最後のカムリ
雪が降り始めると、山には入れない。ハナは、伝承の真相を確かめたくなり、クフトのいる都市の大学に向かった。彼は卒業後も大学で助手をして暮らしている。助手の給料は安く、一人暮らしがやっとだが、それでも自由があるので、学芸員や資料館の職員などには今はまだなる気は無かった。
「一般には知られてない、カムリの家系にだけ伝わる伝承と言うものがある。それには、人の世が終わるのではなく、カムリの世が終わるとされている。おそらく一般に伝わった際に変化したのだろう。サヨリ様の本当の名は、最後のカムリという意味のヲンナ・カムリという。サヨリというのは、人としての名だ。」
クフトはハナに学食で昼をおごってくれた。知らない人におごってもらうなんて怖かったが、ここの学食も生協も一般に開放してないので、やむをえなかった。
「お前、平気なのか?」
ハナにはクフトの問いの意味が理解できなかった。ポカンとしていると、
「珍しいな。」
といって彼は小さな鈴をカレーを頬張るハナの目の前で振った。音は鳴らなかった。ただ、奇妙にも、誰も自分達の周りに座ろうとしない。コロナだから密を避けているのだろうか。
「これは、人避けの鈴といって聞こえないが人の嫌がる音をだしている。だから、普通は自然と誰もそばに寄ってこない。」
敏感な人ならめまいやふらつきも起こるもので、カムリに伝わるものの一つらしい。クフトは慣れるまでに一月ほどかかった。
「家の周りは工場地帯で、昔から色んな騒音があったから。きっと、嫌な音に強いんだよ。」
ハナはカレーを食べ終わると自動販売機で買った牛乳パックのストローをくわえた。
カレーと牛乳。この組み合わせなら、どこで食べても外れはない。
「食事代の代わりといっちゃなんだが、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ。」
こんなことなら空腹のまま過ごすんだったと思ったが、後の祭りだ。
研究室に戻ったハナは、麻袋のようなものを渡された。奥の部屋に一人で行くとやがて戻ってきた。
「うん、ぴったりだ。」
戻ってきたハナは、先ほど渡された麻袋を纏っていた。
「昔の衣装だ。学内のものには小さすぎて、困ってたんだ。これで、3Dスキャンができる。あ、顔はとらないから安心して。」