イノシシの王
イノシシというと、一見無謀な荒くれ者というイメージだが、実はとても家庭的である。
人が近づくと、ある母親は子供たちのいないほうへと走っていく。人が気をとられている好きに、別の親が子供たちを連れて人のいないほうへと走る。すると、安全をみはっからったかのように、最初の親が向きを変えて、人に向かって突進してくる。
臆病だが、子供のためなら命を捨ててくる。クフトにイノシシのカムリが降りてきたのも当然のことだった。彼は人との関わり避けつつ、いつもリアを兄のように守っていた。
彼自身気付いてないが、虹ロリはリアへの気持ちを隠すための無意識の行動だった。二次元少女にはまっていれば、クフトがリアのそばにいても誰もからかわない。
イノシシの王は常に家族のことを気にかける存在だった。
「人は増える存在なのか、減るべき存在なのか。」
彼が民俗学に興味を持ったのは、人の未来が知りたいからだった。人がなぜ誕生したのか。その答えを求めれば、きっと未来が見える。彼の人嫌いは、付き合いが嫌いなのであって、人間という存在が嫌いなわけではなかった。
コロナによって、世の中は、より家族エゴが強まった。自分たち家族の安全が一番で、そのために他人には厳しい対応をとってしまう。友好ムードだった世界には、再び戦乱が広がっている。性や民族の差別に加え、国家間の対立が深まっている。対立は負の感情を生み拡大し、さらなる対立を生む。人類の目が世界から家族という小さな単位に向くことで、思いやりの心が失われていく。
世界の調和の乱れこそ、宇宙にとって悪性の癌なのかもしれない。
しかし、クフトにとってそれ以上に大事なことは、自分がいなくなった時のことだった。リアは誰が守って生きていくのか。大病を患った自分は、いつまで生きられるのかわからない。兄としての自分以外に彼女を守れる存在がいれば、鬼に金棒だろう。いや、兄に相棒か。




