風さん
愛猫家 奴隷乙さんの「風に乗せる詩」企画参加作品です
切ない想いを言葉に変えて
つたない言葉を歌にして
そうして歌が風にのり
やがて貴女に届けと願う
風はぎゅんぎゅん昇って行った かもめを掻き分け、青空も越えて行った この歌を届けなければ それは使命感 または同情のボランティア そんな名前などいらない ただ風は、人を想い、ただにぎゅんぎゅんと、昇って行った
宇宙にも風はある それは太陽が吐く溜息だ 長い時間を孤独に惑星を照らし続ける太陽は 暇で 暇で 宇宙に溜息を吹かせ それを風と呼んでいた しかし今、見慣れぬものが飛んで来た それは自分が吹かせた風、ではなかった
太陽はそれを、自分の吐いたものと区別して『風さん』と呼んだ 呼び止められた風さんは太陽に答えた すみません、今、急いでいるのです、この歌を、ある女性に届けなければ 太陽は首をひねった 女性とは何かを知らなかった
風さん、女性とはなんですか 風さんはこの私でも知らないものを知っているのですか 女性とは人の片一方の性のことです 人とはなんですか あなたの照らしている惑星の一つ、地球に住んでいるものが、自分につけた名前ですよ
人はあなたに感謝しています いつも私達を照らしてくれてありがとう 太陽がいなければ私たちは産まれることもなく、どんな想いもなく、ただ風も吹かない死んだ石の上を、ただ物も言わぬ彷徨える魂のまま、漂っていたでしょう
太陽はひどく驚いた 感動して、コロナの涙を流した 自分はただ意味もなくここに浮かんでいて、理由もなく惑星たちを照らしているものだと思っていた 感謝してくれているものがいたなんて 人というものが存在していたなんて
女性とは美しいですか あなたの目には美しくないでしょう ですが、ある男性の目には、ある女性の姿は、何よりも美しい それは破滅する惑星よりも 尾を引く彗星よりも すべてを照らすあなたの炎よりも 美しいのだそうですよ
女性はどこに存在しますか 地球という惑星においてはどこにでも存在します、人が住める場所である限り でも、その女性は、この広い宇宙に、一人しか、存在しません 私はその女性に、ある男性からの歌を届けに行くところです
歌とはなんですか 歌とは言葉が音になったものです たとえつたない言葉でも、その音には想いが詰まっています とても切ない想いです 私はある男性の歌を、その女性に届けてあげなければならない 急がなければならないのです
それはとてもとても遠いところです 宇宙の彼方です 届かないかもしれない でも、届けたい 届けなければならない 願いで終わらせてはいけない 彼の想いを、彼女に届けなければいけない 太陽さん、この歌、聴いてみますか
風が歌い出す 彼の想いを乗せた歌を 太陽にはわからなかった ただの小さすぎる雑音にしか聞こえない それは彼女への歌なのだから、太陽にわかるはずもない 風さん、ありがとう、急ぐのでしょう? 早く行っておあげなさい
ありがとう、太陽さん あなたとお話できてよかった ありがとう、風さん 私も私が孤独ではないことを知れてよかった 再び風は飛んで行った ぎゅんぎゅん音を立てて、宇宙の暗闇を飛んで行った 彼女に届くだろうか 届くよ
届けてみせる
切ない想いが言葉に変わり
つたない言葉は歌になり
そんな歌を風は抱きしめて
彼女に届けと目を血ばらせる
最後の『血ばらせる』はわざとです。