ナンダ・カムリ
「そりゃ、マタギの鉄砲に似せた熊よけじゃ。」
家に帰ったハナが川原での出来事を話すと、手伝いに来ていた隣の爺様が仕事の手を休め言った。
鮭は思ったよりもすばやく、ハナには触ることすらままならず、一匹も取ることができなかった。
「この地の初め、神は5つの動物に役割を与えたという。それが、ナンダ・カムリだ。ナンダは5つの優れたものという意味で、カムリは神の使い、すなわち王のことじゃ。」
かつて、荒地だったこの地を治めるために、神が降り立ち、能力のすぐれた5つの獣たちを王とした。昼の王をクマとワシに、夜の王をイノシシとフクロウに命じた。さらに、かれらの監視役をシカに命じた。こうして人が現れるまで、この地はかれらによって守られた。
最初の人は非力で、つつましく暮らした。次に現れた人は、刀を振り回した。しかしそれでも、ナンダ・カムリの敵ではなかった。最後に現れた人は、鉄の玉が飛び出る棒を持ってきた。人々はその銃を持って山に入り始めた。ナンダ・カムリといえども、銃にはかなわなかった。人は唯一の王、シンダ・カムリとなった。
「そののち、タカとオオカミが人に従うようになり、3つの勢力がけん制しあうようになった。」
老人は伝説を語り終えると、ハナに言った。
「その老婆は、山に一人暮らししている変わり者じゃ。昔ながらの暮らしをしておる。いまでは、誰も挨拶すらするものはいなくなった。けぎらいしておる者もおる。昔、川で行方知れずになった子供がおってな。やつがをさらって喰らったんじゃないかと信じてる連中もおる。あまり近づかんほうがええ。」
「おじいはどうなの?」
爺様はハナのまっすぐで素直な目から視線をそらすように雲を見上げて
「悪いやつじゃない。」
そういうと何かを思い出しだしたのか、クスリと笑った。