子熊
帰り道の途中のことだった。
「人の声がする。」
ハナは突然、辺りを見回した。
「おーい。誰か手伝ってくれ!」
崖下の沢から声がした。沢を覗いて見ると、ガタイのいい山男が傍らの黒い石のような塊を指してこっちに向かって叫んでいる。
「子熊が落ちた。助けたいから手伝ってくれ。」
見ると傍らの木にロープがかけてあった。身軽なハナがロープをつたって、子鹿のように五メートルほどの崖を下る。熊の子は気を失っているのか動かない。ロープの端を子熊を包んだ布にくくりつけた。男は力強く崖をよじ登るり、クフトとリアのいる崖の上にあっというまにたどり着いた。
「子熊をみつけたいいが、なんせ一人じゃ重くてどうにもならん。」
男はクフトの二人人でロープを引いた。子熊が途中の岩に引っかからないように、リアは上からハナは下からサポートする。少しはなれたところで大人の熊がうろうろしていたが、ハナの熊避けの鈴のお陰か、それ以上は近寄ってこない。
「左、左。」
リアとハナの指示にあわせて右に左に移動しながらロープを引く。子熊といっても人間の大人なみの重さはある。実際は十分程だったのだろうが、一時間は経ったんじゃないかと思うほどに、皆へとへとだ。
「俺は、グリブ。キャンプの下見に来たんだが、子熊が落ちるのを見かけた。助けようと思って降りたまではよかったんだが、岩にひっかかって思うようにならんで困ってたんだ。」
やがて子熊は目覚めて、親の元へと走っていった。とりあえず一同はハナの家で休むことにした。
「そりゃ、大変だったね。」
ハナの父が足を洗う桶を持って来た。
「たいしたものは無いけど、遠慮せずにどうぞ。」
母が作りかけの夕食のおかずを並べる。
「バスの時間があるのであまりゆっくりも・・・。」
「駅まで送っていくから。」
グリブの言葉をさえぎるように父が口を開いた。
「で、こっちが最近ハナがお世話になってるお友達か。何も知らない子供で、大変でしょ。」
ハナは子供扱いされたのがよほどいやだったのだろう。すっかり、ふてくされてしまった。
「大学まで戻るんじゃ、あまりゆっくりもしてられないな。」
父は柱時計を見上げて立ち上がろうとした。
「いえ、今日は下の街にある、家に泊まるので。」
リアの一言に、一同、言葉がでなかった。
「いや、昔は下宿やで、お世話になっていたんで。なので家庭教師もさせられることになって。」
クフトの慌てぶりは半端ではなかった。ハナはそれがおかしくて気分がすっとした。