪だったな」

 ありのままの事実を告げる。

「結婚か……。

 ……で、お前はどうする? その言葉に従うか?」

「巫女頭の言葉は絶対だ」

 何のためらいもなく、ドルティオークの問いに答える。

「だが、私はお前と結婚するくらいなら死を選ぶ。

 しかし――」

 ティーンは、その青い双眸でドルティオークの瞳を真っ向から睨みつけ、

「私が死ねば、お前はまた無用な殺戮を繰り返すだろう」

「……そうだろうな。手初めにあの予言者を殺し――異教徒や異端者たちを狩り続けるだろう」

「お前と結婚しないという前提でそれを防ぐ手段はただ一つ」

 ティーンは、ゆっくりとした口調で、宣言した。

「今ここで――お前を殺すことだ」


「俺を殺すか……。しかしどうやって? もうブラック・オニキスの短剣も無いんだろう?」

「手段はある。

 魔眼だ」

「……魔眼? 噂は本当だったのか?

 呪殺効果があるとでも言うのか?」

「そんな効果は無い。魔眼の効果は――『契約』による力を無効化することだ」

 一瞬だが、ドルティオークの表情に驚愕が混じる。

「お前の人間離れした力が『契約』によるものだということは聞いた。

 魔眼で『契約』の力を断ってしまえば――私にすら勝てないのではないか?

 今度は、一族の仇などではない。

 他でもない、私の為に、死んでもらう」

 そしてティーンは――その双眸を金色に変えた。


 周囲の空気が一変したことは、ドルティオークにもすぐに分かった。

 次いで――

「我が敵を灰燼と化せ!」

 聞こえるティーンの短縮詠唱。

 ドルティオークは、とっさに身を躱したが避け切れす、右腕を失った。

 ジャケットの袖から、ばらばらと粉が落ちる。

 ――体術は持ち前のものか……。

 呪法を放ったティーンは、内心舌打ちしていた。

 ドルティオークが呪法を避けた動き――あれはどう見ても常人のものではない。

 となれば、接近戦は避けるべきだが――魔眼の効果範囲には限界がある。

 現状では、ティーンの半径五メートルでしか、魔眼はその効果を発揮しないのである。

 接近戦で、呪法で倒すしかない。

 殴り掛かられるリスクはあったが――それしかなかった。

「炎の飛礫よ!」

 ティーンの周囲に発生した数十の炎が、それぞれ異なった軌跡を描いてドルティオークに向かっていく。

 だが、ドルティオークはそれら全てから身を躱し――ティーンに肉薄する。

 ティーンも後ろに下がるが、ドルティオークの方が上だった。

 もう距離は一歩もない。

 ドルティオークからの攻撃を警戒したティーンだったが――一瞬の後、違和感に気づく。

 抱き締められていたのだ。

 ドルティオークに。残った左手で。

「……な!

 何を考えている?」

「言った筈だ。リーゼ。

 俺の命はお前にやると」

 耳元で囁く、ドルティオークの声。

「お前の為に、お前の手で死ねるなら本望だ。

 さあ、殺すがいい」

「……………………」

 一気に士気が失せる。

 ティーンとて、無抵抗の相手を殺せるほど非情ではない。こうなれば、彼女にできることは何もなかった。

 その沈黙をどうとったか、ドルティオークは、彼女の唇に自分の唇を押し当てる。

「………………」

 ティーンは、今度は抗うことなく、その金色の双眸をゆっくりと閉じた。





お読みくださりありがとうございます(o^―^o)ニコ


さて、ようやくカップル成立となったわけですが……色気ない。殺伐としたカップルです(-_-;)

歳の差もありますし、男性のほうはどのぐらい生きているか不明です。見かけは中年で美形でもなんでもない。


実は、これを自分のサイトで連載していた当時、挿絵担当していた友人が漫研の部誌のネタがなかったとか言って、この章のみを切り抜いて、設定をひどく短絡的にして、わけわからんラブストーリーに変えてしまったものを無断で提出・その後部誌を見せられて怒りのあまり何も言えなかったことがありました。


部誌に原作者として私の名前が出ていましたが、そもそも二次創作もインスパイアも許可した覚えないし。


挿絵で頼り切りだったので(副島王姫に画才は皆無)部への抗議はせずに心に仕舞いましたが。

非常に遺憾でした。


その友人とは、とっくにご縁が切れています。そういう人ですから。

私も友人に依存して悪かったと思っています。


さあ、残りは僅か!

上げて終わります!


次回もお読みいただければ幸いです(⋈◍>◡<◍)。✧♡


   2022/03/05 副島王姫

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ