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005.青の街03

「ここが組合(ギルド)の建物……」

先ほどエルフの女性に道を尋ねていた少女・サフィは、目的の建物の前に立っていた。扉を開け中に足を踏み入れる。組合の警邏部門、つまりここに彼女が探している人物が所属しているということだ。彼女の持っている一枚の手紙は、その人物への紹介状と聞いている(・・・・・)。建物に入るとそこはロビーになっており、多くの人が騒いでいる。食事をしたり、集まって相談をしていたりと、行っていることは様々だが、活気がありとても賑わっているのが分かった。


サフィは受付と思われる所へ向かう。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」

彼女と向かい合った受付の女性が笑顔で告げる。

「えっと、手紙を預かっていまして。ここで出せばわかると言われたのですが……」

そう言葉尻を(しぼ)ませながら、サフィは手紙を取り出す。

「わかりました。確認させていただ……きます」

手紙には海の上を飛ぶ竜の封蝋がされていた。それを目にした受付の女性が言葉を一瞬詰まらせる。そして改めて宛名を確認すると言葉を続けた。

「これは、組合長(ギルドマスター)への手紙ですね。奥へお通ししますので、少々お待ちください」

そしてサフィを残し、職員用の扉へと姿を消していった。


「こちらへどうぞ」

そうしてサフィが通されたのは、質実剛健を体現したような応接室だった。受付からの対応は素早く、10分と経たずにこの部屋に通された。急な訪問だったにもかかわらず、ボストーク・アメルと名乗った警邏部門の組合長がすでにサフィの前に鎮座(ちんざ)している。

身の丈は中背(ちゅうぜい)。適度に磨かれた筋肉が服越しに見て取れ、組合長という事務作業が多い仕事ながらも、肉体の維持を心掛けていることが(うかが)える。不潔感のない無精ひげを湛えたその相貌(そうぼう)は、穏やかながらも泰然(たいぜん)とした雰囲気を醸し出す。また落ち着いた熊のような双眸(そうぼう)は、穏やかながらも見たものを粛然(しゅくぜん)とさせる力強さを湛えていた。

応接室の中には、そんな組織の(おさ)(ぜん)としたボストークとサフィのほかは、秘書と思われる女性が一人控えているのみであった。

入室直後、その女性に着席を促されたサフィが来客用のソファーに身を委ねた際、思っていたよりいいソファーだったのか、予想以上に体が埋もれてしまい、少し焦ったのはご愛敬である。

「サフィ殿。拝見させていただきます」

受付で見せた手紙は一度サフィに返却されており、今しがた改めてボストークに手渡ししたところだった。ナイフで封蝋を剥がして中身を取り出すと、中から出てきたのは一通の文書だった。

ボストークはそれに目を通し内容を確認する。手紙の上を彼の視線が滑るにつれ、その顔は少しずつ困惑を浮かべるものとなっていった。

「サフィ殿、要件については確認させていただきました。こちらでいろいろと確認いたしますので、少々お待ちください」

一通り手紙を読み終えたボストークは、秘書の方に顔を向け指示を出す。

「カイリをここに連れて来て欲しい。恐らくこの時間であればロビーで食事でもしているだろう。ちょっと引っ張ってきてくれ」

「了解しました」

そんなやり取りを淡々と交わした秘書は、そのまま扉の向こうに姿を消したのだった。


そんなやり取りを(はた)から見ていたサフィは、目的の人物(案内人)と合流できそうなことにほっと胸を撫でおろす。思い返せばここに至るまで、振り回されてばかりだった。ふと、この世界で目を覚ました時のことを思い返す。

傍目から見た彼女は15歳ほどの少女だが、実際の彼女の精神年齢はそれよりも高い。サフィ・ブルームテールはもともとU.K.(イギリス)という国の大学生だった。しかしある冬の日、大学から帰宅する際に自動車に轢かれて命を落としてしまったのだ。もともと冬に霧が発生すること自体はよくあったのだが、その日の霧は特に濃く、それによって視界を制限された車がハンドル操作を誤ったのか、歩道を歩いていた彼女に向かって突っ込んできたのだ。彼女は預かり知らぬことだが、それは濃霧で信号を見落とし、目の前を横断する歩行者をぎりぎりで躱した結果の惨事だった。

目の前に迫る自動車が最後(・・)の光景のはずだった彼女が、次に(・・)目にしたのは病院の天井ではなく見知らぬだだっ広い空間だった。見知らぬ広間に一人存在した彼女は『えっ……』という言葉を(こぼ)し、ただただ(ほう)けるばかりだった。

そんな彼女を現実に引き戻したのは一つの衝撃だ。

パンッ、という風船がはじけるような破裂音に、サフィの意識は(いや)(おう)でもそちらに引き付けられる。そして、意識の先からは一つの声が鳴った。

『ここが何処(いづこ)か、自分が何者なのか知りたいか。知ったとして如何(いかん)とすか」

音として聞こえたのは、意味をなさない音の羅列だったはずだ。しかし、そんな音でも、サフィの頭はしっかりとその意味を理解していた。

理解不能な、自分の常識を外れる現象の連続で、サフィは混乱の極致にあった。しかし、それでも何とか自分を落ち着かせて状況の整理に努める。

「えっと、歩いてたら、車が突っ込んできて……でこれ……?」

何の解決にもなっていない。

頭を掻き毟ろうと手を伸ばすと、知らない触覚が手と()に訪れる。

状況が(まと)まるはずがなかった。


そんな彼女を助けたのは、またしても訪れた破裂音だった。先刻のものとは異なり、今度の音には意味が込められていた(・・・・・・・)

自らの死、新しく得た命、獣人、世界の簡単な仕組み。そういった彼女を混乱させる、もとい、彼女の困惑を解決に導く知識が、音とともに彼女の頭に直接叩きつけられる。雑に畳みかけられるそれらの情報は、彼女に安寧(あんねい)の時を与えないと同時に、それらが彼女に馴染む(・・・)までの時間もまた、音による衝撃という形でもたらされていた。


数分後、そこにあったのは何とか現状を理解した少女の姿だった。

「えっと、交通事故で死んで、この世界で生き返って?それで狐の獣人っていうのになってるの?ちょっとファンタジーものの小説みたいな世界なのかな。エルフやドワーフ、フェアリーとかもいるんだね。この紋様っていうのは何かできるらしいけど──今はわからないか。それで、私はどうすればいいの?」

それまで混乱していたサフィも多少状況を理解した今、何者かの意思が今ここに介在していることは理解できる。自分の混乱を落ち着けるような情報が都合よく得られることなど、そうでなければ思いつかなかった。思考の迷宮に陥っていた際に下に落ちていた視線を、破裂音のしたであろう辺りまで持ち上げ、そんな不可解な存在に対して、多少の期待を込めて問いかける。

『この書簡を持って、青の街(我が世界)組合(ギルド)、警邏部門に向かえ。そこでお前の(・・・)この世界の案内人と呼べる人物に会えるだろう。その後については、我は干渉しない。自由に生きるがよい。』

返答が返るとともに、サフィの手の中にはいつの間にか握られた一通の手紙があった。

「もう、多少のことでは驚かないかも……」

回答のあまりの雑さに、先ほどまで混乱の坩堝(るつぼ)にあったサフィは呆れるほかなかった。

それはそれとして、サフィはひとまず()に従い組合の警邏部門というところを目指すことを決める。行動の指針が何もない今、たった一つの行動目標であるからだ。声の雰囲気から推して、まぁ悪いようにはならないだろうという直感を素直に信じることにする。これからどうするかを考えるのはその後でもよいだろう。幸い街のイメージは、叩き込まれた情報の中におぼろげに存在する。

いつの間にか、このだだっ広い空間の中には扉を(かたど)った青い光が現れている。サフィはその光に向かって足を踏み出すのだった。


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