007.青の街05
翌日、軽快に揺れながら行き交う人の間を流れる、青みがかった銀色の2つの三角形があった。
ロビーで合流をしたカイリとサフィは、町の案内がてら生活に必要なものを購入していた。組合から経費としいくらかの金銭を受け取っていたため、必要な出費に関して気をもむ必要はない。何着かの衣類や、小腹のすいたときに食べるのか、いくらかの嗜好品を購入し昼食までの時間を過ごしていた。
サフィの頭の中におぼろげにあった街の地図は、実際に足を運ぶことで形を成し、顔を出したお店に関しては不自由なく向かうことができるだろう。
昼食を、せっかくだからとカイリの行きつけだという食堂でとった際は、魚介類中心のメニューの多彩さに驚き、外見相応に目をきらきらと輝かせていた。よほど気に行ったのか、食堂を出た後も「揚げる以外にもこんなに調理法があったのね」なんて独り言を溢しているほどだ。
そんなわけで、非常にご満悦な彼女の気持ちを表すかの如く、頭頂に覗く2つの耳がご機嫌に揺れている次第であった。余談ではあるが、耳がひょこひょこと動くことに加え、彼女の尻尾もふりふりと揺れて、その機嫌を物語っている。
「よほど気に入ったんだな」
「ええ、私がいた所では、基本魚は揚げたり焼いたりが主な調理法だったの。高いお店に行けばそうじゃないんだろうけど、そうでなければ私の国では蒸したり煮込んだり、なんていうことはほとんどなかったわ」
「ここは海が近いし流通も発達してる。ぼくはこの街で育ったから他の街の文化はよく知らないけど、ここはこと海鮮に関してはそれだけいろいろなものが手に入りやすいんだろうな」
「そうね。さっきのお店、また利用させてもらうわ」
「それは何よりだよ。ところで、この後はどこか行きたいところはある?」
「んっと、とりあえず最低限必要なものは買えたから、次はこの街の主要施設を見たいわ。組合も警邏部門しか知らないし、他にもあるんでしょう?何かあったときに知っておいた方がいい施設があれば、優先して案内をお願いしたいかな」
つぎの目的地が決まったことで、2人の足はそちらへと向かう。
当初、目的地に着いたらその建物が何の建物かだけを告げて次に移ろうとしていたカイリだが、サフィにはそれに異を唱えた。「その建物の役割が分からない」というサフィの言葉に「それならば」、と一言解説を加えることにした。
「ここが組合の商農部門。主に商人や農家とかが登録している。商売に関する契約や税金の支払い、何かを生産して販売したいときにその卸先とかを相談したりとかにも使うかな」
「なかなか火花が散ってそうなところね。ギスギスしてそう。猫被りで騙し合いの場とかそういうのは苦手だわ」
「ここは組合の職人部門。いろんな職人が登録していて、技術者同士の交流の場とか、占有技術の使用権に関する契約とか、そういったものをいろいろ取り扱ってる」
「ふーん、特許、みたいなものかな。この世界でもちゃんとあるのね」
「ここが組合の販売部門。組合で買い取ったものを取り扱う大型商店みたいなもので、取り扱ってる品の幅が広い。警邏部門が買い取った素材や、民間から買い取った物の販売、委託販売もしているから、何かと便利に使ってる人は多いよ」
「広く浅く、いろんなものを売ってる掘り出し物市みたいな感じ?」
「ここが行政局。この街の運営をしていて、何かといろいろな手続きをするところかな。まぁ、基本的に組合でできることが多いから、どうしてもここを利用しなきゃいけない、っていうことは少ないかもね」
「まさにお役所、みたいな建物ね」
「で、あまり説明する必要はないかもだけど、街の中心に見える大きな城が王城だね。サフィが持っていたあの手紙の差出人も、あそこに住んでるはず。あんな手紙、組合に出すなんて聞いたことがないから、よっぽどの大事なんだろうね」
「やっぱりあれが王城なのね。街のシンボルみたいな感じで、なかなか素敵ね」
「それでもって、戻ってきたけどここが警邏部門。街道の警備や要人護衛、魔獣討伐とかを請け負ってる。登録以外にも資格制で、一部の仕事はその資格がないと受けられない形になってるかな」
「魔獣……聞いてはいたけど、そんなのがやっぱりいるのね」
組合の建物はその区画の特色に合わせた立地に建っている。そのため、ある程度廻るとなると、それなりの範囲を移動することになった。途中で休憩をはさんだり、野良猫と戯れたりした2人が、一通りの建物を見終えて警邏部門の建物に戻るころには、夕食時に差し掛かろうとしていた。
「昨日の夕食は組合で食べたの?」
「そうよ。なかなか種類があるから、飽きることはなさそう。せっかくだし、夕食を食べながらもう少しいろいろと話を聞きたいわ」
そうして2人はロビーで夕食をとることにする。カイリはポークジンジャーを、サフィはアクアパッツァをそれぞれ注文した。
「魚、好きなんだな」
サフィの注文した品を見たカイリの発言である。
「そうね。それもあるし、バリエーションのある魚料理が目新しくて、いろいろと試したくなるの。もうフィッシュアンドチップスだけの味覚には戻れないわね」
言葉の最後は呟きに近かったためか、カイリには聞き咎められなかった。
「ところで、紋様?この使い方が分からないのだけれど、どうすればいいのかな?」
そう言いながらサフィは自分の右の肩口の七芒星に向けに視線を向ける。これがサフィの、今日の一番の関心ごとだった。生活必需品も、街の案内も、共に優先順位が高かったため後回しになってしまったが、この世界の簡単な知識を与えられた瞬間から自分にも超能力じみた力が使えるかもしれない、というワクワクはやはり抑えられるものでなかった。
一方、その発言を聞いたカイリは解せないといった顔をしていた。紋様はこの世界のヒト種であれば須らく持っているものであり、その使い方の心得は物心がつく頃には自然と得心しているものだった。サフィの年齢は見た目14、5ほど。ともすればその使い方を他人に尋ねるどころか、それなりに使いこなしていてもおかしくない年頃である。
「能力は使おうと思ったら使えるものだから、それを人に教えるのは難しいんじゃないかな。少なくとも、どんな仕組みで使えているのか、とか、理解している人はほぼいないと思うよ。一応、それを研究している人もいるらしいけど、あまり芳しい成果は聞いたことがないなぁ」
自分の精霊という経験測をひとまず棚に上げ、カイリは一般論を述べる。
「ちなみに、使い方が分からない、ってことだけど、サフィの能力はどんなものなのか聞いてもいいの?」
「えっと、スキル?私のなんだけど、どんなものかもまだ分からないかな。今まで使う機会も知る機会もなくて。だから、それが分かるなら、と思ったんだけど」
サフィの言っていることと、自分の中の常識のずれにカイリは違和感を覚えた。しかし、自分の能力に関しても、この世界の一般から見ても少々逸脱しているのではないか、と感じる部分がないわけではない。結局、その違和感を突き詰めることなく、会話は続いていく。
「それなら明日、その確認をしてみようか。一応、ぼくの能力なら助けになるかもしれないし。街中だと何かあったとき危ないから、街の外で確かめようか」
商店でうっかり能力を発動して、商品をずぶぬれにしてしまい、高額な賠償金を支払う羽目になった、という話を聞いたことがあるのを思い出し、何があっても大丈夫そうな街の外を候補地として挙げる。
「移動も考えると、9時ぐらいかな、またロビーで待ち合わせで大丈夫?」
「ええ、それでお願い。どんなことができるのか、正直、わくわくしてるわ。今から楽しみね」
そう会話がまとまったところで、2人は皿が空になってしばらく経っていることに気付く。空は茜色に陰りが差しており、いい頃合いだ、と今日はここで解散することにした。
帰宅したカイリはボストークに挙げる報告書を作成、明日の準備をし、早めに就寝したのだった。一方サフィは、午前中に購入した生活必需品と成果物を整理し、頭の中で今日周ったエリアを反芻して床に就いた。明日のことを思うと年柄にもなく高揚してしまい、寝付くまでに時間がかかったのは外見の年齢に引き摺られたからに違いない。




