042. 遭遇01
森の中を黙々と進むそんな一行を見下ろしながら、木々の間を抜け小さな一つの影があった。
「ふうん、合流したのね」
そんな言葉を小声で漏らし、小鳥は先日のとある獣との会話を想起する。
表情というものをほとんど浮かべないあの獣が、白の転生者が猫になっていると伝えたときに浮かべた怪訝そうな顔は、思い出すたびほのかに笑いがこみあげてくる。
『それにしても、まさか人以外の器に入っているなんてね……まったく、畏れ入るわ』
その言葉は誰に向けてのものなのか、畏れと嫌悪の入り混じった感情が込められている。
「まあ今のところ、こっちにとっても悪くない流れね。さて、どうしようかしら──」
そしてなにごとかを考えつつ、小鳥は観察を続けた──
カイリたち一行による森の調査は、その後魔獣に出くわすことなく夕刻を迎える。陽の傾きを察したカイリたちは、今日はここまでとして街へと戻ることにした。
「1日歩き回って2体、ってことは、普段通りの範疇ってことでいいのかな?」
カイリから事前に聞いていた、平時における魔獣の発生度合いを思い出したサフィが帰路の途中でそう口にする。
「いや、2人のおかげで普段よりも遭遇はしやすい状況にあったと思う。それで2体ってことは普段よりも数が少なくなっている可能性があるかな。さすがに今日だけでそれを判断することはできないから、その兆候があるくらいで気に留めておいた方がいいかもね」
そう話しながら森の中を進む。もちろん周囲の警戒をすることは怠らず、定期的に周囲の状況をサフィとハクに確認してもらう事も忘れない。先日の大量発生のぶり返しが来ているのか、それともただ単に遭遇率が悪かっただけなのか、はたまた新たな異変の予兆なのか、その区別は現状ではできないが、カイリたちが森を抜けるまで新たな魔獣と遭遇することはなかった。
「で、一体あれは何でしょうね……?」
そう言葉を発したのはサフィ。森を抜け、平野部を街へと向かって歩く途中で出た言葉だ。それは、目の前に現れた光景に対する問いであり、その答えを他の2人に求めるものだった。
「何って言われても、見たまんまだろ」
その問いに返るカイリの答えは単純であり、現状必要な情報はすべてそこに集約されていると言いたげなものだ。
「こんなところで全身黒ローブでご対面って、私はいかにも怪しい人です、って主張してるようなもんだよな」
ハクがそれに続いて全員の心の内を代弁した。
この世界にも盗賊や犯罪者など、真っ当な生き方をしていない者たちが少なからずいる。そういった者達は拠点をこっそりと設けで街中で犯罪行為に手を染めたり、街道を行く者たちを襲撃するという手段に及ぶことが多くあった。
カイリたちが遭遇したのは全身を黒いローブで包んだ人影。平野のど真ん中、その不審な人物がカイリたちを迎え入れるように対面している状態だ。ダボっとした服装は体の輪郭の大部分を覆い隠し体格などの情報をひた隠しにする。幸い主張する膨らみが窺えることで、かろうじて性別が女だということが分かる程度だ。またその服装は体の各関節部の駆動域を阻害しているようにも見えるため、機敏な動きに適しているとは思えない。顔についても必要以上に大きなフードで隠れてしまっており、かろうじて口元が見える程度。正常に視界が確保されているとは到底思えなかった。つまり、それは魔獣という危険が潜む街の外に出るには全く以って不適当な格好であり、その人物がまともであると思える要素を何一つ備えていなかった。
そんな人影が現在、カイリたちの行く手を塞ぐような形で立っている。
「一応確認ですが、ぼくたちに何か用でしょうか?」
カイリが警戒をしながら黒いローブの人物に声をかける。
「……」
その問いに、ローブの女は答えない。
「カイリ、その人、何かイヤな感じがする」
サフィが何かを感じ取ったのか、そんな指摘をした。
「──」
その言葉を聞いたローブの女は、何か思うところがあったのかわずかに覗くその口の端を釣り上げた。
「気をつけろ、動くぞ!」
女がローブの左右それぞれにあるポケットに、両の手を突っ込んだことに反応してハクが口を開く。ポケットから取り出された女の手にはそれぞれこぶし大のボール状のものが握られていた。すると、女はそのままその球体を投げ放った。その射線はカイリたちを中心にその左右を取り囲む軌道。カイリたちがその球体にわずかに注意を向けるも、それは何の変化もなくそのまま地面に落下した。
しかし、そこからの変化は劇的だった。その球体を中心に木の幹のようなものが僅かの間に成長する。木は青々とした枝葉を広げ、その幹を幾本もの立派な蔦が這う。まるで昔からそこにあったかのような存在感のある木が2本、平野のど真ん中に屹立した。




